第17話 朝

 誰よりも早くに目が覚めたはずが、隣りのベッドにスーの姿はもうすでになかった。子どもたちはまだぐっすりと寝ている。

 葵は、下に降りてみた。だが、家の中にもスーはいなかった。

「どこに行ったんだろ」

 葵は外に出てみた。

「やあ、起きたかい」

 葵が家の扉を開け外に出るとすぐに、カーリー・スーが葵に声をかけた。スーは家の前の井戸で水汲みをしていた。

「水汲みしてるの?」

「ああ、これも修行のうちさ」

 スーが言った。

「こんな朝早くから?」

「ああ、魔女の修行は厳しいんだ」

「そうなんだ。大変なんだね。魔女の見習いも」

「ああ、楽じゃないよ」

 そう言って、スーは、井戸の中の鶴瓶を引き上げる。

「私も手伝うわ」

 それを見て、葵が腕をまくりながら言った。

「サンキュー」

 葵はお城でも水汲みはしたことがあったので、気安く引き受けたが、ここでの水汲みは以外と重労働だった。井戸から水を汲み上げ、それを木でできた大きなバケツで台所の水瓶に満たして行く。水瓶は見た目よりもかなり容量が大きく、中々いっぱいにならなかった。

「こういうのは魔法で何とかならないの」

 薄っすらと汗をかきながら、葵がスーに訊いた。

「こういうのは自分でやれだってさ」

 スーが不満気に言った。その言い方がどこかおかしくて、葵は思わず笑った。

「お師匠様は、変なとこが厳しいんだよなぁ」

 スーはさらに不貞腐れる。

「はははっ」

 葵はそんな口を尖らすスーの姿にさらに笑った。

 その後、二人で井戸と台所を何往復もして、やっと水瓶はいっぱいになった。

「これを毎日一人で?」

 思いがけぬ朝からの重労働に、葵は少し息を荒くしながらスーに訊く。

「ああ、お前が来てくれて助かったよ」

 スーが、本当に助かったといった表情で言った。

「スーねえちゃんおはよう」

 すると、ちょうどそんな頃に、子どもたちがぞろぞろと起きて来た。

「さあ、朝飯だ。顔洗ってきな」

 そして、カーリー・スーが勢いよく言った。

「すごい、これも全部スーが作ったの?」

 食堂に行くとすでに料理は湯気を上げていた。

「ああ、パンだって粉から挽いて作ったんだぜ」

 スーはドヤ顔で言う。スーが作った朝ごはんは、目玉焼きに厚切りベーコンと焼きたてのパンと、採れたての生野菜のサラダにスープだった。

「へぇ~、すごい」

 葵はあらためて、テーブルの上の食事を見る。

「おいしそう。すごくいい匂いがする」

 葵は思いっきり鼻から息を吸い込んで、そのおいしそうな匂いを嗅ぐ。

「朝からごちそうだね」

「さあ、食べようぜ。お腹ペコペコだよ」

 スーが言った。

「お師匠さんは?」

 葵がスーを見る。そういえば昨日の晩ご飯の時もいなかった。

「お師匠様はいいんだ。あの方は十日に一食しか食べないんだ。しかも、木の実を少しだけ」

「えっ、そうなの。私なんかおやつまで食べちゃう」

「へへへっ、実はあたしもなんだ」

 カーリー・スーは、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。葵とスーはお互い顔を見合わせ笑った。

「さあ、食べよう」

「いただきま~す」

 スーが掛け声を上げると子どもたちが一斉に声を上げ、食事が勢いよく始まった。


 それから、外の世界で戦争が起こってることなど嘘のように、穏やかな日々が流れた。

 ここではスーが言っていたように、子どもは遊んでいればよかった。毎日が楽しく、毎日が祭日のような日々だった。

 葵は、家が貧しく、小さい頃から、家事や小さな弟や妹の世話、家畜の世話や畑仕事など、家の手伝いをし、物心つくと、幼い兄弟たちのために、口減らしで家を離れ、お城に奉公に出された。そこでは、小さくても、朝から掃除や洗濯など、働き通しだった。だから、こんなに朝から晩まで遊んだことなど、今までに経験したことがなかった。 

 葵は本当にここは天国だと思った。小さい時、近所のおばあさんが天国の話をしてくれた。そこは、毎日が楽しくて、みんな遊んで暮らしているのだと言っていた。それが今まさにここだった。

「どうだ?ここは楽しいだろ?」

 スーが葵を見る。

「うん、天国みたい」

「お前もずっとここにいればいいんだ」

「うん」

 しかし、葵の顔は曇る。やはり、葵は外の世界のことが気になってしょうがなかった。城の人たちのことが心配で仕方なかった。カティアーティーの無事が気になって、いてもたってもいられなかった。それに、もしかしたら、山奥の葵の生まれ故郷の村も、襲われているかもしれない。そう考えると、葵のちっちゃなその胸はきゅっと何かに強く握られたように痛んだ。

 葵は、遊び、みんなと笑い合いながらも、片時も城や故郷のことを忘れることが出来なかった。

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