第16話 寝室
子どもたちはみんな上へ上へと上って行く。ハシゴを上り、ロープを上り、螺旋階段を上り、それはもう、めくるめくどこまでもぐるぐると上へ上へと続いてゆく。葵はなんだかもう訳が分からなくなる。しかし、子どもたちは、それも楽しそうに上ってゆく。
そして、どれだけ上ったのか、やっと、葵は最上階の部屋に辿り着いた。葵は随分と上に上って来た感覚があった。葵は最上階の部屋の入口の前の廊下にある丸い窓から外を覗いてみた。
「わあ」
その窓から見える景色は壮観なものだった。真ん丸なお月さまに照らし出された寝静まる森が一望できる。
「でも、こんなに高かったっけ?」
葵はやっぱり首をかしげる。家の外観は確か二階建てだった。しかし、高さは塔の最上階のような高さがある。
「わあっ」
寝室に入ると、今度は色とりどりのカラフルなベッドが横に奥までズラリと並んでいた。
「こんなに広いんだ・・」
しかし、やっぱり、葵は首をかしげる。家のバランスからしておかしい。高い位置の部屋がこんなに横長だったら、普通崩れてしまう。
だが、子どもたちはそんなこと気にすることもなく、それぞれ、自分のお気に入りの色のベッドへと次々飛び込むように横になっていく。
「あたしの隣りに寝なよ」
スーが葵に言った。
「うん」
葵は並ぶベッドの中で、スーの隣りのベッドに入った。布団の中に入るとそれは見た目以上にふわふわだった。
「気持ちいい」
それは葵が今までに味わったことのない最高の寝心地だった。アイコを傍らに寝かせ、葵はベッドの寝心地にしばし浸る。ここに来て初めて安心できる瞬間だった。
「・・・」
今日一日、信じられない冒険をしてきた気がした。しかし、今アイコと共にここでこうして、ベッドに横になることができている。それが信じられなかった。
そして、隣りのベッドにはスーがいた。
「ここには大人はいないの?」
葵は隣りのスーに訊いた。
「ああ、子どもだけさ」
「どうして?」
「ここでは、子どもは大人にならないんだ」
「えっ?」
葵が驚いてスーを見ると、スーは、意味ありげな笑みを浮かべながら葵を見返した。
「みんな大人にならないの」
「そうさ」
「なんで?それも魔法?」
「う~ん、ちょっと違うな。それはこの森の問題なんだ」
「この森の?」
「ああ、そういう場所なんだよ」
「場所・・」
葵には、スーの言っていることの意味がまったく分からなかった。
「ここは毎日が楽しい。余計なことなんて何も考えなくていいんだ。ここでは大人になる必要なんてないのさ。毎日遊んで暮らせばいいんだ」
「ここは天国なの?」
「はははっ」
葵が言うと、スーは豪快に笑った。
「そうかもな。子どもにとっては楽園さ」
「ふ~ん」
あのみんなが恐れていた死の森の中にこんなところがあるなんて、みんなが知ったらさぞ驚くに違いない。葵は思った。でも、みんなは・・。
「さあ、寝ようぜ」
スーが言った。
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
葵はアイコと共に布団を被りベッドに横になる。部屋はそれと同時に自然と暗くなった。明かりも魔法で灯っていたのだろう。
「・・・」
葵は目を閉じた。色んな事のあった一日だった。信じられないくらい、色んな事があった。そして、すべてが変わってしまった。あまりにも目まぐるしく変わり過ぎて、それが現実だととても思えないほどだった。
「・・・」
葵はすぐ傍らに眠るアイコを見た。アイコはヤギのミルクをお腹一杯飲んで、満足したのか、もう、すやすやと眠っている。
「・・・」
あらためて信じられなかった。何もかも、今日起こったこと、今自分がこうしていること、すべてが信じられなかった。
葵はなかなか寝つけなかった。頭の中がまだごちゃごちゃしていてうまく整理することができなかった。
しばらくすると隣りのベッドからは、あちこちで小さな寝息が聞こえ始めた。
「・・・」
そんな中で葵は一人目を開けていた。森の中は静かで、世界のすべてが寝静まってしまったみたいだった。そんな静寂の中、遠くの方でフクロウ鳴き声が聞こえた。
「・・・」
これからどうなってしまうのだろう。自分の運命を想像することすらできず、葵は堪らない不安に包まれた。お城のみんなはどうなってしまったのだろうか。それを考えると、葵の胸は、大きく何かにえぐられるように痛みが走った。
しかし、時間が経つと、そのうち葵も疲れのために、いつの間にか寝入ってしまった。小さな体の葵にはあまりに大変な一日だった。葵は深く深く眠りの世界に入って行った。
夜中に葵はふと目が覚めた。周囲では小さな寝息が聞こえている。まだみんな寝ていた。
「・・・」
葵は暗い天井を見上げた。
今、自分が今までの生活すべてを失った事に、この時、初めて実感が湧いた。そして、堪らない寂しさが襲って来た。そして、堪らない悲しみが葵の心を覆った。
「みんな・・」
みんなの顔が浮かんだ。アルカディアは世界の辺境にある小さな国。お城のみんなはやさしかった。仕事の仲間だけでなく、女王陛下であるカティアーティーさまも、お偉い様々な方々もみんなやさしく、いつも気さくに葵に話しかけてくれた。お城での仕事は大変だったけど、その日々は充実し、楽しかった。葵は小さい頃からお城に預けられ、そこで育ったのだ。
「カティアーティ様・・」
これからどうしたらいいのだろう。何をすればいいのだろうか。すべてが分からなかった。
そんな、めげそうになる葵の隣りでアイコがスヤスヤと眠っている。
「・・・」
そんな愛くるしい姿を見ると、アイコだけは、アイコだけはなんとしても守らなければ、それだけは強く葵は決意するように思った。
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