第8話 光に浮かぶ文字

 敵兵の囲みを突破し、馬で駆けに駆け、城から離れた森の中に辿り着くと、アンヌカディは突如として馬を止めた。そして、持っていた巨大な槍を脇に捨てた。アンヌカディが軽々と持っていた槍は、ドスっという音と共にその重みで地面にめり込んだ。

「じゃあ、ここまでだ」

「えっ」

 驚く葵を残し、さっさとアンヌカディは馬から降りてしまう。

「でも、私はどうしたら・・」

 困惑する葵を、アンヌカディはその大きな手で両脇から掴むと、馬から降ろした。

「それは契約になかったろう?」

 アンヌカディは、困惑する葵に顔を近づけると、その大きな目を見開いた。血しぶきで真っ赤になったアンヌカディの顔はあれだけの事をしていながら、ちょっと散歩にでも行って来たかのように涼やかで、薄っすらと微笑みさえ浮かんでいた。

「でも、あの、私はこれからどうしていいのか・・」

「契約は果たした」

「あっ」

 言うが早いか、さっと、アンヌカディは葵が抱きかかえるアイコの首に巻かれた首飾りから、その長い親指と人差し指を伸ばし、真球の玉を一つ抜き取ると、大きな二本の大きな翼を背中に生やし、大空に向かって飛び立っていった。

「・・・」

 あまりの早業に、葵は何もできず、アイコを抱きしめたまま、飛んでいくアンヌカディをただ茫然と見送ることしかできなかった。

「・・・」

 葵はよく分からない場所に、アイコと二人ポツンととり残された。

「・・・」

 葵はこれからどうしていいのかまったく分からなかった。あまりに大きなことが起こり、状況が目まぐるしく変化し、頭が混乱し、何をどうしていいのか、それを考えるきっかけさえがなかった。

「・・・」

 そう言えば・・、その時、ふと葵は思い出した。女王の首飾りの玉は決して切り離すことが出来ないはず・・。それなのにアンヌカディが掴んだ時には、するりとかんたんに外れていった。むしろ、自ら外れていくかのように滑らかでさえあった。

「・・・」

 葵は不思議に思いながら、アイコの首に巻かれた首飾りを再び見た。

「あっ」

 すると、首飾りの中心にある赤い宝石の奥から光が、湧き上がっていた。それはどんどん強くなっていく。そして、残された七つの真球の玉も赤い宝石に連動するように光り輝き始めた。

「あっ」

 さらに取られた玉を埋めるように、まるで宝石自体が生きているかのように、自ら七つの玉が形よく並び直された。

「何・・?これ・・、?どういうこと・・?」

 葵は驚き、女王の首飾りをさらに見つめた。

「あっ」

 そこに光り輝く真球の玉の中に、文字がそれぞれ一つずつ浮かび上がってきた。

「これは・・」

 葵には全く見たことも読むこともできない文字だった。

「何が起こっているの・・?」

「こっちの方だ」

 その時、突然、背後の森の奥から声がした。

「城からの逃亡者は、一人も逃すな」

 指揮官らしき、男の声もする。

 葵に立ち止っている暇は無かった。

「どうしよう」

 葵はとりあえずアイコをしっかりと抱きしめると、声のする方とは逆の方へと走りだした。

 この時、葵は女王の首飾りの言い伝えを思い出す余裕はなかった。女王の首飾りが、その繋がりを失った時、世界は大きく乱れるという・・、あの言い伝えを・・。


 とにかく葵は走った。それが良い事なのか、正しいことのなのかさえ分からなかったが、とにかく、その場から逃げる事だけしか考えられなかった。これからどこへ行っていいのかすらが分からないまま葵は走った。

 時々遠くの方で、ものすごい爆裂音が響いた。今頃お城は・・、

「カティアーティー様」

 葵は、胸が張り裂けんばかりに痛んだ。さっきまで、さっきまで、あんなに穏やかで平和に満ちた時間を過ごしていたのに・・。

「おいっ、あそこに誰かいるぞ」

 木々の向こう側から声がした。敵兵だ。葵はもう息をするのも苦しかったが、それでも必死で走った。

「あそこにいるぞ」

 敵兵が遂に葵たちを見つけ、追いかけてきた。葵は恐怖で足が痺れ、足がもつれ始めた。小さな葵には耐えられないほどの恐怖だった。それでも追手は容赦なく追ってくる。

 葵は必死で逃げた。

「あっ」

 その時、葵は突然、足を止めた。

「しまった・・」

 目の前に立ちふさがっていたのは死の森だった。暗く、恐ろし気な雰囲気のうっそうと茂った森が、どこまでも奥に続いていた。

「・・・」

 しかし、葵に逃げる方角など選んでいる余裕はなかった。

 死の森には魔女や魔物が棲むという。だから、村の大人たちから絶対に近づいてはいけないと言われていた。一度入ったら絶対に生きては出られない。過去に葵の村の子どもも、死の森に迷い込み、そのまま帰って来なかった。

 その子は魔女に食べられたんだとか、魔物に食い殺されたんだとか、村では噂されていた。

「こっちだ」 

 背後でまた声がした。追手は確実に近くまで迫って来ていた。

「・・・」

 葵に選択の余地は無かった。葵は、飛び込むように死の森にわけ入った。

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