第7話 鬼神のごとく

 一階に着くと敵はすでに城門を破り、一部が城の中にまで入って来ていた。城の中は大勢の敵味方入り乱れ、混乱を極めていた。

「とても逃げられない」

 そこはあまりにも敵兵が多く混乱していた。葵はその状況に恐怖し、絶望した。しかし、アンヌカディは余裕の表情で、その混乱の中に向かってスタスタと、何事も無いかのように歩いてゆく。葵は、恐怖におろおろしながらも、その後ろについて行くしかなく、後を追った。

 その時、敵兵の一人が混乱の中から、葵たちの方に斬りかかってきた。

「あっ」

 葵は、恐怖に立ちすくみ、もうダメだと思った。しかし、アンヌカディは、敵兵の振りかざした剣を、子どものおもちゃを掴むみたいに右手一本でかんたんに掴むと、ハエでも追い払うように、ポイっとそのままの勢いで兵士ごと脇へと放り投げた。放り投げられた兵士は、そのまま中空に弧を描いて高い城の壁に激突し、そのまま崩れ落ちていった。

「・・・」

 葵は、その信じられない光景に驚き、口をあんぐりと開け、飛んでいった兵士を茫然と見つめた。

「あっ」

 気付くと、そんな葵を置いてアンヌカディは、スタスタと先へ行ってしまっていた。葵は慌ててアンヌカディを追いかけた。

 敵味方入り乱れての混乱の中、先ほどの敵兵に続いて次々と葵たちに敵兵たちは切りかかってくる。葵は恐怖で身を縮める。しかし、そんな敵兵をやはり何事もないかのようにちょっとしたほこりかゴミでも払うように吹き飛ばしながら、アンヌカディは悠然と進んでいく。

「この人は・・」 

 葵はその大きな背中を見上げながら呟いた。この時、葵にもアンヌカディのただならぬ強さが分かってきた。

 しかし、状況は絶望的なままだった。辺りは夥しい敵兵でひしめき合っている。いくらアンヌカディが強いとはいえ、この数を一人でどうこうなんて絶対に無理だ。

「どうするんです」 

 葵はアンヌカディの背中を見上げた。

「まあ、方法はいろいろあるが、私はスマートなやり方が好きでねぇ」

 アンヌカディは、周囲の状況などさして気にもせず涼し気にそう言うと、乗り手を失い彷徨っていた一匹の馬を掴まえ、死んだ敵将が持っていた大きな槍を手に取った。

「正面突破さ」

「ええ、あんなにいるんですよ」

「ふふふっ」

 葵の驚きと困惑をよそに、アンヌカディは軽く笑っただけでさっさと馬に乗ると、その上から葵に向かって手を差し出した。

「さあ」

「・・・」

 葵は、本当に大丈夫なのかとしばしためらったが、結局、今はこの人を信じるしか道はなくアンヌカディの手を取った。それでも葵は絶対に、こんなことでこの状況を突破できるとは思えなかった。

 それでも、葵は振り落とされないように、アイコをしっかりと抱き締め、アンヌカディの後ろに座ると、その腰にしがみ付いた。

「はあっ」

 それと同時に、アンヌカディは手綱を手に敵軍の中へと馬を走らせた。葵は恐怖と不安で叫び出しそうだった。

 しかし、馬を駆って走り出したアンヌカディは正に鬼神のごとくだった。敵軍の大洪水のような大軍の中をたった一騎で駆け抜けてゆく。アンヌカディは手に持った巨大で重厚な槍を、さも小さなこん棒でも扱うかのように、片手で軽々と振り回し、周囲の敵をなぎ倒す。襲いかかる敵兵たちは、血しぶきを上げながら、葵たちの周囲から次々とぶっ飛んでいった。その凄まじい勢いに、術師たちの呪いの霧でさえもが切り裂かれていく。

「な、何ごとだ」

 圧倒的優位なはずの大軍勢の敵兵の中にも動揺が走った。

 葵は怖くて怖くて、目をぎゅっとつぶり、アンヌカディの腰に必死でしがみついていた。

「アハハハハッ」

 笑い声に、葵がふと目を開け、アンヌカディの背中を見上げると、膨大な敵兵に囲まれながら、この状況でアンヌカディは笑っていた。

「アッハハハハハッ」

 アンヌカディは楽しんでいた。この状況を。この凄まじい状況を楽しんでいた。少なくとも葵にはそう見えた。

「うをぉ~、おんなぁ~、俺が相手だ」

 その時、敵の大将らしき、アンヌカディのさらに何倍も体の大きな漢(おとこ)が、その漢の何倍もあるバカでかい豚のような光り輝く神獣を駆って、ものすごい勢いで挑みかかってきた。しかし、お互いの槍が触れるか触れないかの一瞬のうちに、その敵将の首は飛んでいた。

「さあ、次は誰だい」

 数十万という敵兵の中に、波紋のように一斉に恐怖が広がっていくのが分かった。何十万といる敵兵が恐怖に飲まれ、沈黙し誰一人として、動くことができなかった。

「この人は・・・」

 この時、葵はアンヌカディこそに、ゾクゾクとした恐怖を感じた。

 アンヌカディはそんな静まり返る敵兵の大群の中を、ゆうゆうと風のように突き抜けて行った。

「お前は運がいいよ」

 アンヌカディが背中の葵に言った。

「私と出会ったんだからね」

 そう言って、アンヌカディは高らかに笑った。

「これも星の導きなのかもしれないね」

 そして、ふと、アンヌカディは呟くように言った。

「星の導き?」

 しかし、アンヌカディはそれ以上何も言わなかった。

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