第6話 武人アンヌカディ

 さっきまで、ドレスで着飾った人々や、絢爛豪華で華やかな雰囲気で満たされていた、今は天井が一部崩れ落ち惨憺たる状況の広間を、全力で横切り、葵は階下に通じる階段のある廊下に出た。

「・・・」

 葵は周囲を見回す。しかし、葵はこれから自分がどこへ行っていいのかさえ分からなかった。それでも、葵は小さなアイコを抱きしめ、その幼い小さな体で、必死になって生き延びる道を探した。

 城の中は逃げ惑う人、人、人の渦が逆巻き、大混乱に陥っていた。それはもうどこへ逃げてよいのか分からず、ただ、逃げる事だけに右往左往しているような状態だった。それでも葵も無我夢中で城の中を走った。

 二階まで降りた葵は、二階の広間を突っ切り、その開け放たれた大きな扉を出た。その時だった。

「わっ」

 葵はそこで誰かとぶつかった。

 葵はその反動で尻もちをつき、床に転がった。そして、自分のぶつかった相手を見上げた。

「あっ、あなたは・・・護衛の・・」

 そこには、ひときわ煌びやかな赤い鎧に身を包んだ大きな武人の女が立っていた。女は葵にぶつかられても、蚊ほどにも感じていないようすだった。

「ああ、子守りの子だね」

 武人の女はその真っ赤な長い髪を燃えるように激しく揺らめかし、ゆっくりとその大きな目で葵を覗き込むように見下ろした。その口元には、この状況で薄っすらと笑みが浮かんでいる。

「あの、あの、カティアーティー様が、大変なんです」

 この髪の赤い武人の女は、葵も見たことがあった。カティアーティーの身辺警護もしていたことがあった。

「あの、カティアーティー様が・・」

「ふふふっ」

 しかし、必死に語る葵の言葉に、女は不敵に笑うだけだった。

「あなたは一緒に戦わないのですか」

 葵は少し怒りを滲ませ言った。

「ふふふっ、今日でこの国とは契約が切れたのさ」

「でも・・・、みんな戦っているじゃないですか」 

「ふふふ、契約は契約さ」

「城は完全に包囲されているぞぉ」

 その時、遠くで誰かが叫んだ。葵は慌てて背伸びをして、廊下の窓から外を見た。無数の真っ黒いアリの大群のような敵兵たちが完全に城を取り囲み、ひしめいていた。

「どうしよう・・」

 葵は、頭が真っ白になった。絶対に逃げられる状況ではない。この時、葵はもうこの武人の女に頼るしかないと思った。

「あなたはあの人たちに勝てますか?」

 葵が、武人の女を見上げた。

「私の名前はアンヌカディ」

「アンヌ・・カディ、あなたはあの人たちに勝てますか?」

「ふふふっ、私は強いよ」

 アンヌカディは不敵に笑った。

「助けて下さい」

「ふふふっ、お金はあるのかい?」

「・・お金はありません」

「じゃあ、ダメだ」

 アンヌカディは穏やかに言った。

「この子だけでも、せめてこの子だけでも。この子は―――」

「シーッ」

 アンヌカディは唇に人差し指を立て、葵の言葉を途中で遮った。

「それは言わない方がいい」

「どうしても、どうしても、この子を助けたいんです」

「でも、お金が無いんだろう?」

 アンヌカディはその大きな目を見開いて、ゆっくりと葵の顔を覗き込むように見た。

「はい、でも、なんでもします。働いて・・、いつか、必ず・・」

「ふふふっ」

 アンヌカディは、幼い子供の戯言を聞いているように笑った。

「助けて下さい。必ずお礼はいたします」

「ふふふっ」

 その時、アンヌカディはアイコの首に巻かれた女王の首飾りに目がいった。アンヌカディは目を見開いてそれを見つめた。

「ふふふっ、じゃあ、それをもらおうか」

 アンヌカディは、その真っ赤な髪と同じ真っ赤な爪をした指で、女王の首飾りを指差した。

「こ、これは」

「ダメかい?」

 アンヌカディは不敵な笑みを浮かべながら、試すように葵の顔を覗き込んだ。

「ダメです」

 葵はきっぱりと言った。これは、カティアーティー様から預かった大切なもの、渡すわけにはいかなかった。

 その時、また大きな衝撃音と共に城が大きく揺れた。「きゃあっ」

 葵はアイコを抱き締め、身をすくめた。

「私なら、ここから脱出させることぐらいはかんたんに出来るんだがなぁ」

 こんな状況でも落ち着き払っているアンヌカディは、怯える葵を不敵な笑みを浮かべながら、覗きこむように見下ろしていた。

「・・・」

 これは王妃になるための証。葵はためらった。しかし、命には変えられない。

「分かりました」

「ふふふっ」

「でも、このうちの一粒だけです」

 葵は精いっぱい勇気を振り絞って、宝石の周りを飾っている真球の透明な宝石を指差し毅然と言った。

「ふふふっ、それなら城の外までだ」

「分かりました」

「よしっ、契約成立だ」

「でも、どうやって・・・、ものすごい数の大群が城を囲んでいるんですよ」

「ふふふっ、大丈夫さ。あたしは強いって言っただろ」

 アンヌカディは、そう言って平気な顔でスタスタと階段を降りて行く。葵は半信半疑ながらも、しかし、それしか道はなく、アンヌカディのその大きな背中を追った。

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