第5話 窮地
容赦なく砲弾が次々と城を襲った。その度に城がものすごい衝撃とともに揺れた。城内は大混乱だった。どこに逃げていいのかも分からず、人々は叫び声をあげながら右へ左へ走り回った。
「これは私たちを生かす気はないな」
揺らめく議事堂の天井を見上げながらデクじいが呟いた。
「これだけ、撃ち込んで来るのだから、皆殺しだろうのう」
ポンじいが呟くように言った。
「せめて女子供だけでも・・、のう」
ガクじいが呟く。
「だめじゃ、完全に城は囲まれてしまっておる・・」
ポンじいが嘆くように言った。城からの逃げ道は完全に塞がれていた。
「それにどこへ逃げるというのだ」
「三百年続いたこの国の歴史もここでお終いなのか・・」
ガクじいが悲観的に呟く。
「終わりはあっけないものじゃのぉ」
「まだ諦めるな」
デクじいが言った。
「何か策でもあるのか」
ポンじいがデクじいを見る。
「忘れたのか、この城が建造される時に作られた抜け道」
「あっ!」
全員が声を上げた。
「あれは、確か森まで続いている」
デクじいが言った。白鷺城には地下を通り、数キロ離れた森まで続く、秘密の抜け道があった。
「そうだ。そこを通ればカティアーティー様だけでも逃げられるやもしれん」
ポンじいがカティアーティーを仰ぎ見る。しかし、カティアーティーはそのことにはまったく興味を示さずまったく別のことを考えているようだった。
「東門が、東門が落ちそうです」
そこに伝令の兵士が駆け込んできた。
「何!東門が」
ポンじいが叫ぶ。
「中央門も、もう抑えきれません」
続けざまに、また別の兵士が入って来た。
「中央も・・・」
その場にいた誰もが愕然とした。それはもう、この城の防御壁が完全に突破されることを意味していた。
「こんなにも簡単に我らが城が落ちるのか・・」
ポンじいは愕然とした。
「いくら奇襲とは言え早過ぎる」
デクじいが愕然として唸った。
「カティアーティー様、お逃げください。女王お一人でも」
ポンじいがカティアーティーを見上げる。
「女王である私が逃げるわけにはいかない」
しかし、カティアーティーは、毅然とそれを拒絶した。
「しかし、カティアーティー様・・」
それでもポンじいは泣きそうになりながら、必死で訴える。
「どうかどうか、このじいたちに免じて」
デクじいも必死で詰め寄る。
「私はこの国と共にある。この国が亡ぶなら私も死ぬまでだ。それにあれだけの大群。城の外に逃げられたとしても、その先どこまで逃げられるや分からん。遅かれ早かれいずれ捕まるのがオチだろう」
「女王様」
デクじいの目から涙が流れ落ちた。
「女王様さえ生きておられれば、またこの国も再興できます」
ポンじいがそれでも食い下がるように言った。
「この国の再興は、この子に託します」
その時、カティアーティーは傍らの木製の乳母車に寝ていた娘のアイコを抱え上げた。まだ、乳飲み子のアイコは何が起こっているのか知る由もなく、愛くるしい表情で微笑んでいる。
「我が国は代々女系がその位を引き継いできました。この子さえ生きておれば、国の再興は可能です」
「しかし・・」
「この子を」
それでも意見を言いかけるポンじいを無視して、カティアーティーは葵を見た。
「えっ」
カティアーティーは、驚く葵の前まで歩み寄ると、その手の中に預けた。
「えっ」
誰しもが驚いた。
「女王様・・」
ポンじいも言葉がない。
「わ、私・・」
しかし、当の葵が一番驚いていた。
「こんな幼い子に託すなど」
デクじいが驚き、言葉にならない言葉を呻くように言う。
「もしかしたら、幼い子だけなら、うまく抜け出せるやもしれぬ・・、もう、その奇跡にかけるしかない。それにこの子は不思議と葵に懐いておる」
そう言って、カティアーティーは葵に抱かれるアイコの額をやさしく撫でた。
「しかし・・」
しかし、臣下たちは、それをすぐには受け入れられなかった。
「こうなっては、それしかない」
だが、カティアーティーは決意を込めた断定的な言い方で、他の意見を遮った。
「・・・」
一同は黙るしかなかった。
「これを」
そして、カティアーティーは自ら女王の首飾りを外すと、それをアイコのまだ幼い小さな首に巻いた。
「この首飾りはきっと、この子を守ってくれるでしょう」
カティアーティーはそう言って、アイコを愛おしそうに見つめた。
「私はここで女王として最後まで戦わなくてはなりません」
決意を込めた鋭い目でカティアーティーは、膝を曲げるとアイコを抱く葵に顔を近づけた。
「カティアーティー様」
葵は涙目になって、そんなカティアーティーを見上げる。
「幼いあなたに、こんなことを頼んでしまって申し訳ありません」
カティアーティーはやさしく、葵に微笑んだ。
「カティアーティー様・・」
「アイコをお願いします。もう、これしかないのです」
「私にはできません。それに、カティアーティー様を置いてはいけません」
葵は泣きながら言った。
「私もここで、ご一緒に・・」
葵の目からはポロポロと大粒の涙が流れ落ちた。
「行くのです。その子さえ生きていれば、またこの国は再興する事が出来ます。さあ、行くのです」
「私には出来ません。私も女王様とご一緒に・・」
葵はすがるように、カティアーティーを見返した。
「行きなさい」
しかし、カティアーティーはそんな葵を突き放すように強い口調で言った。
「行くのです」
更に躊躇する葵にむかって、カティアーティーは、もう一度強く言った。それは有無を言わせぬものだった。
「うっ、ううっ」
それでも葵は半べそになりながらそんなカティアーティーを見上げていた。
「アイコを頼みましたよ」
最後にカティアーティーはやさしく葵に言った。
「女王様・・」
その目を見た葵は、涙をぽろぽろ流しながら、アイコを力強く抱きしめ、カティアーティーに背を向けた。そして、出口へ向かって走り出した。
「カティアーティー様」
葵は、悲しみで胸のつぶれる思いだった。それを振り払うように、葵は走って、走って走った。
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