第4話 数々の異変

「確かにカント軍じゃ」

 ポンじいが窓から下を覗き見る。上階にある大広間から出て一番近い窓からでも、古魏国の真っ赤な旗が、城を囲むように無数にはためいているのが見えた。城の周囲は無数の兵士で埋め尽くされている。それはあまりに数が多く、巨大な蟻の群れのようだった。

「カティアーティー様の誕生祝賀会を狙っての攻撃じゃ」

 ポンじいが憤りを通り越して、嘆くように言う。

「なんという、卑劣な」

 三長老の一人ガクじいが言った。

「主軍は今、各国合同の遠征に出てしまっている」

 デクじいが言った。

「それも、知っていたのだろうのう」

 ガクじい。

「それがどうして分かったのか」

 デクじい。

「そうじゃ、それにどうやって、国境を越え、この城まで斥候や見張りに気付かれず来たのだ。あれほどの大軍を・・」

 ポンじいが呟く。

「どうしたことじゃ」

 その時、窓から戦闘を覗き見ていたガクじいがさらなる異変に気付いた。

 迫りくるカント軍に対し、アルカディア軍も城の城壁の上から必死で応戦しているのだが、なぜかこちらが放つ、弓も大砲も全く届いていない。

「術師だ」

 誰かが叫んだ。見ると、隊列の最前列に異様な服とも呼べない服を纏った丸坊主の一団が、何事か必死で呪文を唱えている。

「術師たちまで味方につけているのか・・」

 ポンじいが呻くように言った。よく見ると、カント軍の手前の空間が歪んでいる。

「術師たちは、決して権力には従わないはず・・」

 デクじいが言った。

「どうなっているのじゃ。いったい・・」

 ポンじいが呻いた。

「どうする。これではこちらの弓も大砲も届かないぞ」

 ガクじいが、周囲の人間を見渡した。

「・・・」

 しかし、全員が何も言えずに黙った。

「近隣国に救援は頼めぬのか」

 ポンじいが軍師のカンベエを見た。

「これだけ囲まれては・・」

 知将のカンベエといえども、呻くしかなかった。

「それにどれだけの時間持ちこたえられるか・・」

「・・・」

 その答えに、一同静まり返る。

「時間を稼げぐことができれば、同盟国に救援も求められましょうが・・」

「どうしたことだ」

 その時、神官長キュロスが、手に持った大きな水晶玉を覗き込み、驚きの声を上げた。

「どうした」

「土地の守護神ガロの力が弱まっておる」

「何?」

 ポンじいとデクじいとガクじいが同時に慌てて水晶玉を覗きこむ。

「一体、何が起こっているのじゃ・・」

 ポンじいが呟く。

「土地の守護神ガロは、この土地を守り続けていた・・。それはゆるぎなく、何百年も続いていた。・・今までにない何か大きな異変が起こっている。今までの秩序が壊れかけているのだ・・」

 キュロスが険しい顔で言った。キュロスの額には紫色のオームという古代文字が刻まれている。それはこの宇宙の全てを表すと言われる言葉だった。

「この世界は再びカオスに入る」

「カオス」

 ポンじいとデクじいガクじいが同時に叫びキュロスを見た。

「小さな争いごとはあったが、ここ三百年大きな戦争も争いもなかった。それがなぜ・・」

 ポンじいが呟くように言う。

「最近、星の動きも複雑な日が続いていた・・」

 そこに星文官のアザロスが呟くように言った。

「なぜそれを言わなかった」

 デクじいが怒り、問い詰めるように言う。

「何か大きな力・・、大きな流れが、今まで絶妙なバランスで拮抗を保ち、この世界を支えていた神々の力を乱している」

 神官キュロスが、その病的に白い顔を更に白くして呻くように言った。

「カティアーティーさま」

 ポンじいが、カティアーティーを仰ぎ見る。しかし、カティアーティーは、険しい表情のまま何かを深く黙考していた。

「大きな力とはなんだ」

 ガクじいがキュロスに訊いた。

「それは今までにない大きな何か」

「それはなんだ」

「それは・・」

 その時、更に大きな衝撃音と揺れが城内に起こった。

「ここも危険です」

 兵士たちが走って来て、カティアーティーやポンじいたちに避難を促した。

「ひとまず、議事堂へ」

 軍師カンベエが言った。

「うむ」

 ポンじいが答えると、カティアーティーたちは、城の奥の、普段政の行われている議事堂へと歩き出した。

「あの・・」

 その時、葵が自分はどうしていいのかと、伺うように声を発した。

「お前は、給仕係の子だね。お前は、奥の給仕長たちのところへ行きなさい」

 葵のすぐ近くにいたそれほど葵と背丈の変わらない、小さな背丈のポンじいが、その声に気付き言った。

「はい」

 葵はそれに従い、奥に行こうとした。

「いや、お前は私たちと一緒に来なさい」

 その時、突然カティアーティーが葵の方に振り返ると、そんな葵に向かって言った。

「えっ」

 葵は驚いて、カティアーティーを仰ぎ見る。

「女王陛下、なぜ」

 これには三長老も驚いた。しかし、それには答えずカティアーティーは、奥へと歩いて行ってしまった。

「・・・」

 他の者たちはそれに従うしかない。葵も訳が分からないまま、長老たちの後について議事堂に向かって歩き出した。

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