第2話 並ぶごちそう

 アルカディアは、山々に囲まれた広大な森林地帯を持つ自然の美しい国だった。海はないが、空気は生まれたばかりの子供の瞳の輝きのような澄んだ清々しさがあり、山々から流れ出す雪解け水は、鋭いナイフのような透明度と冷涼さがあった。遠くには、白く煙るこの大陸で最高峰のタカボッチ山が見え、気候も穏やかで農作物もよく取れ、酪農も盛んだった。

 国境付近でのいざこざはあったが、ここ三百年程は大きな戦争もなく、長く平和が続き、そのおかげで土地は豊かで人口も多く、国力も充実していた。

 そして、この国の中央に立つ、この白鷺城はこの土地でしか取れない真っ白い特殊な石で造られているため、輝くように白く、世界で最も美しい城とまで言われるほど近隣の国々の城と比べても格別に美しかった。

「ふぅ~、いそがしい、いそがしい」

 この日、葵は様々な給仕やカティアーティーの身の回りの雑用をこなし、大忙しだった。

「葵、これをあっちへ持って行っておくれ。次はこれをあっち」

 アンナバアバが葵に向かって、あれやこれやと指示を出す。

「はい」

 葵はその小さな体で、大きなホールをあちこち動き回り、お皿を運んだり、お客様の給仕をしたり、テキパキと雑用をこなした。本当に目の回るような忙しさだった。でも、葵はそれもなんだか、このお祭り気分の華やかな雰囲気の中では楽しいと感じていた。

「これは、どこへお運びすればよろしいですか」

 葵が銀製のフォークやスプーンの乗ったお盆を持ち、給仕長の、アンナバアバを見上げた。

「それはね。あっちのテーブルに並べておくれ」

「はい」

「あっ、それが終わったら、お前もあっちで料理をお食べ」

「え、あ、はい」

 この日は、葵たちお世話係にも、来賓が食べているものと同じごちそうが振舞われた。それを葵をはじめ、全ての雑用係みんなが楽しみにしていた。

「ふぅ~っ」

 一仕事終えた葵は、奥の給仕係や雑用係が食事をする大テーブルに座った。

「うわぁー」 

 そこには、色とりどりのごちそうが並んでいた。香草や様々な香辛料を詰め込んだ鶏の丸焼きに、タレを絡ませじっくりと焼かれた羊肉の固まり、香草で包まれた見たこともない大きな魚の焼いたものや、世界各国から集められた様々なフルーツ。普段、葵たちが決して口にできないような、豪華で手の込んだ料理ばかりがそこに並んでいた。

 葵は目の前に並ぶパイや、肉料理を目にするだけでなんだか堪らなく心が弾んだ。それは一年に一度だけ食べられるごちそうだった。

「遠慮しなくていんだよ」

 アンナバアバが、葵の横からニコニコと言った。アンナバアバはここでは、葵の母親代わりのような存在だった。

「たくさんお食べ」

 アンナバアバが、嬉しそうに葵を見つめた。

「はい」

 さらに、他の給仕係の人たちが葵の前に、さらにたくさんの料理をどんどん並べてくれる。

「たくさんお食べよ」

 給仕係のおばさんやおねえさんたちもやさしく笑顔で葵に言う。

「はい」

 葵は、なんだか食べる前から幸せだった。

「どれから食べようかな」

 どれもおいしそうで、選ぶだけで大変だった。

「葵、山ブドウのジュースだよ」

 その時、職場では葵のお姉さん役のカルティーが、陶器の器に入った搾りたての山ブドウのジュースを、葵のコップについでくれた。

「うわぁ、おいしい」

 堪らない甘さと酸味が口全体に広がり、今までに味わったことのない幸福感が全身を包む。こんなに幸せでいいのかと罪悪感さえ感じるおいしさだった。

 そんな幼い葵を見て、カルティ―は笑った。

「さあ、何を食べようかな」

 やはり、あまりにも料理がたくさんで、何を食べようかあれこれ目移りしてしまう。でも、迷うのもそれすらが楽しかった。

 葵は口いっぱいに香草と岩塩で焼いた分厚い肉の塊を思いっきりその小さな口の中に頬張った。程よい塩気と堪らない肉汁が噛むたびに溢れ出てくる。幸せ過ぎて、葵の顔は自然とほころんだ。

 葵はテーブルの上に並ぶ料理を次々と夢中で食べていった。なんておいしいんだろう。どれもこれもが信じられないくらいおいしかった。

「こんなおいしいものがこの世に存在するなんて」

 葵は感動で胸がいっぱいだった。

 デザートも色とりどりのお菓子やフルーツが並んだ。

「甘~い」

 このケーキの甘さといったら、なんでしょう。フルーツも葵が普段食べている山に生っている野生のものとは全然違って、肉厚があり、みずみずしく飛び切り甘かった。

 葵はしばし、至福の時を過ごした。この時間が永遠に続けばいい。葵はそう思った。


「ふふふっ、葵ったら」

 カティアーティの給仕に戻った葵の口元を見て、カティアーティが笑った。

「あっ」

 葵は、カティアーティが何を言わんとしているのか分り、慌てて立ち止まって口元を隠すように両手を当てた。葵はあまりの料理のおいしさに夢見心地で、食後に口元をよく拭かずにそのまま仕事に戻ってしまっていた。

「葵」

 カティアーティは、そんな葵にやさしく微笑みかけると、女王自らが葵の口元を自分のナフキンで拭ってやった。

「あ、ありがとうございます」

 葵は、女王様直々に自分の口元を拭いてもらい、ただもう恐縮で、ただただその場にかしこまった。

「ふふふっ」

 カティアーティは、しかし、そんな葵を見てやさしく笑っていた。なんてやさしい女王陛下なのだろう。葵は感動に胸がいっぱいだった。

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