まつろわぬ神々の詩(うた)
ロッドユール
第1話 女王の誕生日
「女王様」
葵は女王カティアーティーに、女王の首飾りの乗った盆を差し上げた。
女王の首飾りは、世界に一つだけと言われる内側の中心から真紅の光りが燃えたつように蠢く赤い宝石を中心に、その周りを透明度の限りなく高い真球の宝石が八個取り囲むようにして作られた、この国の女王に代々受け継がれてきた、国にとってとても重要な首飾りだった。
女王の首飾りに使われている宝石同士の繋がりは、不思議なことに糸を通すわけでもなく、何かで接着されているわけでもなく、どう繋がっているのか全く分からなかった。しかし、それにもかかわらず、それでいて決して切り離すことができない、しっかりとした繋がりをもっていたし、しかも、その形は自在に変化すらした。
過去に一度、女王の首飾りは天才的大泥棒に盗まれたことがあったが、その時泥棒が女王の首飾りをバラバラにして売ろうとしたが、どうしても宝石同士を切り離すことが出来なかった。そして、なぜかまたそのままの形で傷一つなく不思議と城に戻って来たという。
この不思議な強い結びつきを持った女王の首飾りだが、逆に、女王の首飾りのこの不思議な繋がりが切れ、バラバラになった時、この世界が大きく乱れる時だという不吉な言い伝えがあった。
「ありがとう」
カティアーティーは首飾りを手に取り、自らそれを首に回した。葵は素早くカティアーティーの背後に回ると、台に乗り、それを首の後ろで受け、それをはめた。
女王の首飾りは、この国の女王の証として、何か重要な行事がある時は必ず女王の首につけられた。
「よくお似合いです」
お付きの者みなが口々に言った。葵もその大きな輝く純粋無垢な目を輝かせ、女王の首飾りをつけたカティアーティーを見上げた。その姿は光り輝くように美しかった。
「よくお似合いです」
そうかしこまる葵は、心の底からそう思った。
女王カティアーティーはまだ若く美しかった。輝く赤い髪は腰まで流れ、透き通るような白い肌は、それだけで人を惹きつけた。葵はそんな美しい女王様が大好きだった。
「おぎゃ~」
その時、傍らのベビーベッドで寝ていたアイコがものすごい勢いで泣き出した。
「ああ、よしよし」
葵は慌てて、アイコを抱き上げる。すると不思議とすぐにアイコは泣き止み、とても愛らしい笑顔を口元に浮かべた。
アイコは生まれたばかりの女王カティアーティ―の一人娘だった。気難しく、すぐにぐずるので、世話役は手を焼くのだが、不思議と葵に抱かれている時はなぜかいつも機嫌が良かった。
「不思議だ」
それには女王カティアーティーさえもが、いつも不思議がった。
「女王様、来賓がお待ちかねですぞ」
口やかましい侍従長のポンじいが、カティアーティにたしなめるように言う。
「ああ、分かった。分かった」
カティアーティが少し苦笑しながらそれに答える。
今日は、女王の誕生祝賀会が、国を挙げて盛大に催されていた。女王の為に大勢の来賓客が近隣の国や街、村々から、このアルカディア国の白鷺城に集まっていた。それは、それだけ女王カティアーティーが、近隣の国々の人々からも信頼され、愛されている証でもあった。
城下町や各村々でも今日はお祭り騒ぎだった。お酒が樽ごと町中で振る舞われ、家畜が潰され丸焼きにされ、それも無料で人々に振舞われた。この日だけは誰も働かず、子供たちもどんなに遊んでも大人に怒られることは無かった。全ての人が街の広場に集まり、飲んで踊って大いに歌った。今日は本当に年に一度の国を挙げての盛大なお祭りだった。
「葵。とても良い名前だわ」
ある日、女王カティアーティーが、葵の名前を褒めてくれた。葵はその事がとても嬉しくて、そのことをいつまでも覚えていた。
「お前はいくつになったのだったかしら」
カティアーティが、他のお世話係と共に女王の衣装の支度を、せわしく急ぐ葵を見下ろし言った。
「十二です。カティアーティー様」
葵がカティアーティを見上げて言った。
「十二・・。月日の経つのは早いものですね。お前が私の下に来たのは、こんなに小さかった」
そう言って、カティアーティーは膝の下あたりまで手を下げて笑った。
そういえば、ここに来た時、私は本当に幼かったと葵は思い出した。今も幼い事に変わりはないのだけれど、当時は本当に小さな子どもだった。
支度が終わり、豪華なドレスに包まれ、美しく着飾った、更なる神々しささえ湛えたカティアーティーは、みなの待つ大ホールへと向かった。葵や従者も恭しくその後に続く。
扉が開かれ、カティアーティーが人々の前に現れると、割れんばかりの歓声とため息と拍手が沸き起こった。
「なんと美しい」
人々は口々にため息に似た、感嘆を漏らした。
「今日はみな私のために集まってくれてありがとう」
カティアーティーが、一段高い演壇に立ち、挨拶をすると更に割れんばかりの歓声と拍手が上がった。
「アルカディアのこれからの発展と栄光に」
そう言って、カティアーティーが持っていた杯を掲げると、「おーっ」と言う大歓声と共にその場にいた全員が同じように、高々と杯を掲げた。
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