冷徹なる激情 -Burn Down-

白と蒼。

二体の獣は絡み合い、互いの鮮血を散らし、戦場を赫く染め上げてゆく。

死線と剣。

互いの刃を互いの刃で受け止めるも、彼らの体は触れ合う事なく、ただ刃で語るのみ。

相容れない存在のどちらかが息絶えるまで終わる事はない、獣たちの戦い。


「どうして、こうまでして……。君も眠りについて、それでも目覚めたというのなら、自分のために生きなおせばいいだろう!? どうして私達を殺す事にこだわる?」


白薔薇はそれでも言葉を交わす。

独りでの戦いを続け、力を使う毎に激情に少しずつ自身が支配されていく。

そうして衝動に飲まれゆく自覚があってもなお、真白は人として眼前の獣へ言葉を投げた。


「その問いは、今必要なのかしら? そんな事を今聞いて何になるの?」


蒼き獣は赫き剣で白薔薇を散らさんとその刃を振るう。

その花弁が赫く染まり散った先にすかさず氷の剣で斬りつけ、人として言葉を交わす事を拒むように、剣戟を見舞った。


「そうだったね……。その答えを今聞いたとして、何か変わる訳じゃない。それにどんな答えを返そうと、君の刃が止められる訳じゃない」


彼女の二対の剣はこの世界に向けられた憎悪と激情の血晶。

眉をしかめながら、戦うしかないのだと悔しくも認識してそう返す。

それでもその剣戟を少しでも躱し続け、言葉を投げかけながら。


幾度も刃の応酬をした後、互いに距離を取り視線だけを交わす。双方ともに、次にどう仕掛けるかを思考しながら。


「どうしてだろうね……私はカウンターでもないのに。セカンダリの事を、君の事を少しでも理解できたらと考えている。私達はとっくの昔に、世界を守る側でなくなっている事は、分かっている筈なのに」


きっと、真っ直ぐにカウンターで在り続けようとした彼のせいなのだろう。

5ヶ月の間にすっかりその考え方がうつってしまった。どうか自分も同じ側でありたいと、そう願ったせいもあるのかもしれない。


「そうよ。私たちセカンダリは結局、世界を壊す事しかできない。ジャームが治る?そうして戻ってきたものを、どうして人間として扱えるの?」


昏い瞳は憎しみを帯びて、灯花は言葉を続ける。


「一度一線をこえて、人ではなくなった者を、人へは戻れなくなった者を、無理やり人間に戻して一体どうするの?戻ってきた私だって化け物だけれど、こんなやつらを人間に戻そうとしてるやつらだってよっぽど化け物だわ。狂ってる。ここに生きる人達も、この世界も」


その言葉は、かつてアトアなど不要だと結論付けて、真白の前から去ったあの日と同じ響き。


「だから壊すの。こんな悲しい世界、見ていられないのよ、私は。アトアも、それを受け入れてこの世界に生きるやつらも、一つ残らず殺し尽くす」


その瞳に映るのは過去の因果。彼女を縛る妄執の楔。大切なものをアトアによって踏み躙られた事への、この世界への憎しみ。その憎悪の炎だけが、彼女を突き動かしていた。


「真白、あなたなら分かってくれると思っていたのだけれどね?だから最初に、あなたから殺そうと思ったのに。あなたが私を殺しやすいように、彼だって傷つけてあげたのに。こんな世界に繋ぎ止められて、勝手に生きろと命じられて、あなたにとってもそれは苦痛でしょう?」

「そうだね……。私たちセカンダリは、悲しい生き物だ。カウンターとともに世界の守り手で在ろうと望んでも、それは叶わない。彼らとは同じになれない、越えられない壁が存在する。彼らとは決定的に違う。何か一つ間違えれば、私達に二度目はないのだから」


自身のキャンドルは体内に小さなチップとして埋め込まれている。

そして真白は自身でも侵蝕率の把握ができるよう、体外にも連動するペンダントをつけていた。夢希と揃いの、お互いに誕生石だけをつけたシンプルなシルバーのペンダント。

そのペンダントが警告を込めて熱を帯びている。これ以上戦いを続け、侵蝕率をあげ続ければ、再び獣へ堕ちるのだと。


そんな危うい獣が、今にも燃え広がりそうな灯火が、この世界を守ろうと考える事こそ間違っている。

そもそも私は、望んでジャームになった。それを選ぶ事が、世界を壊す事に繋がるのだと分かっていても。

自分の望みを叶えるために、そこへ堕ちた。そんな人間が、もう一度人として生き直すことなど、できるはずもなかったのに。


「ああ……覚えているよ。分かっているとも。私は望んで、こちら側へ堕ちた。私たちにとってはつい最近のことだ」


屈強であったはずの母を打ち倒し、力に溺れ、満足感とともに自らの終わりを願った。この惨状だ。自分に近しい者たちは皆喪われ、誰も私を起こす事など望むまいと、眠りについた。

そして次に目覚めて高嶺を出会った時、自分の中は驚くほどに空っぽだった。

記憶はあれど、それに自分が抱く想いだけが存在しない。このままでは何処にでも行ける、行けてしまうという不安。高嶺が目の前にいるというだけでなく、自己の実感から、正しくこれがセカンダリなのだと判断した。


変異についてもそうだ。目覚めた時から自らの力が以前よりも向上して体に馴染み、自身をまた獣へ導こうとしているものと、自覚は有った。

今までにはない強大な力を得た代わりに、この世界との結びつきが弱くなったような、そんな感覚。


だから、高嶺に聞かずとも分かっていたのだ。あの日の会話は結局、彼と会話をすることで少しでも目覚めたこの世界に繋がりを持とうとしたに過ぎない。

今まで慣れ親しんでいた記憶があるのに、その記憶と自分の感情に乖離があって、それがたまらなく不安だったから。

自分の内側から聞こえる声に身を任せて、何もかも捨てて飛び立ってしまえそうな気がした。


「それでも私は、夢希と出会えた。夢希は私に居場所を作ってくれた。還ってきた人たちが、当たり前に生きなおせる世界を作るために、カウンターで在るのだと言った」


素敵な夢だと思った。だってそれは、私がプライマリの頃に夢みたものと、きっと同じだったから。

昨日より素敵な今日。今日より素敵な明日を夢見て。

それがたとえ儚き希望であろうとも、その先を彼に見せたいと思ったのだ。


「それが今の私にはできなくても……それでも私は―――彼の夢をともに守ると誓った」


その夢がここで潰える事など、私には看過できない。


「お前にはここで終わってもらう。夢希を、こちら側へなど来させてたまるものかッ!」



理想を夢見たその果てに。 そこに生まれた火種を、今彼女は白へと還す。

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