譲れない想い -覚悟の先で至る場所-
夢希から放たれた豪炎を咄嗟に交わした真白は、それでも彼から離れようとはしなかった。よろめいた彼に対して身構えながらも、そんな彼を支え、横目で灯花を睨みつける。
自身の奥歯がぎりと軋む音がした。
「ふふ。美味しいわね。あなたを想う、彼の血は」
「灯花……よくも、夢希を……ッ!」
舌舐めずりをしながら、愉悦を浮かべる灯花。
夢希は肩で息をしながら、自らの右腕を押さえ込むように、震える左手で握りしめていた。
「私は優しいから、あなたが本気になれるように教えてあげる。彼には今、私の血を与えて私の操り人形にしてあげたわ。抵抗されても面倒だから、彼の力も奪ってあげた。あなたが本気になれないなら、彼は私が使い潰して、あなたを殺した後で、仲良く後を追わせてあげる」
歌うように、楽しそうに語る灯花。
彼女は真白にも同じところへ来いと言っている。
本気になれと。本気で殺し合うためにその力を解放し、再び獣へ堕ちろと。
人であることなど捨て、この世界にとどまる事など諦めて、化け物同士の殺し合いをしようと、誘っている。
「どうかしら。素敵な提案でしょう?」
それは提案など名ばかりの命令。
拒む事など許されない。拒めば彼の命はない。
「やめ、ろ……」
「夢希……?」
「俺 は、君だけは……絶対に、……護る。 一度、還って……これたんだ。も、う 絶対に、その 先へ は、行かせない……!」
震える声で内なる命令に抗うように、夢希は言葉を絞り出す。
もう彼は限界の筈だ。なのにこうしてこれ以上力を使う事や、彼女の傀儡に抗う事は、彼も獣へ近付く事を意味する。
「ふふ。素敵な詭弁ね。 バケモノ同士で殺しあい以外にできる事なんて何もないのに。その力が、本当に誰かを守れるものだなんて信じてるの? それともこれは、セカンダリにしか分からない事なのかしら。どのみちあなたにはきっと、分からないわね」
灯花の言う通りだ。
私は彼のセカンダリ。彼は私のカウンター。
一度ジャームになった私と彼は、決して相容れない存在。
同じ夢を見て、同じ方向へ歩もうとも、私たちの事を、きっと君は理解できない。できなくていい。
「夢希……」
そう。君が私の犠牲になるなど、あってはならない。君はきっと、自分が犠牲になってでも、私を守ろうとするんだろう。自分にはまだ次があり、私にはないからだと、そう言って。
それは確かに一つの選択肢なのかもしれない。彼にその命令に抗えと、まだともに戦うのだと言って、ともに生き残ろうとすること。
私がジャームにならないために、代わりに彼を同じくするかもしれない選択肢。
彼がこちら側に来てもなお、まだ彼には次がある。そうして、この相棒関係が解消されても、また同じ夢を見て歩き出せばいい。
それを私は選ぶ事ができる。
―――けれど、私は。
一度瞼を閉じ、開いた瞳には覚悟が宿っていた。
『……さよなら、夢希』
動いた唇から、音は発せられなかった。
何かを諦め、何かを選び取った彼女の、人としての最期の言葉。
それは音にすることはせず、彼には届けなかった。
その唇の動きから夢希が言葉を理解する前に、裏切りが牙を剥く。
真白は躊躇なく彼の首筋に喰らい付いた。
「ッ……ま……し、……ろ……」
君をこちら側へ来させる訳にはいかない。 君だけは。
それだけは譲れない、譲るわけにはいかない想い。
その想いを貫くために、真白は彼に残されていた欠片程の生命を奪う。
限界を超えてもなお抗い、なんとしても隣で戦おうとしていた彼は、残されていた生命を奪われ、静かに彼女の胸の中で気を失った。
崩れ落ちた彼を優しく抱き止め、そっと横たえてから、踵を返す。
ここで彼の動きを止めたとて、タイムリミットがある事は変わらない。
眼前の彼女を殺すことでしか彼は助からず、そして彼の侵蝕率を考えれば、それを速やかに行う必要がある。
なればこそ、彼女はもう振り返らない。
そのために自分は何を賭ければいいのか、どうすれば眼前の彼女と同等の、いやそれよりも強き力が手に入るのか、理解していたから。
確かめるように、自分の右腕のブレスレットを握る。
それは確かにここに在る。そうして彼女は―――ここで終わる覚悟を決めた。
彼から奪ったその生命と、自らの生命を力に乗せて、その激情を解放する。
瞬間、真白から全方位に向けて衝撃が放たれる。
それは血色の無数の刃となり、辺り一面の敵を無慈悲に切り裂いた。
崩れ落ちるその欠片は赤き薔薇。彼女の守りの力ではなく、これより行う殺戮の証。
その一撃を灯花も驚きとともに喰らうも、その力を歓迎するように微笑んだ。
そんな彼女を見て、真白も合わせ鏡のように微笑む。
「さあ……始めようか。―――裏切り者の舞踏会を」
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