別離

譲れない願い -Any More Slay-

「嬉しい。来てくれたのね」


真白が予測した場所で、灯花は待っていた。

あの日会った時と寸分違わぬ微笑みをたたえて。


「よく言うよ。来るしかないじゃないか」

「そんな事ないわよ?来てくれるまで好きにして待つつもりだったもの」

「ほら、好きにするだろう?じゃあこちらに選択の余地なんてないじゃないか」


"好きにする"とは、私たちが来なければ、他の人間を襲い、この世界に危害を加えるという意味だろう。それを理解した真白は灯花のように微笑みながらも彼女を睨みつける。


「優しいのね。セカンダリになってもなお、UGNの立場でいるなんて」

「私たちは戻ってきたからこそ、世界の敵になるわけにはいかない。でなければこの世界はすぐにでも崩壊してしまう」

「そんな理由で、この世界の奴隷になるっていうの?プライマリ達の都合のいい道具として」


真白の言葉に鼻で笑い、それから彼女の声は冥闇やみをおびる。


「そんなの私はごめんだわ。私の命はそんな風に使い潰されるためにはないもの。だから壊すの。セカンダリでなんて止まってなんてあげない。その先へ進んででも力が手に入るのなら、いくらでも進むわ。所詮、このまま生きていても自分なんてないも同然だもの」

「"先"……」

「あら、まだ教えてもらってないの?」


以前もセカンダリのその"先"と口にしていた灯花の言葉を、夢希が拾い疑問を浮かべる。

その様子を面白そうに見つめて、灯花が言葉を続けようとしたところで、


「セカンダリの先なんて、そんなものは存在しない。私たちにはもう二度目など許されない。先へ進もうとすれば、ここで終わるしかない。それが全てだ」


その続きを遮るように、そんな考えになど及ばぬように、真白が夢希の疑問をかき消した。


「もとより、ジャームの言葉になんて、まともに耳を傾ける必要なんてない。私が君にできるのは、戦って君を止めることだけだ」

「ふふふ、私を止めるため?……そうね、それでもいいわ。いつまでそんな事が言っていられるか、見せてもらいましょうか」


これ以上の会話は不要だと、二人の女は互いに口にする。

あとはただ、殺し合うのみであると。


そうして血に塗れた戦いが幕をあげた。




前と同じく、鮮血で作られた無数の蝶が戦場に舞う。

前と違うのは、灯花自身も赫き剣と氷の剣、自身も武器を携えここで戦うということ。


それは赫き桜のように、真白達に襲いかかり―――しかし彼女は、同じ攻撃には二度と捕まる事はなかった。何度もしくじり負けることなど彼女のレネゲイドは許さない。

赫き蝶がいかなる方法で彼女を襲おうとも、勝ち続ける事を強いる力は、その白薔薇が他の色で染まる事を許さなかった。


真白は一つも傷を負うことなく、その視線によって幾多もの蝶を屠り、その赫を白き花弁に変えて散らしていく。

返り血すらも彼女を汚す事はなく、ただ疾く、そして鮮やかに戦場を白く染め上げていった。


そうして真白が敵の攻撃をいなす一方で、夢希とてその相棒にひけは取らない。

戦いを経て一度侵蝕率が高まれば、彼の方がその破壊力は凄まじい。

母のソラリスと父のサラマンダー。両親の力の模倣。それらを自身の影で統制し全てを破壊に注ぎ込む。鮮烈なる炎は全てを焼き尽くし、灰へと還す。


赫き蝶よりもより紅く、その炎は全てを飲み込み、戦場を照らす。

影より出るその炎は、どれ程遠くあろうとも逃さない、闇を祓う浄化の炎。


互いに視界に収めたものを瞬時に屠り、互いの死角を補うように位置取る。

言葉を交わさずとも互いの息遣いを意識下で処理し、戦場に黒白を絡めて彩った。

ときに背中を合わせ、離れてはまた背が触れる。

切迫した戦いの中でも彼らは相棒としてともに戦い、どれだけ離れようとも千切れぬ絆がそこにあった。


「夢希、それ以上は……」


しかし、破壊の力と引き換えに侵蝕率を高める夢希を案じ、真白がそれだけ口を開く。

そして、そう自分を案じた彼女の方こそ、侵蝕率は危険域へと達していた。


彼女は自分のセカンダリ。自分は彼女のカウンター。

だからこそ、その灯火が燃え尽きるまでの時間だけは、恐ろしい程正確に測る事ができる。

彼女のキャンドルが計測した侵蝕率を、自らが握るブレスを通じて把握した夢希は、眉をしかめた。


「分かってる。あとは真白に任せる。俺にできることを、これだけやってから……!」


そう言葉を返しながらも、夢希はここで終わらせるつもりの必殺を見舞う。

目の前のセカンダリに、これ以上の殺害をさせないために。

そして隣の彼女を、これ以上先へと進ませないために。

カウンターである自分にできる事を、その覚悟と自らの純粋な破壊の力を、真っ直ぐに敵へとぶつけた。


冥闇やみを纏わぬ純粋なる炎。その光は爆発にも似て、眼前の敵である灯花を確実に飲み込み焼き尽くさんとする。

ここで終わる訳にはいかない。ともに目指したその先へ、彼女とともに歩むと決めた。その先に彼女の幸福を見出し、真の楽園へ連れて行く。

その時までともに在るのだと、譲れない願いをのせて。独りでは終わる事ができない、目の前の悲しきセカンダリを終わらせるために、その炎を振るった。



終わる筈だった。それがまだ人であったのなら。




炎が爆ぜたその向こう側から、


「やっぱり……あなたは邪魔だわ。化け物同士の殺し合いの場所に、あなたは要らない」


殺意を帯びた言葉とともに、爆炎を抜けて蒼き獣が夢希へと襲いかかった。


「夢希ッ!!!」


首筋に激痛が走る。そして凄まじい速さでそこから生命が奪われる感覚。

真白の叫びもどこか遠く、脳が焼き切れるような衝撃に思考が支配される。


「ぐっ……ぁ……」


夢希は苦痛に顔を歪め、抗う声を漏らす。

しかしその抵抗も虚しく、首筋に喰らい付いた灯花がその牙を以って血潮を吸い上げ、抵抗する力さえも奪い尽くし、その傷から侵蝕した彼女の血が、彼という存在を塗り替えるように意識を奪ってゆく。


「夢希から離れろッ!!!」


凄まじい勢いで灯花を一蹴する真白。

白き一閃が蒼き獣を夢希から引き剥がす。


「夢希……!」

「まし、 ろ……」


自分の名前を呼ぶ真白の声は遠くで響いた。自分を支える彼女の手の感覚も、よくわからない。

その声に縋るように彼女の名前を呼ぶも、意識が薄れていく。

脳の回路が焼き切れるような苦痛と、抗えぬ命令がその体を突き動かした。


「よけ、……ろ……ッ!」

「!!!」


楽園を照らす炎は返り咲いた白薔薇を燃やさんとし、その灯火を絶やすための裏切りへと変貌した。

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