たとえそれが儚き希望であろうとも -No More Cry-
「夢希はさ、アトアやセカンダリ、カウンター制度について……どう思う?」
それはいつもの昼下がり。2人が襲撃を受ける少し前の事。まだこんな日常が当たり前のように続くと思っていた頃。
真白が誕生日プレゼントのお返しにと、二人分の昼食を作り、夢希を部屋に招いていた。
「え、どうしたの突然」
「いや、なんとなくね。セカンダリとカウンターとしてやってきて……もうすぐ半年になるから。そういえば相棒はその辺りどう考えてるのかなってふと思って」
驚いた夢希に、特に構えなくていいと真白は付け加えたが、割と構える質問では?……と眉根を少し寄せた夢希を見て、少しすまなさそうに真白は笑った。
「いや、人に聞くなら自分から、か」
こほんと一つ咳払いをして、考えを整理しながら真白は話しはじめる。
「私はさ、ジャーム化治療法が見つかっただけでは喜べなかった。もちろん、大切な人が戻ってこれるようになったという事自体は素晴らしい事だとは思うし、私自身もこうして戻ってこれて良かったとは思ってる」
たとえ待ち望んだ人がいなくとも、この世界に必要とされ、今こうしているのは悪くはないと、真白は付け加える。
「けれど、ジャームから戻ってこれるようになっただけで、ジャーム化しなくなった訳じゃない。ジャーム化したときに、誰か大切な人を傷つけるかもしれないし、取返しのつかない事をしてしまうかもしれない」
実際に、そういった理由で目覚めさせる事が難しい人間を真白は知っている。
ジャームになり、自分の意志とは裏腹にただ力の傀儡になる恐怖も覚えている。当然ながらその恐怖をもう一度味わいたいとは思わないし、誰にも味わわせたくはない。
「だからここでは止まれない。もっとその先へ……ジャーム化自体を予防できなくてはいけないと思う」
そこまでたどり着いてようやく、人とレネゲイドが共存できるようになったと言えるのではないかと真白は考える。
「ここは楽園だと、ようやくそこまで辿り着けたのだと、誰かが言っていたけれど。プライマリ、セカンダリ、……カウンター。還ってくる事を望んだ人と、還ってきた人、彼らを繋ぐ人。その人たちを区別している今は、ここはまだ楽園とは呼べない」
アウターエデン―――楽園の外側。その片隅。
私たちは今、楽園の姿を視認してはいても、まだそこへは至れていない。
真の楽園へ至るためには、まだなすべきことが残っている。
還ってきたセカンダリとしての実感もこもった彼女の言葉は重く、その言葉を静かに聞いた後、夢希も真剣に言葉を選ぶ。
「そうだな……俺も、ジャーム化そのものをなくせたらいいのにと思う。セカンダリに残る変異についても。現状のカウンター制度についてもまだ変えていかないと、変わっていかないといけないと考えてる」
結局のところ、ジャーム化が治せると言われたところで、セカンダリにとっては何も変わってはいない。彼らが受けるアトアの恩恵とは、戻ってこれたという事実だけで終わりなのだ。そして彼らは自らの意志で戻ってくる訳ではない。誰かが勝手に望んだから起こされる。そうして鎖をつけられ、生きろと命じられる。
「セカンダリを……本当の意味で救いたい」
彼らは戻ってこれただけで、決して救われた訳ではないのだと夢希は口にする。
「誰かに望まれて還って来れたのに、結局何も変わっていない。……そんな現実は悲しすぎる」
一度ならば大丈夫だと、都合の良い説明でプライマリを安心させておきながら、戻ってきたセカンダリに問答無用で鎖をつける。
彼らは一人では生きることも死ぬことも許されない。目覚めた瞬間から不自由しか強いられない彼らは、プライマリに"次"があるのだと示すために存在する奴隷のようにも思えた。
―――そんな世界は、そんな在り方は間違っている。
この世界が、帰りを待つプライマリにとってだけの楽園であってはいけない。
還ってきたセカンダリにとっての楽園でなくては意味がないと、彼は語る。
「その人を待ち望んで、誰よりもそばにいる人達が、カウンターなんて呼ばれない世界にできたなら……カウンターが不要な世界が作れたなら。それはきっと、本当の楽園と呼べるんじゃないか」
夢希は自分がカウンターとなって、カウンターは誰よりもセカンダリのそばに寄り添う存在であり、実際そうなのだと認識した。
なればこそ、
誰よりも寄り添っていいのだと、何も責務などなく、純粋にそばにいていいのだと、そうできなくてはいけないと思う。
セカンダリとこの世界、そしてそこに生きる人々を想い、カウンターで在ろうとする彼の、自分すらも含めてカウンターはこの世界から不要な存在だと言う彼の言葉。
そんな彼の言葉をきいて、真白は少し寂しそうな顔をした。
本来なら彼は、一番カウンターには向いていない人間なのかもしれない。
いざという時に手を下すという覚悟と、ともに生きていくという覚悟。
その両方が同等のバランスで彼の中に存在していて、それはきっと何よりも彼の事を苦しめている。きっとどちらかに振り切れてしまった方が、割り切ってしまえた方が楽だろうに。どれだけ苦しもうとも、彼にはどちらかなど選べない。選ばないのが彼の生き方なのだろう。
そんな彼だからこそ、真白の目にはとてもカウンターらしく映った。
返す言葉が見つからない真白は、夢希の言葉にただ微笑みだけを返す。
「……冷房、上手くきいてないなぁ。でも、あげると暑いんだよね」
「調整しようか?」
「そういえばできるんだったね。お願いしようかな」
「了解」
どこか寂しくなった空気を変えようと思ったところで、身震いをして軽くブランケットを羽織る真白に、夢希は掌に小さな炎を作り出す。すると、じんわりと部屋があたたまっていく。
「やっぱりそれ、便利だよねぇ。どうせ変異するなら、そういう力が欲しかったな」
「そう?俺は真白みたいに戦闘で役立つ力の方が羨ましいけどな」
「ええー……戦闘なんてないに越したことはないんだよ?戦ってない時間の方が長いんだから、いつも使えて、生活レベルをあげられる力の方が絶対良いに決まってるよ」
「そうかー?その分俺は、戦闘になると火加減ができないから、エージェントとしてはどうかなってところだけど」
「そこはまぁ、私がカバーするよ。適材適所ってやつ。その分、私の生活レベルは君にあげてもらって」
「……それは、責任重大では?」
「そうだよ?いやぁ、今年の冬は電気代が浮きそうでよかった」
「浮くレベル?そんなにこき使われるの俺?」
「うん。戦闘は引き受けるから、日常はよろしく頼むよ?使えるものは使わないと」
「ええ……雪って名前に入ってるから、冬の方が好きなのかと思ってた」
「えー?苗字なんて自分じゃ選べないのに。そんな事もないよ。むしろ寒いのは嫌い。冬も雪もそんなに好きじゃない。だからそうやって、あったかくできるの羨ましいよ」
部屋が暖まるにつれて、空気も穏やかなものに戻る。
このまま続くと思っていた二人の未来の話に花を咲かせて。
「夢希の炎は……いつも暖かいね」
「……炎なんだから熱いに決まってるだろ。親父は氷の力も使えるけど、俺は炎専で……ちょっと羨ましかったりする」
「そうなの?」
「うん。セカンダリには……アレだけど、プライマリ相手だったら、凍結保存とかすぐに出来た方がいいよなって」
「なるほどね……」
『夢希が、凍結保存を使えなくて良かった。だってそんな選択肢があったなら―――君が真実を知った時に、きっと苦しむだろうから』
この時真白は静かに安堵し、微笑んだ。
そして、それでも拭えない不安を口にする。
「ねえ、夢希」
「ん?」
「もし、……もしも私が……ジャームになったら」
「……」
「その時は、君の炎で終わらせてくれる?」
「真白……」
「君のその炎でなら、穏やかに終われると思うんだ」
セカンダリの最期はカウンターに託される。
カウンターがブレスを使い、セカンダリを止めようとも、最期にその生命を終わらせるのはカウンターに委ねられ、その手段もカウンターが選択するものだ。
「そんな事言うな。そんな約束―――」
「いいじゃない。きっとその時なんて……来ないよ。私の事は、君が守ってくれる。……そうでしょ?」
「……」
言っている事が矛盾している。その時が来ないというのなら、そんな約束は必要ないはずだ。お互いにそれは分かっていた。
けれどそれをカウンターが約束できて初めて、セカンダリはここで生きることを許される。
それが分かっているから、しばし黙っていた彼も口を開く。
「わかった。約束する。―――でも、そんな事には絶対させない。それも、約束するから」
強い決意を秘めた眼で、夢希はそう答える。
二人の視線がしっかりと交わる。その瞳に映る未来を守りたいと願って、
「……うん。そうだね」
けれど、どこか寂しそうに真白は返した。
そして笑顔を纏い直して、言葉を続ける。
「うん。 一緒に、世界の明日を作っていこう」
決して同じ存在にはなれない彼らは、それでも同じ景色を夢見て、約束を交わす。
この世界はまだここで終われない。
ここまで来たというのなら、誰もが夢見た楽園のその先へ、進んでいかなくてはならない。
きっとその楽園には、セカンダリもカウンターも存在しない。
彼らは真の楽園を目指し、進み続ける。
そこへ辿り着いたその時こそ、きっと本当に、お互いに向き合えるのだと信じて。
お互いに想い合える。幸せになれる。
それが分かっているから、今はまだ。
もう誰も、泣かなくていい未来のために。
ともに目指したその先で、いつの日か笑い合える日を夢見て。
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