炎の理
「真白、誕生日おめでとう」
ここ数年雨続きだったところで、珍しく晴れた今年の七夕。
仕事終わりに、私の誕生日を覚えていたはずの相棒がプレゼントを差し出してきた。
「―――え、本当に買ってきてくれたの?」
「本当にってなんだ」
「いや、その……おかえしが欲しくてあげた訳じゃないからさ。ちょっとびっくりしちゃって」
「びっくりってなんだ。失礼な……」
でもほら、君、1ヶ月前は絶対覚えてなかったし、そんな気さらさらなかったでしょう?
……とは声には出さないが、そう思えば少しばかり意地の悪い返しをしてしまうというものだ。
「開けてもいい?」
「ああ。……気にいるか、分からないけど」
「そうなの?なんだろう……」
こちらがあげたプレゼントとは違って、本当に小さな包みだ。
箱には入っているが、本当に何を買ってくれたのか気になって開けてみると―――
「ピアス?」
「ああ。いつも何かしら着けてたから」
中身は十字架のシンプルなピアスだった。手にとってみると、先端に一つだけ着いている白い石が光る。
「あと、髪飾りにもこういうのついてるだろ。好きなのかなって思って」
確かに、付いてるけど……よく見てるね……?
真白がいつもつけている白薔薇の髪飾りは、真白の両親からもらったものだった。
薔薇や十字架のモチーフが……大変好きだった頃があり、その時にもらったもので、思うところはあるのだが。
それでも今は亡き父と、おそらく眠りから目覚める事は難しい母―――喪われた両親からの唯一残っている贈り物だということもあり、日常的に着けていた。
「……ごめん、気に入らなかったか?」
「あ、いや。そういうことじゃないんだ。うーんと、……うーん」
「……?」
とはいえ、それはそれだ。
異性に軽率にアクセサリーを贈れる目の前の男は本当、なんなんだ。
君、本当にそういうの気にしてないというか何も考えてないでしょう……。
とはいえ私は別にそれでいいが、他の女子にもそれだと……マズイだろう。そう思えば、なんとか言葉を続ける。
「まぁ、私も眼鏡なんてあげておいて言える事じゃないけど……異性の誕生日にアクセサリーを送るってのは……ちょっとアレかなって」
「え」
「いや、私は別に、君にそういう気持ちがないって分かってるからいいけど。……他の女の子に、安易にそういう事しちゃダメだよ?」
「あー……うん。まぁ」
「……分かってんのかな、ホントに」
―――ああ。……どうしたものかな。
セカンダリとして目覚めた真白のレネゲイドは大きく変質していた。
情報収集や研究などの頭脳を使う事はプライマリの頃から得意としていたが、元々研究や業務に活かしていた力として、血液や体液などの分析や、人の記憶や感情を読み取る能力が強化された。具体的には、他者に触れれば半ば自動的にそうした情報を受け取れてしまうと言ったように。その為、真白からは夢希が何を思い、何に戸惑い、何を考えているかなど、お見通しだったのだ。
「じゃあ、はい。夢希がつけて」
「え、今?俺が?」
「うん、今。ここ鏡ないから自分だと着け辛いし」
「そう、なのか……」
だから真白は、今感じた懸念を確信に変えるために、彼にそう提案した。
ぎこちない彼の手が真白の耳に触れて、その想いが伝わってくる。
―――呆れるほど真っ直ぐに、彼が私を想ってくれていることが。
あまり深く考えず、純粋にピアスは選んでくれたようだ。けれど先の真白の指摘には、そういう気持ちがない訳でもないと、言葉に詰まったのだろう。
相棒としてでもなく、セカンダリとしてでもなく、ただ私を真っ直ぐに想っているのが分かるから……こちらもどうすればいいか分からなくなる。
―――私も、意地が悪いな。
「できた……と思う。痛くないか?」
「ん、大丈夫。ありがとう」
おずおずと尋ねる夢希に、こちらも少しぎこちなく返す。
私もやっぱり、夢希が好きだ。
許されるならもっと距離を詰めて、一緒にいたいと願う。
けれどそれは、許される事ではないだろう。
何より彼が、そういう関係になればきっと手を下せないだろうと思う。
夢希は、優しいから。
「似合ってる?」
「……正直、分からない」
「おい。そこはお世辞でも似合ってるって言っておけばいいんだよ」
思わずツッコミを入れた声は低かった。似合うと思ってお前が買ってきたんじゃないのか。
どこか抜けていて、けれど真っ直ぐな彼の隣に居るのは、本当に飽きない。彼の隣はとても暖かかった。
「全く……本当、夢希らしいな」
―――だから、これ以上など望むまい。彼にも、これ以上など言わせないように、先程のようにズルい事を言い続ける。叶うならばどうか、このままでと願いながら。
「ありがとう、夢希」
―――そう言った私は、上手く笑えていただろうか。
「こっちこそ。普段、誰かに贈り物を選ぶってしないから……なんだか、新鮮だった」
「え、そうなの?友達とか……お父さんとかには?」
「親父にだと、食事当番代わって、なんか好きなもの作って終わりなんだよ」
「なるほど……。まぁ、男同士だとそうなるかぁ」
本当に、色々と偏りがあるというか。ちゃんとしているように見えて、やはり彼は女親が居なかった分、知識や考えが安直な方向に寄ってしまっているなとは思う。
この先彼が誰か私以外の好きな人を見つけた時に、少しでも私との時間が役に立てばいいのだけれど。
……そう考える事自体少し胸が痛むところはあるが、それでも、と思い言葉を続ける。
「でも、今回選んで楽しかったなら、お父さんにも何か贈ってあげなよ」
「うーん……俺のセレクトだとなぁ」
「なんでもいいんだよ。私だって、こうして夢希が私の事考えて、夢希なりに一生懸命選んでくれたんだなって分かるから、それだけで嬉しいし」
「そう?……喜んでくれたなら、良かった。そうだな……今度の誕生日は何か考えようかな」
「うん、そうするといい」
誰かを想う時間が、君にとって良いものになりますように。
そう願って、目を伏せた。
「あ、あと」
「ん、何?」
「ええと……ちょっと場所を移していいか?」
「いいけど……?」
―――――――――
「……で、屋上なんて来て、どうするの?」
「いいから。 ―――3、2、1……」
夢希は緊張しながらカウントダウンを行うと、ばっと手を掲げ―――炎の華が夜空に咲いた。
花火大会などで見る花火とは少し違って、リロード時間はほぼ無し。炎の理―――エフェクトによって繰り出される炎。
鮮やかに咲くいくつもの華にただ目を奪われ、気付けば10分位は経ったのではなかろうか。
「前に言ってただろ。花火見たいって」
余韻に浸って何も無くなった夜空を見上げていた背中に、声をかけられる。
確かに言った。いつもこの時期は家族揃って忙しくて、花火大会なんてほとんど行った事がなく、テレビの中で見る事が多かったから。
視線を向ければ、侵蝕率が上がる程ではないだろうが、少し汗を滲ませた夢希と目が合った。
「だから、ちょっとしたものだし、職人には劣るだろうけど……見せれたらなって思ったんだ」
職人には劣るどころか、職人よりも速いスパンで打ち上げ続けた人間が何を言ってるんだ。
……つい真顔になる真白であったが、それには気にも止めず、夢希は言葉を続ける。
「真白と居ると、今まで見れなかったものが見れて、知らなかった事も沢山知ることができて楽しいよ。だから、俺も何か返せたらなって」
お前は恥ずかしげもなく何を言ってるんだ。
それは流石に、私でも照れる。……まぁ、この暗さではそう分からないだろうけれど。
「まだ真白が見てない景色があるなら、それを見せれたらなって思ったんだ」
「夢希……」
名前を呼ぶも、それ以上何を続けていいか悩み、
「どうして君は、ときどき、そうなんだい……」
「? 何が?」
「もう、いいよ。分からないなら……」
何を言うのも諦めた。
夢希のこういうところを好きになったんだろうな。
「ありがとう、夢希。こんな誕生日、初めてだ」
「え、それは……」
「いい意味だよ。プレゼントだけじゃなくて、こんな風に景色までサプライズであるとは思わなかった」
してやられたなぁと思う。
私が思いつきであげたプレゼントよりもよっぽど。2倍にも3倍にもして返してくれるとは。
他者の模倣以上にやってのけるのはウロボロスの特性なんだろうか。
「ありがとう。きっと今日の事、忘れない」
「なんだよそれ、変なフラグ立ってないか?」
「そう?そんなつもりはないんだけどね。本当に、この先ずっと覚えてるんだろうなって思う位、素敵なものを見せてもらえたから」
「そうか。……それは良かった」
優しく微笑む彼の、その笑顔が見れた事こそ、一番のプレゼントかもしれない。
「ありがとう、夢希」
こんどこそ、上手く笑えたかなど心配はいらない。
ただ素直に心から、こちらも微笑みを返した。
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