ルーザーイズウィナー

「はい、夢希。誕生日おめでとう」


6月の初め。なんとなく月初の申請作業だったりのバタバタが落ち着いたタイミング。

ふいに真白はそう言って、俺に包みを差し出してきた。


「え。あ……そういえば?いや、なんで知って……えっ」

「だって、お互いに担当の情報は高嶺さんから教えてもらったでしょ?ちょうどピッタリ1ヶ月違いだったから、覚えやすかったし」


確かに担当に着く前にお互いの情報は高嶺さんからもらってはいた。……もらってはいたが、正直こちらはそういった情報は覚えてなかった。まさか真白は覚えていたとは。

俺なんて自分の誕生日すら、今朝親父から連絡が来たのを見てそういえば……となった位のものだ。

経歴やどういった人かなどの情報は今後ともにやっていく相手としてしっかり読み込んだが、日付などの情報は概ね流し読みしてしまっていた。


「……。うん、まぁ私のは覚えてなくていいんだけどさ」

「や、覚えてた。覚えてたよ?大丈夫、覚えたから」

「……どうして君はそう残念なんだい夢希」


覚えていないとは言えない。……言わないところで、概ね分かっていそうな反応をした相棒をよそに、なんとなく視線を逸らした。

1ヶ月違いか。……一応帰ってから書類をもう一度見直すが、覚えておこう。


「まぁ、カウンターとセカンダリじゃあ、色々気にかけたり、覚えたりするところは違うかもね。お目付役のカウンターと違って、セカンダリの方が気楽に情報を見てたから、数字だけは覚えてたとかかもしれない」

「……や、いいよフォローしなくても。俺がそういうの気が回らないというか、覚えるのが苦手なだけだから」

「ふふふ。まぁ、夢希らしいなとは思うけどね。―――とりあえずそれ、開けてみなよ」

「あ、ああ」


同情のフォローだと感じて正直にこちらの意見を述べると、彼女は屈託なく笑った。

促されて、もらった包装を開けていくと―――


「メガネ……?」

「うん、そう。パソコン仕事をメインに今手伝って貰ってるから、結構眼球疲労とかきてそうだなって」


メガネはシンプルな白フレーム。メガネケースも、黒一色のシンプルなものだった。シンプルながら、ケース単体だとパタパタと折りたためる式のもの。


「あ、なるほど。度は入ってないのか」

「そうそう。夢希裸眼でしょ?ブルーライトカットだけのやつ。気にならなければ、普段からつけてても問題ないよ。スマホとかタブレットとかの液晶見るときも少しは楽になるかなって。むしろ―――」


メガネを持ち上げて覗き込んだり色んな角度からまじまじと見ていると、真白の手が伸びてきて、そのメガネを俺の顔にかけた。


「うん、似合う。ちょっと大人っぽく見えていいんじゃない?」


そう聞いてくる真白の顔が近い。

至近距離で微笑みながら覗き込まれると、少しむず痒いものを感じて視線を逸らす。

この場に鏡がないので、似合っているのかも大人っぽいのかも正直よく分からなかった。


「そう、か?……というか、童顔で悪かったな」

「ごめんごめん、そういう意味じゃないって。こう、普段もあるといいかなって思って」


思わずむすっとすると、手をひらひらとして謝罪する真白。

……まぁ、確かにありがたい。デスクワークが増えたことに加えて、休日はタブレットを使っている事が多い自分にとっては、概ね一日中液晶画面を見ているようなものだったから。

真白の言う通り、ありがたく一日中使わせてもらえばいいのだろう。

そんな事を考えていると、


「あと……夢希は色々なものが見えすぎて、それで考えすぎたりしてる印象があるから、見たいとこだけ切り取る位でちょうどいいんじゃないかな」


そう言って真白はふんわりと笑った。


「―――」

「そんなこと、なかった?」

「……いや。確かにそうなのかも」

「ふふ。今度は素直だね」

「真白は……よく見てるんだな。俺のこと」

「ん。そう……だね。担当だから。……いや、いつも助けてもらってるからね」


そんな風に見えていたのかとも、確かにそういうところはあるのかもしれないなとも思う。

本当に見えているのかどうかはさておき、たくさんのものを見て、"どうすべきか"をずっと考えてきたような気がする。どうすれば、自分の周りの人たちが少しでも幸せに、笑っていてくれるだろうかと。

自分が"どうしたいか"ではなく、"どうすべきか"。それでは時に、答えが出ないことも分かっている。それでも、この世界が明るい未来へ続いていく為に、最善の選択肢は何なのか。それをずっと考え続けている。そんな様子も、真白には見通されているのだろうか。


「君が居てくれたから、私はまたこの世界に戻ってこれた。だから、今度は何か助けになるものを返せたらなって思ったんだ」


そう言って真白は目を伏せる。

そんなのは……お互い様だと思う。セカンダリ在ってのカウンターだ。

俺だって、真白が居たからこうしてカウンターとしていられて、この世界のために働けている。居場所をもらっているのは、俺の方だ。


「……そんな、こっちの方こそ……助けられてばかりだ。俺もこうやってアトアの研究に関わらせてもらって、この世界のために何かできるのは嬉しいことだから」


けれどそれを、とっさに上手い言葉にはできない。

どうしてこう、気の利いた一言も言えないのかと、軽くため息をついた。

次こそは……俺も返せばいいのか?1ヶ月後。その時には、伝えるべき事を伝えられるように考えておこうと思った。


「お返し……じゃないけど、何がいい?……欲しいもの、とか」

「それ、きくの?」

「……わかった。考え、る」

「ふふふふふ……。そうだなぁ……いや、やっぱり何も言わないでおこう。夢希セレクトに期待するよ」

「……期待に応えられるかは分からないぞ」

「いいんだよ、なんでも。その眼鏡だって、別に大したものじゃないし」

「そんなことないよ」


本当に、そんな事はない。

何より、真白が自分の事を考えて、贈ってくれた事自体が嬉しかった。

周りからも大人びて見えるのなら、少しは大人っぽく振る舞えたりもするだろうか。


「……ありがとう。大切に使う」


青みがかったレンズ越しにそう真白へ微笑むと、真白もまた、いつものように微笑む。

その笑顔だけは、何を通しても変わらないと思った。

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