インサイドアグレッション

彼女の担当になってからマンションの隣同士となった夢希は、よく真白に買い出しを頼まれていた。頼まれなくても、ついでがあればと声をかけて動く事もある位にはなっている。

そうしていつも通りの帰路を歩いていたところ、


「こんばんは。いい夜ね」


ふいに、すれ違った背中に声をかけられて振り返る。

瑠璃色の長い髪を背中で一本にまとめた女性が、こちらに微笑みかけている。


「えっと……こんばんは……?」


知らない女性だ。

何故挨拶されたのかも分からないが、釣られたようにそれだけ返しその場を去ろうとする。


「ふふ、釣れないのね―――折角真白に贈り物を持ってきたのに」

「……真白を、知ってるんですか?」

「ええ。ここのところ会ってなかったけれど、久しぶりに近くまで来たから」


真白の名前を聞けば、足が止まる。

彼女の知り合いだと名乗る女性。

だが、この人は真白がセカンダリとして目覚めた事を知っているのだろうか。ここのところ会っていないということは、前に会っているのは覚醒前?それは、会わせていいのか?

いやそもそも何故、俺が彼女の関係者だと―――


「でも、いきなり驚かせてもいけないから、あなたから渡してもらえる?」


―――そんな夢希の思考を遮るかのように、目の前の女性はそう言葉を続け、紙袋を差し出した。

意図が読めない目の前の人物に、警戒して距離をとる。


「あなたは……何者ですか?」

「何者? そうね……セカンダリの―――その先を目指す者よ」

「その……"先"……?」


まるで、普通に答えてはつまらないというような芝居がかった回答に、夢希は眉をひそめる。


「あら、あの子から聞いてないの? 何も知らないのね。相棒だなんて口ばかりなのかしら。……可哀想に」

「……何が、言いたいんです」

「ふふ、そう睨まないで。   知りたいのなら―――私が優しく教えてあげる」


女は恐ろしい程優しく微笑んで。

刹那、その手から生まれた燃え盛る蝶が一斉に夢希に襲いかかる。


「ッ……!」


咄嗟に影を操りその攻撃を防ごうとするも敵わない。相手の攻撃の方が速度も威力も明らかに上だった。

喰らう……! 夢希が身構えた眼前でその炎が、蝶が崩れ―――赤い蝶が白い花弁となって舞う。



「私のカウンターに、何か用かな?―――灯花ともか



死線。彼女の力は視認さえできればそれを内側から壊す力。

夢希の後方から現れた真白は、夢希を襲った攻撃そのものを破壊し封じてみせた。

その射程から距離を取るかのように、灯花と呼ばれた女が飛びのいて離れる。


「久しぶりね、真白。何か用なんて、冷たい言い方。私は4ヶ月ぶりに会えるのを楽しみにしてたのに」

「2年ぶりだよ。ちょっと会わないうちに足し算すらできなくなったのかい?キミもノイマンだろうに」

「私たちにとっては、ついこの間の事でしょう?」

「そんな事はない。この時代に生きるなら、それだけの時間が経ったという事を、正しく認識しなくては」

「相変わらず固いのね。あなたみたいなノイマンにはなりたくないものだわ」


真白が灯花と呼んだ女はくすくすと楽しそうに笑い、対する真白は微笑みながらも静かに淡々と答える。

言葉を交わしながら真白はゆっくりと夢希の近くまで歩み寄り、その隣よりも半歩前で、真白は灯花と対峙した。


「可愛い子ね。でもあなたの好みじゃないんじゃない?私にちょうだいよ」

「断る。君には君の相棒がいるんじゃないのかい?」

「いいえ。自分で選べない相棒なんて要らなかったから、遠慮したわ。それに、誰かに自分の命を握られるなんてごめんだもの」

「なるほど。なら、要らないじゃないか。私の相棒に構わないでもらおう。私は今日は機嫌が悪いから、この辺りでお引き取り願えると嬉しいのだけど」


互いに微笑みを携えながら対峙する2人。

一見すればただ会話しているだけに見えただろうが、真白が注ぐ死線を灯花は自身の血を霧のように用いて防いでいた。

視認できないほどの、僅かに空気が乱れるような、レネゲイドのぶつかり合い。


「ふふ、さみしいことを言うのね。じゃあ……お土産だけ置いていく事にするわ」


くすくすと笑うと灯花は腕をふわりと振るい、その手の軌道を追うように先程夢希を襲った燃え盛る蝶が出現すると、夢希達2人の周囲を取り囲むように舞い踊った。

そうして灯花はにこりと微笑むと、そのまま溶けるように夜の闇へ消えていった。


「夢希。私のそばから離れないで」

「そっちこそ。俺だって、いつもパソコン仕事だけしてる訳にいかないからな」


真白は身構えるとそう夢希へ声をかけ、夢希も背中を合わせて応じる。


「そっか。じゃあ、いつもの訓練の成果を見せてもらおうかな。ぼっこぼこにした甲斐があったか、分かるわけだ」

「……。真白よりは楽だといいな」

「なにそれ?人を獣みたいに……ま、いいや。背中は預けたよ」


ふざけるように言葉を交わせたのもつかの間。

燃えるように、舞うように踊っていた蝶が、一斉に2人へ襲いかかる。

2人はお互いに距離をとり、まとめて攻撃されぬよう距離を取った。




真白は燃える蝶を躱しながら視線だけを動かし、次々と蝶の群れを屠る。

彼女の死線に捕まったものからはらはらと赤い薔薇のように花弁が辺りに舞い、地面に落ちたそれは血の海を作っていった。

無数の蝶の群れだ。何匹かは撃ち漏らし真白の肌を掠めて焦がしたが、触れられたのも数える程。次第に彼女のレネゲイドは学習し、柔軟に、貪欲に、その攻撃をいなす。捕まる事の方が難しいというほどに、蝶よりも軽やかに、鮮やかな白薔薇が戦場を舞った。


(―――軽すぎる)


灯花は置き土産と言った。

彼女はセカンダリになる前から、真白よりも戦闘能力の高いエージェントだった。

本人が去ったとはいえ、この程度で済ます筈がない。

ならばこれは意図した結果をみるべきであり、狙いは―――


「夢希……!」


振り向けばやはり、夢希に攻撃が集中していた。彼も愚直に私の背を守るべく、身を挺して攻撃を防いではすぐにリザレクトで立ち上がっているところだった。

彼も戦えるエージェントだが、集中砲火を受けては捌き切れない。

影を手繰り、壁を作るように応戦するもそれを乗り越えて攻撃が降り注ぐ。

そして、その攻撃を夢希が受けねば真白がそれを喰らうように計算された攻撃。背中を預かると誓った彼に、躱すという選択肢はなかった。


(であれば今は―――)


真白は直ぐに戦法を変え、夢希の周囲へ走り込むと蝶を勢いよく手で振り払い、隣に並ぶ。

火の蝶が真白の手を焼いて血が舞ったが、その血を利用して、至近距離の蝶を破壊、退ける。


「こっちは片付いたからね、手伝おう」

「ごめん、俺……」

「いや、こっちこそ。相手は明らかに夢希を集中的に狙ってきてる。なら今は、私が盾になろう」


そばに来ればいつものように穏やかに声をかける真白に、どこか申し訳なさそうに返す夢希。


「そっちに射線が通らないように私が動く。いける?」

「……ああ」


短く返した夢希が腕を振るうと、彼の足元から瞬く間に影が広がっていく。

夢希を目がけた攻撃に真白が真っすぐに突っ込み、その一部を捌く。

真白は自分の打ち漏らしには気にも留めずに、次に降りかかる攻撃を捌いていく。相手の物量に対して足りない手数は夢希の支配した影が屠ってくれる。それが真白には分かるから。

まだ数か月しか組んでいない相棒であれど、彼らは日々の鍛錬を通して、確実に相手の戦い方を把握し、噛み合うように動いていた。


黒き影を纏うように、白薔薇が咲き、舞い踊る。

赤い薔薇を散らすように、次々と蝶は屠られていき、こうなればそれが全て散るのも時間の問題だった。

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