ブラッドリーディング
「夢希。そこの、とって」
「あ、うん」
真白の言葉に、夢希が買い出し品の中から飲み物を手渡す。
先の戦闘を終えて、真白の部屋に二人は帰ってきていた。
夢希に買い出し品の整理を頼み、無事なものは冷蔵庫に入れたりしてもらいつつ、真白は早々にベッドに横になっていた。
ひと段落したところで、夢希が声をかける。
「ごめん。俺、足を引っ張った」
「そんな事ないよ。アレは向こうの戦法として、私が夢希のバックアップに入れない最低限の物量をぶつけておいて、残りを夢希に差し向けた結果として、ああなった訳だから」
申し訳なさそうに、悔しそうにする夢希。
気にするなと言っても無理だろうが、気にするなとは言っておく。
「それに、私が背中を預けるって言ったもんね。預かってくれてたんでしょ?」
「……預かれてたかどうかは、自信ないな」
「守ってくれてたよ。だから私の方が先に片付いて、そっちに合流できたんだから」
身を挺して何度も攻撃を防いでくれていたくせに、そんな風に言うのは夢希らしい。
とはいえ、そうして戦ってくれたからこそ、真白はほぼ無傷で帰って来れていた。
だからもっと、自信を持ってもいいものをと思う。
「……でも、キツそうだろ。帰ってきてから」
「ああ、うん。まぁ……多分、血の使い過ぎ。一時的な鉄分不足みたいなもの」
「……ごめん。せめて何か作る」
「あ、いやいいよ。大丈夫……買ってきてもらったものもあるし」
「そんな事言うなって。料理だけは得意だから、具合が悪いならそれ用に何か作るよ」
そう言うや否や、夢希は勝手にキッチンを使い始めた。
まぁ、なんだかんだで夢希の料理は実際に美味しい―――1人分も2人分もそう変わらないからと分けてもらったことが何度かある―――ので、大人しく作って貰う事にする。
「さっきの人は……誰なんだ?」
「ああ。灯花の事か」
手を動かしながら、背中越しに夢希が話しかけてきた。
「灯花は……私がセカンダリになる前―――第一次フィンブルヴェトが起きる前に、同じ工場に勤めてた同僚なんだ」
「じゃあ、あの人もセカンダリなのか?」
「うん、話しぶりと……戦いぶりから、おそらくね。襲撃された時には彼女はもう工場を辞めていたから、どういった経緯で彼女がアトアを投与して戻ってきたのかは分からないけど……」
そう言って、2人を襲ってきた従者の残骸から拾ってきた血液の小瓶から、一滴自分の手のひらに垂らす。
「―――なるほどね」
ブラッドリーディング―――血や体液からその主の情報を読み取る力。
そこから分かった事は、彼女がやはりセカンダリであった事。今はセカンダリである事を捨て、再びジャーム化している事。私に対する執着。アトアやこの世界と、それを容認し守っている人間達への憎悪。
そして今現在根城にしている場所。
……これだけの仔細な情報を落としていったということは……誘っているのか……?
「え、今のだけでそんなに色々分かるのか?」
「うん、まあ。セカンダリになって、そういうのは得意になったからね。あとは伊達にノイマンじゃないし」
残された血液から読み取れた情報を簡潔に夢希へ共有すると、彼は驚いてみせた。
確かに、こうして実際に読み取った情報を直ぐに伝えてみせたのは今回が初めてだったかもしれない。
「そうか……。そうだな」
「真白?」
「……灯花はね、アトアのせいで両親を失ってるんだ」
「アトアの……?」
「そう。灯花はプライマリ―――あの頃はまだ、オーヴァードと言う方が正しかったか―――だったけれど、彼女の両親は一般人でね。けれど、オーヴァードについて理解ある人たちだった。だから、アトアが一般に普及する前の段階で、アトア投与の被験者として立候補してくれたんだ。けど……」
彼女の話を、夢希も知っておくべきだろう……と話し始めたものの、どうしても言い淀む。
アトアについてどこまでカウンターが知るべきなのか。それは、仕事上でも気をつけている事で、どこまで話したものか一瞬悩んだが、やはりそのまま続ける事にする。
「初期のアトアは……どうしても、今程安全性が高くなかった。結果としてご両親ともに覚醒は果たしたけれど、ジャーム化してしまってね。未だ、UGNで凍結保存されているはずだ」
「そう……だったのか」
「そもそも、彼女はアトアを大々的に投与する事や、このタイミングで公に真実を伝えることに反対だった。セカンダリとして戻ってこれるようになったとして、ジャーム化の脅威が消え去った訳じゃない。だから、もっと研究が進んだ段階で公表と実用化をすべきと主張していた」
私たちが今何をすべきか。本当にそれでいいのか。
そもそも、このアトアは本当に人間を幸せにしてくれるものなのか。
同じ研究者として、灯花とは夜を明かす程語り合った事もある。
だというのに、つい最近のその記憶も、どこか遠い日の事のように感じられた。
「だから彼女は、アトアの事を憎んでいるのだと思う。それを受け入れ、今こうして開発を推し進めている私達の事も」
「……」
「だからといって、やられるつもりもなければ、襲いかかられてもしょうがないとは思わないけどね」
夢希には伝えなかったが、もう一つブラッドリーディングで読み取れた情報として、真白を狙う為に、夢希を狙うであろうという事も分かった。
「彼女の狙いは……おそらく私だと思う」
だが、それを話す気にはなれずに、相手の本当の狙いだけを話した。
「もう少し大きな目的で言えば、アトアの開発を止める事。アトアそのものを消し去ることだと思うけれど……それはどこか、諦めているようにも感じる。だから、身近なところで私を狙って、少しでも開発が進むことを止めたいのかもしれない……ここから読み取った限りではね」
正直なところ、狙うとしても何故真白なのか。それは上手く読み取れなかった。
敢えて情報を残した意図があったのであれば、隠されている事にも何らかの意図があるのかもしれない。
「だから……叩かれる前に、潰す」
ともあれ、やるべきことは変わらない。
私を狙い―――そのために夢希が狙われるというのなら、こちらから叩きにかかる。
「ここから判明した情報と、彼女がやろうとしている事や思っている事を報告すれば、正式に支部から任務として、彼女の捕縛もしくは討伐の任務として受けられると思う。カウンターの君には強制的に付き合わせる事になるけれど……夢希は、それでいい?」
「俺は構わないけど……真白はそれでいいのか?」
「何が?」
「……昔の、同僚だった訳だろ。戦わなくても、言葉で分かり合えないのか?」
「そうだね……それは、この間……ううん、前に話したんだよ。どう言葉をかけていいか分からなかったけれど……それでも」
両親がジャーム化した際、灯花は彼らのそばにいて、彼女自ら彼らを凍結保存した。
その時に何を見て、何を聞いたのかは分からない。
だが、その後彼女と話した様子を思い出す限りでは何かがあったのだと感じた。
誰の言葉も届かない場所へ、彼女の心は遠く離れてしまったのだと思えるような。
「彼女にも彼女なりの理由があることも分かる。だけどあれは、きっともう私の話は聞いてくれない。殺し合う事でしか分かり合えないのだと思う」
「そうか……」
「だからせめて、最期は私の手で終わらせたい」
「真白……」
君が私を憎み、向かってくるというのなら……相手になろう。
そう想い目を伏せてから、夢希の方を向く。
彼もまた、手を止めて真白の方を向いていて、視線が真っ直ぐに合った。
「……つきあってくれるかい?」
「当たり前だろ。俺は真白の相棒なんだから」
「……ありがとう」
―――そうして彼らは、終わりへの一歩を踏み出していく。
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