楽園を照らす永炎 -カウンター-

夢希がこの世界の守り手で在ろうと決めたのは、今から約1年前のことだ。


彼は生後1年にも満たないうちに母である夢子ゆめこをなくし、父である穂希ほまれによって男手一つで育てられたが、それを不幸だと思ったことは一度もなかった。

片親であろうとも、親以外にも大人はいるのだ。血が繋がっていなくとも、たくさんの人たちが自分の事を助けてくれたから。


親族以上に親戚のような、家族のような人たちもいた。父の友人であり、今現在父と同じ支部長でもある柴 健一しば けんいちは叔父のようなもので、幼い頃から実の息子のように可愛がってくれた。その頃、柴家にまだ子どもがいなかった事もあるのかもしれない。しばらくして生まれたその息子である華一はなかずも、10も年上の自分を実の兄のように慕ってくれた。


むしろ華一が10歳の頃に「い、夢希と俺って血の繋がりないの……?」と驚かれたあたりは流石兄弟と言うべきか。自分もそれ位の頃に『柴家親族じゃなかったんか』と同じように衝撃を受けた事を覚えている。

苦笑しながら「血の繋がりだけが家族じゃないだろ。華一は俺の弟だよ」と、自分が返した言葉に自分で納得したものだ。それももう随分前の事になるか。


血の繋がった母だけがいない27年間であったが、それを不幸だと呪ったことはなかった。

彼は父の暖かい愛情と、たくさんの人に助けられて真っ直ぐに育ち、自分が生まれたこの世界と、そこに生きる人達を愛することができた。


だから、自分を助けてくれた人達の為に何かしたいと、何か自分に返せるものがあれば返したいと考えることは、彼にとってとても自然なことだった。

その人達のために、その人達が生きる世界のために生きていこうと思った。

どこか遠い星空の向こうで見守っているであろう母に、誇れる生き方を、とも考えていたかもしれない。


その母が、空の彼方ではなくこの世界で眠りについていると聞いたのは、彼がオーヴァードとして覚醒してからの事だ。


父の配慮により幼少期こそ母は死んだと聞かされていたが、覚醒した後、本当は母は凍結保存されている事を聞かされる。

世間からは亡くなっているも同然の扱いを受け、それにより何も知らぬ親族からは再婚も勧められていた父が、それでも大切に想うその人をただ待ち続けていることも。

父が話してくれる、母との思い出話がとても好きだった。母の名を呼ぶ時の優しい声が、穏やかな微笑みが。

その想いを貫く事が愚かだとは思わない。けれどどこか寂しそうな父の背中を見て、その想いが報われて欲しいと思った。

そしてこの時誓ったのだ。母に代わり自分が父を支えるのだと。


それから夢希はオーヴァードがジャームとならない為に、また、大切な人がジャーム化したことにより悲しみを背負った人々のために、自分に何かできることを探したいと考え始める。



そんな折、世界に真実が公表された。



【ジャーム化は、治せる】



ジャーム化治療法が見つかり、ジャーム化のリスクを伴わずにオーヴァードとなれる世界。

オーヴァードと呼ばれた自分たちが、当たり前の一般人として受け入れられる世界。

悲しみの中眠ってしまった人々が、還ってこれる世界。


そんな素敵な世界。けれどまだ進み始めた世界で。

今よりもよりよい未来を夢見て、彼は―――カウンターになることを決意する。

大切な人の帰りを待ち望む人たちの願いが一つでも多く叶うように。

その祈りがその人へ届くように、自分がその鎖の一端を握る事で、セカンダリとこの世界を繋ぐ架け橋となれる事を願って。


ジャーム化した人物の中でも、現在セカンダリとして目覚めさせているのはここ数年間にジャーム化した者に限られる。これは「ジャームの凍結保存」という技術は未だ公表されず、ふせられているためだ。

レネゲイド公表に伴い、ジャーム化した者たちは暫くの間拘束・隔離される……と一般には伝えられている。アトアやジャーム、セカンダリの存在が公表されたとはいえ、彼らが一度凍結保存を経て起こされる事や、そもそも人間に対して凍結保存が行われるという事実―――ひいては、今までもUGNは恒常的に凍結保存や不可抗力である殺人を行なっていた事が知れれば、それは組織と、この世界の存続に関わるためだ。

だからこそ、現状セカンダリとして目覚めさせる事ができるのは数年前にジャーム化した者などの、世間への誤魔化しがききやすい者達に限られている。


UGNが「人類とオーヴァードの共存」を目指す組織を名乗り続けるというのであれば、何十年前のどんなジャームであろうとも、いずれは眠りから呼び覚まし、解放する必要があるだろう。だが、母の夢子がその対象となる日は、まだとても遠い日の事のように思えた。


それでも、セカンダリ達を想う人達の想いや、待ち焦がれる父の想いを知っているから。

長年眠りについている母を目覚めさせる事ができなくとも、そんな人達の悲しみを一つでも多く救いたいと願う。


それは父も同じだったろう。

父が支部長を務める樺々崎かがさき支部ではセカンダリの受け入れを率先して行なっていた。そうして戻ってきたエージェントを現場復帰させることで、セカンダリの力の有用性を示し、一人でも多くのジャームが還ってこれる世界を作るために。


無事、職業カウンターとしての資格を得た彼は、武者修行も兼ねて父の支部から離れ、エージェントとして日々鍛錬を重ねていた。


―――そうして彼は、彼女と出会う。


楽園を照らす永炎バーンダウン―――それは全てを焼き尽くし、終わらせる炎。

この世界全てに優しく在りたいと望む彼の、そのうちに燃える激しき炎。

この世界の理不尽へ燃やすその炎は苛烈を極め、未熟なオーヴァードである彼には御しきれない力から付いたコードネーム。


できる事ならば、この世界に今ある悲しみを全て灰に還したい。

誰かを待ち望む切なる祈りが、呪いになることのないように、変えていきたい。

この炎がどうか、楽園を照らし続ける光であって欲しいと、そう願い続ける。

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