隣で戦うという事
予想は当たってた。
……当たって欲しくなかったんだが、文字通りぼっこぼこにされた。
「うん。この間よりは動けるようになってたと思うよ。その調子、その調子」
こちらはボコられた側なのでヘトヘトなのだが、ボコった側は平気そうににこにことしている。
夢希が尻餅をついていたところに真白から手を差し伸べられて、しぶしぶだがその手を借りて立ち上がる。
実際、平気なんだろう。
俺がどう攻撃しようとも雪永さんは捕まらず、服の裾に汚れの一つすらつけられずにいた。
……いや、初撃だけは浴びせたか。しかしそれだけだ。
一度喰らった攻撃は二度と喰らわない、とでも言うように、軽やかに雪永さんは避け続けてみせた。
まるで一度喰らったレネゲイドの性質を完全に解析、見抜き、それにすぐ適応するかのように。
「ああ、それは多分そうだよ。私の変異の特徴なんだと思う。周囲のあらゆるレネゲイドに関する事について、自然と体が適応してしまう。そういう類の力だね」
「……俺、今言葉に出てました?」
こちらの思考をそっくりそのまま読んだかの言葉に、驚きのあまり手を離した。
「あーーー……夢希ってわかりやすいから。言葉にしなくても、なんとなくわかるよ」
夢希が立ち上がりきる前にすぐに手を離された真白は一瞬驚いた顔をしたが、特に気にした風でもないようにそう返した。
「そ、そんなに分かりやすいですか……?」
「うん。なんというかダダ漏れだね」
「……」
「ま、いんじゃない?今どき貴重だよそういうの」
「えぇ……」
的確にこちらの思考を読んできたあたり、雪永さんが鋭いのもあるのでは?と思いつつもそれは言葉にはせず。
「―――で、今日で私の5戦5勝なんだけど、いつになったらその敬語をとっぱらってくれるのかな?」
ずい、と雪永さんの顔が目の前にきて、慌てて飛び退く。普通に心臓に悪い。
「わっ。え、いや……別に約束してませんし……!」
「まぁ確かにそれはそうなんだけど……。本当、いい加減によくない?」
頑固だなぁー支部長はそういう人じゃなかったと思うけど……と続けつつ、雪永さんはむぅと少し頬を膨らませて、腰に両手を当てる。
「こうして1ヶ月以上コンビを組んで、毎日のように一緒に居る。戦闘だって、何回も手を合わせればお互いどう戦うのかだって見えてくるよ。夢希は、体があったまるまでは攻撃は得意じゃないから、それまでは私が相手の攻撃を逸らして、ここぞってところで仕留めてもらえば良い訳でしょ。そうやって、相棒として隣で戦う方針だって見えてきたのに、相変わらず距離を保たれたら、いざって時に息が合わなくて困ると思うけど?」
「それは……そう、ですけど」
雪永さんの言っている事は正しい。俺の戦い方についても全て言葉で説明せずとも、こうして手合わせをしているだけで正確に理解してくれている。そして確かに、俺は意図的にこれ以上距離を詰めないようにしていた。それは自分でも自覚がある。
自分は彼女のカウンターだが、カウンターでしかないのだ。
仕事以上に関わるべきではないし、必要以上に仲を深め、いざという時に自分の手が動かなかったら……という心配がずっとあった。それを約束できなければ、カウンターではいられないからだ。
けれど雪永さんは最初からずっと、「相棒だろう」と主張してくる。
それも分かる。分かるんだが……
「その、雪永さんにだって、雪永さんの人生があるわけじゃないですか。俺は現状、こうしていつも一緒にいますけど、その……そういう人ができた時とかに、誤解を与えてはいけないかな、と」
自分でも言葉にしてからなんだか恥ずかしくなって、少し目を逸らす。
言い終わってからちらと雪永さんを見ると、呆れたような顔をしていた。
―――お前は本当何を言ってるんだ……と顔に書いてあるような。
まぁ、キミの言う事は分からなくもないけどさ……と、額に手を当てながら、今度は雪永さんが俺から視線を逸らし、少し考えた後でこちらに視線を戻す。
「夢希はさ、カウンターになってから……いや、カウンターを目指そうと思った時から、恋人を作ろうって考えた事あった?」
「こっ……」
恋人という単語につい、過剰に反応してしまった。あ、雪永さんがまた少し呆れている。
何故そんな事を聞かれたのか。予想だにしていなかった質問に、しばし考える。
自分がカウンターになったのは1年前の事ではあるが、実際にカウンターを目指そうと思ったのは、最初の論文が発表された後。カウンター制度の話を聞くようになってから。
……いやそもそも、カウンターというよりは……
「多分、考えた事がないかもしれないです。覚醒してエージェントになる前までは『親父を支えなきゃ』ってそれだけだったし……」
親父という単語に、雪永さんは少し目を細め、真剣な眼差しで聞いてくれている。
「カウンターというよりもUGNエージェントになってからは、大切な人を作る事はひとつ弱みができることだから……そういう場所から、無意識に離れていっていたかもしれない」
カウンターとして、誰かに手を下す側の人間が、その同じ手で誰かを大切にできるとは思っていない。その資格がない、と夢希はそう考えている。
その考えがどこまで伝わったかは分からないが、夢希の言葉を聞くと微笑んで、
「私もセカンダリとして目覚めて、自分の命を自分だけが握っている訳じゃないって分かってるから、そういうのはもういいって思ってる」
まるで同じものを見るように、考えているかのようにそう雪永さんは返した。
「そもそも、大事な人を作ったところで、セカンダリですって打ち明けるの? それが分かったら、恋愛対象にならない事もあるかもしれないね」
そう言って雪永さんはふむ、と口に手を当てる。
「仮にそうなったとしても、カウンターの君に敵意を向けられると色々と面倒だし」
「そうなれば、逆にその人にカウンターについてもらうとか」
それならそれで、と夢希が言うと、じっと真白が夢希を見つめ、
「キミは、私の担当は嫌?」
小首を傾げながらそう聞いてきた。
「いえ、嫌じゃないですけど……やっぱり、少しでも縁ある人がなる……」
べき、と言おうとして言葉に詰まったのは、想像してしまったからだ。
母を前に、手を下さないだろう父の姿を。
30年も前のジャームである母が目覚める可能性は今のところ皆無だ。これから研究が進み、全てのジャームが解放されればいいと自分も考えているが、まだ先の話だろう。
けれどそれでも、夢みてしまう。自分にとっても大切な人が帰ってくるのを。
―――その人を誰よりも待ち焦がれた、父の本当の笑顔が見られる日を。
「うん。カウンター制度の問題、だろうね。強い縁があればあるほど、"その時"が訪れればそれは残酷な結末でしかない」
夢希の言わんとするところを察し、言葉を引き継ぐ真白。
「だから、キミが嫌じゃなければ、私はこれ位の縁がちょうどいい。私はセカンダリではあるけれど、それは関係なくカウンターとセカンダリの人たちに幸せな未来が訪れる手伝いをしたい」
真白のその言葉に夢希も微笑む。
自分もカウンターであるなしに関わらず、同じ事を望むだろうと思ったから。
「キミなら、私のこの想いを理解して手伝ってくれてるって分かるから。私は……夢希がいい」
自分がいいと、自分でいいのだと言われれば少し気恥ずかしくなって、つい視線を逸らした。
「そ、そう……ですか。それならまぁ……これからもよろしくお願いします……?真白、……さん」
「さん付けかー……しょうがないなぁ。ま、いっか」
名前がでただけ一歩前進かなー……と言いながら真白はやれやれとため息をつきつつ、2人は揃って訓練室を後にする。
彼と彼女が分かれる前の、約3ヶ月前のことだった。
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