彼と彼女の日常
同じ時を生きる
「あのさ。いい加減、その敬語やめない?」
いつも通りデスクで仕事を手伝ってくれている夢希が、「こちらは終わりましたので、雪永さんの方は何か手伝えたりしますか?」……としれっと聞いてきて、真白はむすっとそう返した。
アトアの研究を主に続ける事とした真白の手伝いを、夢希も日常的に行っていた。
とはいえ専門的な領域までは彼も分からないため、主に実験器具や資料の片付け、他部署との予定の調整、資料の送付……など、雑務や庶務といったものを任せている。
とはいえ、彼のお陰でメインの研究に専念できるのはこの上なくありがたかった。
だが、余所余所しく敬語を使ってくる同い年の相棒がずっと側にいることに、真白は苛立ちを隠せなくなっていた。いちいち『雪永さん』と呼ばれて敬われるのは大変落ち着かない。もうコンビを組んで早1ヶ月が経とうとしているのにも関わらず、彼はずっとこの調子だった。
「同い年でしょ。よそよそしくてなんかこう、……もうちょっと相棒の距離感で居たいんだけど」
眉根を寄せながらそうも付け加えると、夢希は困った顔になる。
「え、でも……同い年と言っても、2年間眠っていた分がある訳で」
「そんなの寝てたんだからノーカンでしょ。実際、寝てる間に年取ってた訳でもないんだし」
「そう……ですけど……」
そこで言葉が続かなくなる夢希。
それ以上の明確な理由が提示できない夢希に、真白はため息をついて続ける。
「なに、それとも年寄り扱いしたいの……?」
「えっ、そういうわけでは……」
じと、と軽く睨んでみせると、夢希は慌てて体の前で両手を振る。
目が合うと、少し気恥ずかしそうに夢希は目を逸らした。
……この、女と3秒以上目を合わせて会話ができないんだろうなぁという感じは、彼に女家族が居なかったせいもあるんだろう。……とはいえ、大変面倒くさい。やはりため息が出る。
「本当の歳で考えないと……時代から取り残されたみたいな感じとか、ないですか。本当は何歳なのにとか、今が何年だから、何年前はとか、今と自分が嚙み合わなくなる……というか……」
そんな夢希から、よく分からない言葉が返ってくる。
夢希も真白を何歳と見ればいいのか戸惑っているのだろう……という事だけは分かったが。
「……。今更かなぁ。まぁ、2年程度だから気にならない、というのもあるだろうけど」
対する真白は、もうこの時代でーーー今目覚めた実年齢で生きていく腹は決まっている。
だからさらりと夢希にそう返す。
「あとは、もうこうして目覚めてしまっているし。だから、2年寿命が延びたと思って生きる方が楽だなって。幸い、そういうの気にする身内もいない……し……」
なんとなしにそう続けると寂しそうな顔をした夢希と目が合い、言葉を止める。
また余計な事を言ってしまったか。自分にやれやれと思いつつ、ふっと笑って言葉を続ける。
「……いなくて、よかったんだよ。私の場合は」
言葉にしてみて、確かにそうだと自分でも納得する。
セカンダリやアトアについて、何もかも知っている両親がここにいたら、彼以上に寂しいような、難しい顔をするだろう。
同僚たちが生きていたら?……やはり笑顔は思い浮かばない。
だからきっと、これでよかったのだ。
「誰も周りにいないからこそ、自分の思うように生きなおせる。それに、キミが居てくれるから、割と平気」
「割と……って」
どういう意味だとでも言いたげな夢希に、
「割と、だよ? 言葉通り」
いつも通り、ふんわりと笑って返す真白。
「確かに元々縁があった訳じゃないけど、キミが私の事を考えて、少しでも生きやすいように気遣ってくれてるのは分かるから」
これは本当にそう。そう思えば、自然と顔が綻んだ。
彼なりに自分の事を考え、生きやすいように気を遣ってくれているのは分かる。
「助けてくれる人が、想ってくれてる人が居れば、私はここで生きていける。この先もっと、沢山の人が還ってこれるように、その先を目指せるから」
真白は明確に待っていてくれる人がいた訳ではない。
けれどそれでも、この世界に必要とされ、この世界で生きていけるように、手を取ってくれている人が目の前にいる。
「だから……ありがとうね、夢希」
それには感謝しなければ。
真白の真っ直ぐな視線と素直な感謝の言葉を、夢希も同じように真剣な顔つきで受け止めた。
受け止めた後、少し照れ臭そうに目を逸らし、けれどまた視線を合わせて、
「いえ、そんな……当然の事をしているまでです。俺はあなたの、カウンターですから」
ぎこちなくも微笑みながら、夢希はそう返した。
言葉通りに受けとるならば、仕事だからという意味にとれるだろうか。
けれど言葉以上に、彼は私のカウンターで在ろうとしてくれている。そう感じた。
「ふふ。相変わらずかたいなぁ。ま、いっか」
くすくすと笑いながらそう返し、
「じゃあ、今度の訓練で私が勝ったら、改めてもらおうかな?」
「いやいやいや、この間だって勝負にならなかったじゃないですか! そもそもセカンダリとプライマリが勝負になる前提がおかしいんですって……!」
不敵に微笑む真白。慌ててびくっとする夢希。
「そもそも、俺は周りに合わせる戦いの方が得意だから、攻撃しあったら敵いませんし」
ウロボロスだから。サラマンダーのエフェクトを使った攻撃は不得手だから、と付け加える夢希。
「自分の意思なさそうだもんなぁ」
さらりと酷いことを言ってしまった。
仕方がない。なんだか彼はいじめ……いじりがいがあるんだ。
「でもまぁ、戦えるようになってきてるとは思うよ?ウロボロスなのもあってか、周りに合わせるっていうよりも周りを見て動くのが得意なんでしょ、多分」
ツッコミが入る前に自分の発言を流そうと、そう続ける真白。
実際、コンビを組んで早1ヶ月。夢希は確実に真白の動きを真似て体が動くようになってきている。彼のシンドロームもあるだろうが、彼の努力家精神がそうさせるところもあろう。
「それなら、セカンダリの戦い方を真似出来たらすっごく強くなれるって事じゃない?」
「……正当に殴れる理由を探してません? そう言ってぼっこぼこにするじゃないですかあんた……」
真面目に提案する真白に、ため息混じりに返す夢希。
"あんた"呼ばわりをされれば、少しは砕けてきただろうか?と、それはそれで嬉しい真白。
「ふふふふふ。夢希が弱っちいからぼっこぼこにされるんだよ? それに、相棒には強くなってもらわないと」
仕事もひと段落ついたところで、さて、と立ち上がって、帰ろうと夢希の手を引く。
……この、触れる度に照れ臭そうにされるのは大変面倒くさいので、やはり次の訓練でもぼっこぼこにする事を決意する真白であった。
女性だなんだではなく、化け物だと思われた方が楽に思えたのだ。―――この時はまだ。
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