出会い

牧間夢希まきまいぶきはだいぶ緊張していた。

高嶺たかみねに事前に説明は受け、簡単にだが担当セカンダリの事は聞いている。


だが、初めての担当セカンダリ。それも女性。

高嶺はお互いの親睦を深めるべく、色々と話してみるといいと言って、真白が目覚めた部屋へ案内を済ますと足早に出て行ってしまった。彼も多忙の身なので、時間をなんとか空けて都合をつけてくれたのだろう。

手短な自己紹介をお互いに終えると、なかなかそれ以上に共通の話題を見つけるのも難しく――そんな訳で現在、目の前の白い女性――雪永真白ゆきながましろを前に何を話すか、話題が見つけられずにいる夢希である。


「えっと……ともあれ、これからよろしくお願いします。雪永……さん」

「真白でいいよ? 聞けば同い年だし、これから一緒にやっていくんだからさ」


診察着からラフな私服に着替え、ベッドにゆるりと腰掛けている真白。

話すのに立ったままもと椅子を勧められて、とりあえずで座った夢希はぎこちない。

そんな夢希に対し、真白はくすくすと笑ってそう返した。


「いや、呼び捨ては……なんというか……」


抵抗がある。

確かにこれから共に過ごしていく訳だが、彼女にも彼女の人生というものがあろう。

そう思えば、同い年であり、自分が担当カウンターであるという事だけで女性を呼び捨てにするのはためらわれた。


「そ? まぁ、こだわる訳じゃないから好きに呼んでくれて構わないけど」


言葉につかえた夢希に対し、真白は特に気にした風でもなく、ふんわりと笑う。


「キミの事は、なんて呼べばいいかな?」

「好きに呼んでくれれば。牧間でも、夢希でも」


そうだなぁ……と真白は少し考え、


「じゃあ、夢希と呼ぼう。牧間は、なんだか支部長の印象が強くてね」

「父のことを知ってるんですか?」


支部長ともなる父が無名とは思っていないが、知っていることに少し驚く。


「うん。うちの工場の人たちは大体ね。アトアについてやセカンダリの事を理解はしても、そうやって実用を後押しして、協力までしてくれる人たちは多くはないから」


父を評価してくれている事が分かると、夢希は思わず顔をほころばせた。

一度ジャーム化した人物がセカンダリとして戻ってくる事に対して、全ての人が肯定的に受け止められている訳ではない。

だからこそ、セカンダリ達を率先して受け入れている父に対して否定的な人間もいる。

そんな中、目の前にいる真白が父の事を分かってくれているという事が、純粋に嬉しかった。


「そうですね……。とはいえ、私情もあるかもしれませんが……」


夢希の母は約30年前に夢希を産んだ後、エージェントとして復帰をしたタイミングでジャーム化し、今も凍結保存されている。

当時の事を詳しくは聞いていないが、父は今でも母の帰りを待っているのだろう。以後親族から何を言われようと再婚せず、男手一つで育ててくれた事から、それは明らかだった。


「私情を何も挟まないなんて無理でしょう。それだけで動いてしまうならいけないけど……そういう事じゃないならむしろ、私情が入っていていいと思う。大切な人の帰りを待つ人たちの気持ちが分かるから、こうして助けてくれてるんだよね。ありがたいよ」


苦笑した夢希に、別にそれでいいじゃないかと返す真白。

そんな風に受け止めてもらえれば、自然と夢希にも笑みが溢れた。


「だから、その息子さんが私の担当カウンターって聞いて、嬉しかったんだ。きっと、同じ方向を見て進んでいける人だろうなと思ったから。こうして考えると、牧間家には助けてもらってばかりだなー……とも思うけど」

「そんな事は……俺の方こそ、アトアを開発してきた人たちには頭があがりません。それがあってこそ、大切な人達が待つ場所へ帰ってこれるんですから」


そう言ってお互いに顔を見合わせると、同じように微笑む。


「雪永さんは、今後もアトアの研究を続けるんですよね?」

「そうだね。一応、夢希が今居る支部と工場の兼務とは言われたけど。基本は工場になるのかなぁ……。もちろん、任務が入ったり、戦闘もできる事があればやるけど」

「戦闘もできるんですか? 元々、戦闘系エージェントではなかったと聞きましたけど」

「うん。お父さんとお母さんは戦闘系のエージェントで、強かったんだけどね。私は全然で。……でも、セカンダリになったことでちょっと戦えるようになったみたいだから、……手合わせでもしてみる?」


ふいに真白が拳を作って両腕を構えるしぐさをして、そんな事を言ってきた。


「へっ、セカンダリとカウンターで手合わせするんですか?」


何も俺らが戦わなくても、と軽くのけぞりつつ返す夢希。


「うん。折角なら? ほら、もしもの時は止めてもらわないといけないし」

「いや、でも、その為にキャンドルが有って、ブレスが渡されているのでは……?」

「そうだね。でも、キミに使える?」


真白にそう聞かれて、夢希は一瞬言葉に詰まった。


「……できますよ。できないと、カウンターにはなれませんから」


一瞬間を置いて返した夢希に、真白は眉をしかめる。


「間があったね。ちょっと不安だなぁ」


そう言って真白は、体の前に構えていた両腕を今度は組んで、少しだけうーんと考えた後、


「いいや、手合わせしようよ。ブレスとか使わなくても止めれる位強くなるに越した事はないもの。なんかキミひょろそうだし心配。お互いの実力を確かめる意味でも、戦ってみるのが一番だと思う。よし、行こう」


真白は真面目な顔つきで頷くと、夢希の答えは聞かずに一方的に結論を出した。

すっくと立ち上がると、そのまま夢希の手を取って部屋の外へ向かって歩き出す。


「へ、え、本当に……? わ、ちょ、ええ???」


こちらの答えも聞かずに決定してしまった流れに、急に手を取られたこと、……しれっと馬鹿にされたような?……こと。

何からどうつっこむやら、戸惑っているうちに、夢希は真白に手をひかれ、二人は白い部屋を後にした。

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