第24話 FINALPHASE 真相、そして、決戦ー④

それでも多くの市民は身を寄せ合って震えている。

 数週間前まで嫉妬と羨望の目で彼らを見やっていたホームレス達の目にはいまは憐憫があった。

「俺達も数週間前まではそうだった。しかし、いまは違う!」「神様のように優しい女性があたし達を助けてくれたのよ!」「きっとあの人はあたし達を助けるために天から降り立った神様よ!」

 ホームレス達が道路に跪き天に向かって祈る。恐怖に屈せず勇気と希望に満ちた彼らの姿は、周囲の市民達にも影響を与えた。

 怯え切っていた市民が一人、また一人と祈りに加わっていく。

 祈りが寄り集まり高め合い、惑星全体を包み込む。

 戦女神の献身がアル・カートラス星の人々の心に植え付けた芽が、いま大輪の華となって咲き誇った。


「信じてる!」「頑張って!」「絶対諦めない!」「俺達の一緒に闘う!」

 エルストレアにはアル・カートラス星の人々の声(祈り)がはっきりと聞こえていた。

(暖かいよ)

 人々の祈りが傷ついた戦女神を包み込み、傷を癒し力を与える。

「なんだ?」

 怒りに歪んだままの顔でナルキッサスが訝し気に肩眉を上げた。

 紅い膜がかかっていたアル・カートラス星が、いまは眩しいばかりの蒼に、いや黄金に輝いて見えた。

(みんなの祈り想いたしかに受け取ったよ!)

 溢れんばかりの祈り想いを掴むように拳を握りしめる。

「! はああぁぁーっ!」

 裂帛の気合と共に戦女神から黄金のオラティオが迸る。

「ぬうっ!?」

 その勢いで吹き飛んだものの怒れる神は慣性を制御して踏み止まった。

「ハッ!」

 空間を蹴り飛翔する戦女神。光より早い速度でもう一柱の神に肉薄。

 原子が崩壊するよりも短い刹那にオラテイオは昂めてあり、しなやかな肢体が恒星のごとく輝く。

神威星拳セイクリッドバースト!」

 唸る右拳が黄金の流星と化す。

天威彗撃セレスティアルメテオ!」

 左拳はより威力が高く彗星だ。

 こぶしを振るうことで生じた黄金の軌跡が宇宙に巨大に広がる。それは波濤のように空間を鳴動させナルキッサスを呑み込んでいく。

「ぐうっ」

 ナルキッサスの顔が怒りではなく苦痛で歪む。

神罰裁覇ディバインズジャッジメント!」

 戦女神の一撃によって彼女とナルキッサスまでの空間が連鎖的に爆裂し、狂気の神が大きく吹き飛ばされる。

「馬鹿な! 満身創痍だったおまえのどこにこんな力が残っていたんだ!」

 不敵に、そして誇らしげに胸を張る戦女神。

「アル・カートラス星のみんの、善き人々の祈りがあたしに力をくれたんだよ! あたしはいままで数えきれないくらいこれを観てきた! 助けられた! これこそが人族の本質なんだよ! だからあたしは人族みんな信じられるんだ!」

 アル・カートラス星へ振り向き祈りに応えて微笑む。

「ハアアァァ」

 一度両拳を胸の前で交差させたあと身体の両脇に降ろす。その動きに伴って深く息を吸い大きく吐く。

 武道の息吹に似た所作によって臨界に昂まるオラテイオ。

 エルストレアの身体から放たれる光の激しさは、もはや平時の恒星を超越し超新星。

「小癪なーっ!」

 対抗して増大するナルキッサスのオラティオ。全身の筋肉がさらに肥大し灼熱化。

 宇宙でぶつかり合う二柱の神の視線。

 さきに動いたのはナルキッサス。それによってエルストレアの動きを拘束しようというのだろう。我像で空間を塗り替えながら宇宙そらける。

 一瞬でエルストレアの居る地点までが紅く淀み明滅する空間と化す。そこに浮かぶ戦女神は泥に浮かぶ一輪ののようだ。

「魂魄滅殺!」

 だが、惑星すら一撃で砕く奥義は小さな拳に受け止められた。小さいが天界でも現世銀河でも幾多の悪を滅ぼし大勢の人々を救ってきた拳。今生では固い大地を彫り岩を運び……、やはり大勢の人を救ってきた拳。

 小さいがなにより強い拳。

 拳を開き避けられないようにナルキッサスの拳をしっかりと掴む。

熾天聖烈拳セラフィックテリオス!!」

 右拳から放たれたまさに超新星爆発によるガンマ線バーストのごとき光の奔流が、怒れる神を呑み込み消滅させた。

 奥義を撃ち出した右拳、邪神の攻撃を受け止めた左拳をゆっくりと降ろし、小さく息を吐くと戦女神はようやく緊張を解いた。

 エルストレアとナルキッサスが戦っている間に、アル・カートラス星の内外で行われていたレジスタンスと政府軍の戦闘もあらかた決着が着いたようだ。無事レジスタンスが勝利したらしく、あちこちで独裁から解放された市民が歓喜の声を挙げている。もちろんFFとティタニアも無事だ。

 自然と口元が綻ぶ。戦闘中も二人のことは常に機にかけていた。

 だが、少数とはいえ蜂起で家族や友人が死んだ人々の嘆きと悲嘆も混じっており、危惧していた通り市民による体制側の人族への報復リンチも早くも行われていた。

 心優しい戦女神はそうした人々のために落涙した。

 涙がたまとなって宇宙そらを漂っていく。

(少しでも早く大切な人を喪った人達の哀しみが癒えて、対立していた人達の心が結ばれますように)

 胸の前で両手を組んで天に祈る。神である彼女がそうするのは滑稽だがそうせずにはいられなかった。

 祈りを終えた戦女神は三つの月を従えた蒼く輝く星へ飛翔した。




 エルストレアの視界で急速に宰相官邸が大きくなっていく。

 天井の破壊された執務室で彼女の姿を認めたFFとティタニアが、笑顔をで手を振っている。

「勝ったよ!」

 執務室に降り立つと同時にサムズアップを決めた。

 笑顔で飛びついてきた二人の友を、太古にも仲間にしたように両腕を広げて受けとめる。

「信じていたがそれでも心配だった!」

「よくぞご無事で! 貴女のおかげでこの星が救われました!」

 笑顔で涙を流している彼らの背中を赤子をあやすように撫で続けた。

「ナルキッサスと戦ってる間もずっとあたしを応援してくれてる二人の声が聴こえてたよ! すっごく励まされた!」

 しばらくしてようやく二人の友は泣き止み、戦女神から離れた。

 彼らが落ち着いたことであることを思い出したエルストレアがテヘヘッと頭を掻く。

「FF、ティタニア。かなり派手に暴れちゃったからレジスタンスの人達やマスコミをごまかす嘘一緒に考えてね」

 事情を悟った二人が同時に頷く。

「”神”である君が銀河で活動していると公に知られたら大混乱が起きかねんからな」

「貴女を利用して立身出世や栄華栄達を望む者も出るでしょう。それは防がねばなりません」

「うん」

 頷く。しかし、次の瞬間戦女神は破顔した。

「でもいま・・だけは勝利を喜ぼう! イエーイ!」

 歓喜に身を委ねて三人で手を繋いでクルクルと回った。

 回り終わるとエルストレアは再び顔を引き締めた。

「……でも充分喜んだらこの戦いで死んだ人のために三人で祈ろうね」

 そのことを忘れていたらしいティタニアとFFも戦女神の言葉で思い出したようで、真摯な表情になり再び頷く。

「君らしいな」

「本来なら姫であるわたくしが少数派マイノリティの方々を気遣わなければならないのに。己を恥じ入るのみです」 

 二人の友と肩を組んで退室しようとしたが、扉まであと一歩のところでエルストレアは総毛だった。

(このとてつもないオラティオは……)

 組んでいた肩を解いて振り返ると室内で暗黒の銀河が渦巻いていた。

 ナルキッサスなどとは比較にならぬ強大なオラティオに、さしもの勝気な戦女神もわずかに後退った。

「久しいな、戦女神」

 漆黒の銀河から声が聞こえた。男のようにも女のようにも、若者のようにも老人のようにも思える表現し難い声だ。

「アス・ヴァ・フォモール主神「 未定 」……」

「此度の戦いはおまえの勝ちだ。しかし、我がアス・ヴァ・フォモール神族は多くの神を銀河に降臨させ、数々の策謀を巡らせている。今回の勝利は大樹の枝を一本切り落としたにすぎぬ」

 負けん気を刺激されたエルストレアが銀河に向かって踏み出す。

「アス・ヴァ・フォモールの神が何百柱いたって全部あたしがぶっ潰してやるわ!」

 黒き銀河が嘲笑するように揺れた。

「おまえは変わらず気が強いな」

 数瞬戦女神とアス・ヴァ・フォモール主神が対峙し、両者の意思がぶつかり合った。

 だが、ふいに「 未定 」は鍔競り合っていた剣を引くように意思を弱めた。

「ナルキッサスを斃した褒賞として教えよう。オデュゼィンは神鋼結界(アイヴェル)を解除した。天界と交信できるぞ」

「!?」

 思いがけず送られた塩にエルストレアが戸惑った。

 その間に中心核に吸い込まれるように闇の銀河は消滅した。

 巨大なオラティオが消失したことで呪縛から解放されたティタニアとFFがエルストレアに歩み寄る。

「エルストレア」

 頭をブンブン振り両頬をバシンと叩くと、戦女神が顔を上げ快活に微笑む。

「大丈夫! あたしは絶対アス・ヴァ・フォモールから銀河を護ってみせる!」

 拳を握りしめたエルストレアはいつまでも、暗黒の銀河の存在していた空間を睨み続けた。







 

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