第23話 FINALPHASE 真相…、そして、決戦ー③

火傷の酷さに戦女神が顔をしかめる。生きているのが不思議なほどの重傷だ。

「すぐ治すから!」

 数時間前死病の少女を癒したのと同じ、彼女が使える最高の治癒呪文を発動する

 ティタニアに治癒呪文をかけていると獣のような唸り声が聞こえた。

「こっ、このボクが人族ごときに気高い血を……!」

 視線を向けるとナルキッサスが憤怒に童顔を歪めている。

「許さん……、許さん……、許さん……! 許さんぞぉーっ!!」

 怒声とともにオラティオが迸り、それに伴って爆風のような突風が生じ、執務室の壁と天井を吹き飛ばす。

「ぬぅううあぁぁーっ!!」

 激情によって大量の血液が流入したことで、細身だったナルキッサスの身体がパンプアップされ、ボディスーツと服が千切れ飛ぶ。さらに両のこめかみからねじくれた角が隆起し、口が耳まで裂け、石化石膏の白さだった肌が赤く変色した。

 胸を反らし天に向かって雄叫びを挙げる姿はまさに獣、いや憤怒の化身。

「なっ……」

 この変化に驚いたFFが立ちすくむ。

「表層をきれいに取り繕っていてもあれ・・がアス・ヴァ・フォモールの神の本性だよ」

「だまれぇーっ! オレの本質は美しい方だぁーっ!」

 一人称もボクから”オレ”に変わっていた。

 ナルキサッスは腕の中のティタニアを炎のような眼で睨むとふわりと浮き上がった。

「貴様はこの星の姫。ならば貴様の罪はこの星の住人すべてに償わせる!」

 掲げられたナルキサッスの右手に全身のオラティオが集中していく。その輝きはこの星のふたつの太陽よりはるかに眩しい。

「まさか……」

 不吉な予感を覚えたらしく腕の中の姫拳戦士の身体が震えた。

「アル・カートラス星そのものを破壊する! 神の怒りを思い知れ! 紅怒アグリィ……」

 腕の中のティタニアが硬直する。傷はほとんど癒えていた。

(惑星をまるごと破壊しようとしてるなら宇宙に連れ出すしかないよ!)

 ティタニアをFFに投げ渡し、跳ぶ。

 跳躍の勢いのままナルキッサスの腰へタックル。

「ぬっ」

「うおおぉぉっ!」

 固くナルキッサスを抱きしめ全力で飛翔。凄まじい速度のため大気との摩擦で炎が生じる。真紅の流星と化し一気に大気圏を突き抜け宇宙へ到達。

「でぇーい!」

 ナルキッサスを宇宙へ投げつける。

「……神罰プロビデンス!」

 同時に放たれた奥義の速度は光速をはるかに超越しており、一瞬で星系の外縁まで達した。

 全周へ探知のため意識の糸を伸ばすエルストレア。必死だったので気付けていなかったが、ここは本星と三つの月の公転軌道の中間だ。

「余計な真似を」

 忌々し気に唇を歪めるナルキッサス。

 大半の人族と蛮族は宇宙服スペーススーツなしでは数分と生きられない宇宙も神である二柱には地上と変わらず、会話にも支障はない。

「子供じゃないんだから八つ当たりなんてするな!」

 すでに探知魔法で周囲の状況は把握していた。政府側の無人戦闘機スペースファイターや宇宙戦艦と、レジスタンス側のそれらが交戦中だが、ミデニックのハッキングでAIが半ば狂い指揮系統も寸断されているので政府側は総崩れだ。この分なら人的被害と前線への影響は最小限で済むだろう。

 依然意識は張り詰めているが口元がわかずかに綻ぶ。

「この場でレジスタンスが勝利したとて意味はない。貴様を斃したあとオレが皆殺しするからな」

 睨みつけてくるナルキサッスの両眼には狂気が宿り、耳まで裂けた唇からは犬歯が覗いている。春風のように軽やかだった声音も潰れたように濁っていた。

「……いつ見てもアス・ヴァ・フォモール神族の正体は醜いね。それなのに美的感覚はツゥアハー・デ・ダナン神族あたし達や人族と同じだから、表面だけは取り繕うんだよね」

 獣と化した神を見やる戦女神の瞳には憐れみがあった。

 エルストレアは右拳を前に突き出し、左拳を引いたもっとも得意とする構え。

 対するナルキッサスは”型”のまったくない本能のままの構え。

「ふん!」

 半ば開いた右の掌底を突き出すナルキッサス。完全に力任せの攻撃だが速度と威力は想像を絶する。空間が歪ませられ悲鳴を上げ、重力波が生み出される。

 左の拳で重力波を砕くエルストレア。いまだ意識(の一部)は空間全体に広がっているので、遠くの星が破砕されたことを察知。威力の大半は彼女が消したが、余波だけで小惑星が破壊されたのだ。

(もっとアル・カートラス星から引き離さないとやばい!?)

 だが、その時間は与えられず紅怒神罰の二の轍は踏まぬとばかりに、ナルキッサスが遅いかかってくる。

 獲物を攻撃する熊のように半ば開いた手を振り下ろす。握りしめた拳を振るう。蹴り上げる。連携コンビネーションは考えていない本能のままの乱打が速度は光速を越え念速。一撃ごとに重力波が疾る。

「くっ」

 エルストレアは冷静であり計算されていない打撃を捌くのは容易。だが、産まれた重力波が周囲に被害をもたらさないか心配で集中力にかける。

 戦女神の不安が的中。

 重力波が直撃して爆散する宇宙戦艦。

「っ!」

 意識と注意の大部分が爆発に向く。

 いかに半ば理性を失っているとはいえ、その隙を見逃すほどナルキッサスは愚かではない。

 右頬に拳を叩きこまれ光速を越える速度で吹き飛ぶ戦女神。

 三つある月の二つ目、第二の月セカンドムーンに叩きつけられる。刻まれる誕生以来最大のクレーター。第二の月が放射性物質などゴミ(ダスト)の廃棄場でなく、他の月のように住人がいたら、数千万の犠牲者が出ていただろう。

「くっ!」

 のしかかったゴミを吹き飛ばして立ち上がるエルストレア。

(あたしは本当にゴミに縁のある女神だね!)

 ゴミに塗れた身体を見下ろし一瞬苦笑。

 頭上を睨む。並の人族なら天体望遠鏡でなければ見えない距離でも、”神”である彼女は裸眼で視認できる。ナルキッサスは左手を後方へ向け、なにかを手繰り寄せるような挙動を取っていた。

「あいつ……っ」


 第一の月ファーストムーン最大都市の中央庁舎。

「なっ、なんだ!? 地震か!?」

「月に地震なんて起きるはずが……」

 観測計器を見ていたスクィラールの全身の体毛が逆立つ。

「そっ、そんな馬鹿な! 第一の月が公転軌道を外れていく!」


 ナルキッサスは第一の月を叩きつけてエルストレアを斃そうとしているのである。


「ハッ!」

 第の一月に右手をかざし本来の軌道に押し留めるべく念動力(テレキネシス)を送る者の、エルストレアはあまりこの力が得意ではなく押し切られそうになる。

「くっ、うおおぉぉ!」

 顔を顰めるエルストレア。一瞬目を閉じたあとオラティオを燃焼させ、練り上げ、念動力に変換する。

 わずかの間押し合ったもののあきらかにエルストレアの念動力の方が強く、第の一月が元の位置に戻る。

「ハアッ、ハアッ、……っ」

 大きく肩を上下させ片膝を着くエルストレア。もともと我像対決で疲弊していたのに加え、実力以上の念動力を使ったせいで消耗が激しい。

「ぬぅああぁぁー」

 空気がないにも関わらず大きく息を吸いこむナルキッサス。

 人族には視認できないがアル・カートラス星から赤い気が怒れる神に、吸収されるのを戦女神は見た。

 撃ち出された砲弾のような勢いで迫ってくるナルキッサス。

 エルストレアは彼の攻撃を防御しようとしたが、疲労のため本来の動きができず直撃を受ける。

 右頬を殴打されよろめいたところにさらに顎へアッパーを喰らい大きくのけ反る。

「ぐるっあっ!」

 鳩尾を殴り上げられ天へ撃ち上げられる。

 宇宙そらを舞う戦女神の肢体へ向かってナルキッサスが右拳を引く。彼からエルストレアまでの空間が紅く塗り替えられた。

魂魄滅殺ストレンジアナヒアレーション!!」

 紅(くれない)の宇宙に無数の単眼で球状の怪物が出現し、戦女神を襲う!

「きゃああっー!」

 疲労で肉体の強度も無意識に恒常的に展開している防御結界も弱まっているので、深いダメージを受ける。視界が明滅し全身がバラバラになったようだ。

「くっ」

 拳を握ろうとしたものの五体が痺れるように痛み力を入れられない。

 いつの間にか真上にナルキッサスが浮かんでいる。彼は唇の端を皮肉気に吊り上げていた。

「無様だな、戦女神」

 アル・カートラス星へ顎をしゃくるナルキッサス。

「オレのオラティオはアル・カートラス星の人族どもの憎悪と絶望で強化されている。言わばおまえが護ろうとしている人族の”気”が拳となりおまえを撃ちすえたのだ!」

 首をのけ反らせるとアル・カートラス星が視界に入る。蒼いはずの星が紅く見えた。 


 二柱の神の激闘で天は鳴動している。生命体なら誰もがオラィティオを感じられる、いや、それ以前に上空の尋常でない様子に、地上からそれを見上げる人々は不安に揺れていた。

「……宇宙でレジスタンスと政府軍の戦闘よりずっと恐ろしいことが起こっている気がする」

「戦闘はレジスタンスが圧倒的に優勢なのにまったく安心できない……」

 レジスタンスメンバーの子供が避難しているアジトにも陰鬱とした空気が立ち込めており、大人も子供も身を寄せ合って震えていた。

「やっぱり俺達助からないんじゃ……。ああっ、神様!」

 怯え切った男が両手を組み合わせて跪く。

「無駄だ! いままでいくら祈っても神様は助けてくれなかったんだ! 今回もなにもしてくれない!」

 手を組み合わせて祈ろうとしていた男が崩れ落ち嗚咽を漏らす。

「諦めちゃ駄目だよ!」

 一人の少女が立ち上がって拳を突き上げる。服はボロボロで痩せこけたアジトで一番貧相な少女だった。

「あたしもちょっと前まではそう思ってた。でもあたしを助けてくれた神様みたいに優しくて強いお姉ちゃんが言ったんだ。神様は正しく生きてる人族を絶対見捨てないって! だからもう一度未来を信じて!」

 もっとも弱々しくみすぼらしい少女の言葉だけに、他の人族を動かす力があった。

 アジトにいた人々の目に生気が蘇り、両手を組み合わせ天を見上げる。

「「「神様……」」」

 人々は一心に神に祈り始めた。


 当初のレジスタンスの優勢に沸き立っていた惑星中の人々はいまは恐怖していた。天が震撼しているのに加え第一の月が公転軌道を外れかけたのである。もはやレジスタンスの奮戦は希望になりえなかった。

 だが、各地で怯えている人達を鼓舞している者がいた。


「怖がっちゃだめだよ!」「勝利を信じるんだ!」

 視力補正機を着けた子供が、数週間前には彼を虐めていた子供が声を張りあげている。


 また別の都市ではこれまで路地裏やスラムに潜んでいたホームレス達が、大通りに出て叫んでいた。

「怖れるな!」「怯えるな!」「俺達のために戦ってくれている人達を信じるんだ!」

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