第22話 FINALPHASE 真相…、そして、決戦ー②

「そうだ。星空術(宇宙規模の風水術)的にアル・カートラス星ここがもっとも戦女神殿を転生させやすい場所だった。だが、この星に奴隷制はなく貧民街スラムの暮らしもそれほど酷くなかったので、エルストレア殿を闇堕ちさせるため”舞台”を整えたのだ」

 音を立てて姫拳戦士の奥歯が砕け散る。

「アル・カートラス星を、大勢の人々を舞台装置のように弄んで……。許せません……、許せない……」

 静かだった声が次第に高くなっていく。

「ダメだよ! ティタニアの敵う相手じゃない!」

 戦女神が伸ばした手もいまの姫拳戦士には届かない。

「許すものかーっ!!」

 海原の彼方まで届くような絶叫とともにティタニアの額の妖精孤眼フェアリーズアイがカッと開く。

極炎獄葬プルガトリゥムクリエイション!」

 妖精眼によって炎の巨人イフリート炎の鳥フェニックスが召喚され、爆炎と化して海原を吹き抜け、宇宙を紅く照らす。火力は宇宙戦艦さえ焼き尽くすほどだ。

 しかし、爆炎はナルキッサスに近づいた途端、巨大な筆に塗り潰されたように掻き消えた。彼は指一本動かしていないのにである。

「!?」

 ティタニアは眼前で起こった現象が信じられないようだ。

 だが、ナルキッサスは極当然のことだという様子で退屈そうでさえある。

「くっ」

(いけない!)

 次撃を放とうとしたティタニアを遮ってエルストレアが前に出た。

 彼女はなにかを察した様子だ。

我像ヴィジョンだね」

 意味を理解できずティタニアとFFが視線を交わす。

「そうだ。そこにいる下等な人族には理解できぬだろうが……、アス・ヴァ・フォモールカオスツゥアハー・デ・ダナンコスモを問わず神々の偉大なる能力の基本は、”無”から『有』を産み出すことにある」

 ナルキッサスが周囲を見渡し”世界”を誇示するように両手を広げた。

「つまり自身の想像イメージを魔法のような過程も理論もなく直接現出させうる力だ。この場にある海も宇宙も幻術ではなく、室外にあるものと同じまごうことなき”実在”だ。神々我らはこれを我像ヴィジョンと呼ぶ」

 いま彼女達が身に着けている装備もエルストレアがそうして創り出してくれたことを思いだした、ティタニアとFFが彼らの身体を見下ろす。

 肩眉を上げナルキサッスが姫拳戦士を指差す。

「逆もまた然り。おまえの妖精魔法を我像で打ち消したのだ」

「…………っ!」

 あまりにも次元の違う力に憤怒の焔も凍りつかされティタニアが呆然と立ちすくむ。

 まさに神以外行使得ぬ力にFFも蒼白となりよろめき後退った。

「身の程がわかったのなら引っこんでいろ。戦女神殿、貴女に訊きたいことがある」

 改めてエルストレアへ向き直ったナルキッサスの表情は、これまでの飄々としたものではなく真摯だった。

「なによ」

「貴女はボクやその他大勢の神と異なり、太古から度々現世(銀河)に降臨して人族と直に接してきた。その中で人族どもの醜悪さ愚昧さ卑劣さ……、蛮族以上の邪悪さを幾度も見てきたはずだ。まして覚醒するまでの貴女は奴隷衛星以外の世界を知らなかった。なぜいまだに人族に絶望せず闇堕ちしていないのだ?」

「なんだ、そんなことか」

 どうしてそんなことを疑問に思うのか理解できない。

「邪悪な姿と同じくらい、ううん、そんな姿よりずっと多く人族の優しさ、強さ、気高さを見てきたからに決まってんじゃん。悪事を行ってる人族だって決してそれがすべてじゃない。別の場所では家族を愛し、友を護り、弱い者を労わっているはずだよ。それこそが人族の本質だ。少なくともあたしはそう信じてるよ」

 屍に湧く蛆のごとき汚怪な小動物を目にしたようにナルキッサスが顔を顰めた。

「理解できん。貴女はツゥアハー・デ・ダナン神族でも異端だ」

「みたいだね。よく言われるよ」

 むしろ誇らしげにエルストレアが鼻の下を人差し指で擦った。

「エルストレア様……、ありがとうございます!」

「俺は君に友と呼ばれたことを誇りに思う」

 笑顔で両隣りに並んだティタニアとFFは生気を取り戻しており、いつの間にか震えも止まっていた。

「ありがと!」

 二人の友の言葉に戦女神が会心の笑みを浮かべた。

「…………」

 臆することなく彼を睨みつけるティタニアとFFを前にして、ナルキサッスの顔がはじめて強張った。

「……理解できん。しかし、貴女が我らにとって最大の脅威であることはわかる」

 ナルキッサスのオラティオがいままで以上に増大し、身体から濁った血のように赤黒いオーラが立ち昇った。それだけでなくやや濃度の薄い霧のような赤い光が身体に吸収されていく。アル・カートラス星に充満したカオスのオラティオを取り込んでいるのだ。

「……貴女の本来の戦闘力はボクをはるかに超越しているだろう。だが、貴女はまだ神として覚醒して間もなく自らの力を存分に震えぬはず。いまの貴女にならボクはまだ勝てる! ボクが戦女神を斃せるとしたらいま・・しかない! この場で滅殺する!!」

 軽佻浮薄だった神の眼にはじめて剥き出しの戦意と殺意が宿った。

「来なさい!」

 二人の仲間を庇って前に出たエルストレアが構えを取りオラティオを高めたことで、彼女の身体からも黄金のオーラが噴出した。

(!? やばい!)

 ナルキッサスの両眼が赤光を発したことに危機感を覚え、エルストレアが咄嗟に彼女と二人の仲間の周囲に防御壁を張る。

 次の瞬間ナルキッサスを起点に風景が塗り替えられ、まったく違う景色が現出した。

 空は果てしない深さとくらさ湛える黒で、大地は奴隷衛星の地面以上に荒涼としており、その中の暴かれた墓で人族達――人間イノセントだけでなくアルーヴ、ドヴェルグルなどあらゆる種族――が焔で焼かれていた。

「こっ、これは!?」

 見覚えのない光景にティタニアとFFが辺りを見渡す。

「まるで地獄だ」

 エルストレアはナルキッサスをから視線を動かさない。

「そのとおりだよ。絶対防御壁から出ちゃ駄目だよ」

 FFが問いを発する前に別の声が響く。

「ここは冥界、地獄インフェルノ第五プリズンだ。そこの二匹は喜ぶのだな。生きたままこの風景を見られた人族はそうはおらん」

 ”地獄インフェルノ”が浸食しようとしているらしく、防御壁の表面にスパークが走る。

(まだまだこの程度で)

 戦女神が不敵な笑みを刻む。

 このままでは防御壁を打ち破れないと判断したナルキッサスが二の矢を射る。再び双眸が赤光を放つ。

 またも彼を起点に景色が一転し新たな場所に変わる。

 今度の場所は上空は第五獄と同じだが、足元は一面の氷原であり、数えきれない人族が首まで氷に埋まっていた。

「最終地獄コキュートス」

 防御壁にさきほど以上の圧がかかり表面が激しく放電した。

「痛っ」

 防御壁と肉体が繋がってリンクしているので斬られたような痛みを感じ、エルストレアの眉間に皺が刻まれた。

「っ」

 チラと背後を見やると彼女を信頼しきっている表情の二人の友がいた。

(信頼は裏切れないよね)

 小さく微笑むとすぐに正面へ向き直る。

 戦女神の反応に口元を緩めナルキッサスが第三の矢を射た。

 三度風景が変化。全周で黒い焔が燃え盛っており大地も空も見えない。この黒炎は天界のアス・ヴァ・フォモールの世界の焔で現世の炎とは異なった原理で燃えていて、これほどの火勢なら宇宙戦艦でもたちまち燃え尽きるだろう。

 邪炎は防御壁にかなりの打撃を与えており、表面にスパークが走っているだけでなく、壁自体が明滅している。

「くっ」

 斬られる痛みに肌を焼かれる熱さが加わりエルストレアが顔を顰める。全周からのブレスされているような圧力もあるので、オラティオを燃焼させ防御壁を強化すべく”力”を送り込む。

 掲げた両手にずしんとした重圧を覚えた。

 姿は黒炎に隠れているが声が聞こえた。

「本来貴女が得意とするのは直接打撃戦、肉弾戦だ。このような戦い方は不得手のはず。このままではボクに押し切られるぞ。傍の二匹を見捨てたらどうだ!?」

「誰が! そんなことできるわけないよ!」

 オラティオを送り続け防御壁を維持しているものの、エルストレアの眉間の皺は深くなり、こめかみを汗が伝い落ちた。

(このままじゃ押し切られる……。あたし一人なら逃げられるけどティタニアとFFは絶対見捨てられない……)

 二人の緊張が伝わってきてそれがさらに焦燥を炙る。打開策を求めて懸命に――人族の数十万倍の速度で――思考を巡らすが答えは見つけられない。

 もともと二人の”足手纏い”の居たエルストレアは不利だったが、ナルキッサスに先手を取られ、彼の得意な闘法に引き込まれてしまった。

(本来の力を完全に発揮できるならともかくこのままじゃ反撃できない)

 再びチラと視線を送る。

(なんとかFFとティタニアだけでも逃がせないかな)

 どんなに追い詰められても仲間を見捨てるという発想がまったくところが、この戦女神らしい。

 背後から気配が魔炎の中に飛び出す。

「ダメ!」

 咄嗟に飛び出そうとしたがそのためには防御壁を解除しなければならず、もう一人が死ぬかもしれないと気づきそれ以上動けない。

 数瞬後突然黒炎がすべて消滅し周囲が宰相執務室に戻った。

(ナルキッサスの集中が解けたんだ)

 前方ではナルキッサスが愕然とした顔で左頬を手で触っており、足元にはティタニアが倒れていた。

「アル・カートラス人の怒りと意地を思い知りなさい!」

 半ば消し炭になり顔にも大火傷を負いながらも姫拳戦士が会心の笑みを刻む。

「ティタニア!」

 駆け寄ったエルストレアが彼女を抱き上げて、すばやく退く。

「なんて無茶を!」

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