第21話 FINALPHASE 真相…、そして、決戦ー①
……戦女神の意識が過去から
実際にはわずかな時間しか経っていないので太陽はほとんど動いていない。
振り向くと二人の友が見つめていた。FFは比較的リラックスしているようだが、ティタニアはあきらかに気負い過ぎている。
「ティタニア、肩の力を抜いて。マクベスに協力して贅沢な暮らしをしてた王族として責任を感じてるんだろうけど、それじゃ実力を出せないよ」
「はい。もうしわけありません」
だが、拳は握りしめられたままだ。
(いくら言っても無駄だな。あたしがフォローするしかないな)
軽く嘆息し肩を竦めるとエルストレアは二人の仲間と肩を組んで歩き出した。
宰相官邸宰相執務室。
豪奢を極めた室内で赤い光が瞬きサイレンが響く。
数時間前から空間には無数のホロが投影されているが「中央コンピューターがハッキングされました!」「警備軍事ドロイドが掌握されました!」「次々と政府、軍施設が陥落しています!」「蜂起に次々に市民が加わっています!」と部屋の主にとって悲観的な情報しか流れていない。
室内の中央ででっぷりと太った禿げ頭の小男が、しきりにシルクのハンカチで額の汗を拭いている。
小心でこずるそうな男でいいとこ小銭稼ぎしか能のない下級官吏しか見えない。彼がひとつの惑星国家に君臨する独裁者で、共和国の対蛮族戦線への補給を支えていると言っても誰も信じないだろう。
彼がアル・カートラス星の宰相マクベスだ。
サイレンと違う音がして新たなホロウィンドウが開く。
マクベスはそれを垂らされた蜘蛛の糸を見るカンタダの目で見やった。
だが、放たれた言葉は非常だった。
『共和国憲法では主権惑星へは内政不干渉が鉄則だ。支援のための軍は出せんな』『憲法を無視するわけにはいかんな。自分でなんとかしたまえ』『私達はしょせん
歯み噛みしながらマクベスが唾を飛ばす。
「貴様ら……。散々甘い汁を吸わせてやっただろう!」
『なんのことかしら。記憶にないわ』
『すべては秘書がやったことだ』
投影された男女はマクベスよりは威厳があるが本質はなんら変わらない。
次々とホロが消えていき残されたマクベスが地団駄を踏む。
悪態を吐き周囲の物に当たり散らすといくらか落ち着いたらしく、マクベスは蒼白な顔で振り返った。
壁際に三人の女性が佇んでいた。いずれも百歳を超えているかという高齢でぼろぼろのローブを纏っており、三つ子らしく顔がそっくりだった。
駆け寄ったマクベスが中央の老婆のローブを掴む。
「私はおまえらが大丈夫だというから独裁を敷いたんだ! なんとかしろ!」
三人の老婆は同時に鼻を鳴らすと、くすんだ
「すでにおまえの役目は終わった。助けてやる義理はない」
「なんだと!?」
マクベスがローブを掴み上げ老婆ににじり寄る。
「おまえのような小悪党が十七年間もひとつの惑星の支配者でいられたのだ。幸福過ぎる人生だ」
老婆から”気”が噴き出しマクベスが床に叩きつけられる。
「最後に教えてやる。クーデターを起こしたのも独裁を敷いたのもおまえの意思ではない。おまえのような小悪党にそんな度胸はない。我らがそう操ったのだ」
貧相な独裁者の目が驚愕に見開かれる。
三人の老婆の放った光条がマクベスを貫く。最下級の攻撃呪文だが愚かな独裁者を絶滅させるには充分だった。
老婆達が同時に天井を仰ぐ。
「同じ神としてこんな殺風景な場所に戦女神を招けぬな」
渇ききった哄笑が宰相室に響いた。
エルストレア、ティタニア、FFは宰相官邸内で戦っていた。戦女神に率いられ次々と軍事ドロイドと警備装置による防衛網を突破していく。二人の仲間は戦女神に創ってもらった現代の
そして三人は宰相執務室の扉の前に辿りついた。
先頭のエルストレアが開閉ボタンに指を当てて――すでに電子的ロックと
ティタニアとFF――特に姫拳戦士――は緊張した表情だ。
「開けるよ」
すでに”神”の超感覚で室内を探り伏兵と罠がないことはわかっていた。
「これは!?」
視界に黒と蒼が飛び込んでくる。扉の向こうでは星が輝き荒波が猛っていた。
「……あたしにもわかんなかった。FF、ティタニア細心の注意を払ってついてきて」
警戒しながら慎重な足取りでエルストレアが室内に入り、二人の仲間が続く。
海面の上に透明な板があるかのように波間に立つことができた。揺れもない。
「これは……、夜の海か?」
怯えの混じった訝し気な表情でFFが周囲を見渡す。
「いえ、この星の見え方は大気圏内ではありません。……宇宙です」
同じように四方へ視線を走らせるティタニアの声にも怯えがあった。
エルストレアだけは納得顔で頷いていた。
「宇宙と海、これは
呟きに応じたように扉の反対側に三つの影が滲み出る。
「あんた達は……」
エルストレアが三つの影を見やった。うしろの二人も影へ視線を向けたのを感じる。特にティタニアのそれは延髄の毛が逆立つほど鋭い。
現れたのはボロボロのローブを身に着けた三人の老婆だった。三つ子らしくいずれも同じ顔で、年齢は百歳は超えていそうだ。
「……マクベスの
姫拳戦士の声は震えており、振り返らずともどんな顔をしているか容易に想像できた。
エルストレア達と魔女達の中間の空間にスパークが走り、なにかが床(?)に投げ出された。
「これは!?」
投げ出されたのは禿げ頭ででっぷりと太った小男だった。何度も画像(ホロ)を見ているのでそれがマクベスであることがわかった。
「戦女神殿の手間を省いておいた」
三つのひび割れた唇が同時に動き渇いた声音を発した。
「あんた達味方を!」
戦女神が義憤にかられ踏み出しかけたが背後から片手を掴まれた。
「ティタニア?」
エルストレアを制止したままティタニアはなにも言わず、戦女神でさえ寒気を覚えるような形相で独裁者の屍を凝視していた。
(ティタニア……、憎悪から暴走するんじゃ……)
それを防ぐために彼女の手を固く握り返す。
「……十七年に渡ってアル・カートラス星の民を苦しめた男には似合いの最期、あるいは自分の手で殺したかったという
老母達の淀んだ
「?」
魔女達の言葉の意味を理解できず振り返るとFFも戸惑っているらしい。
ティタニアの噛みしめた唇から一筋の血が流れていた。
「……その姫君はレジスタンスに参加する際志の証として、両親であるダンカン王と王妃をその手で殺しているのだ」
「えっ!?」
アル・カートラス星の姫君は無表情で、唇から滴った血が足元に紅い点を作った。
「おかしいと思わなかったのか? その娘が王位継承権を得られる年齢になった途端、両親が揃って病死するなど不自然極まるだろう」
無表情を保っているもののティタニアの片方の瞼は激しく痙攣し、握りしめた両の拳から同時に血が溢れた。
「お父様とお母様は民を愛し護るという王族の責務を放棄し、自らの安寧のためにマクベスに忖度しました。……然るべき報いです。無論、レジスタンスに参画するまで血税で贅沢な暮らしをしていたわたくしも同罪です」
鋼のように硬質な声音だが真珠の瞳の揺れは止められない。
「ティタニア……」
エルストレアが姫拳戦士の肩に手を置き言葉をかけようとしたが、彼女は首を振って手を払った。
「わたくしは戦女神様に慰めていただけるような人族ではありません」
数回口を開閉させたが結局なにも言わず、いや言えずエルストレアは魔女達をキッと睨んだ。
「……あんた達の正体はわかってんのよ。そろそろ本当の姿を現したらどうなの!?」
戦女神に敬意を示すように三人の老婆が同時に姿勢を正す。
「そうだな。
左右の魔女が中央の魔女に近づいていき、三人の姿が絵の具が混じり合うように溶け合っていく。
(来る!)
融合しつつある魔女達から強大なオラティオが放たれ、肌がびりびり震えた。
「
促された二人の仲間が退き、戦女神は一人で魔女達(だったもの)と対峙する。
絵の具の染みのようだった影は次第に形を整えていき……、
人型となった。
「っ」
強大なオラティオを感じ取り、エルストレアの顔がこれまでになく引き締まった。
現れたのは長身痩躯の青年だった。髪型は癖の強い水色の短髪で顔立ちは非情に整っており、身体にぴったりと密着したボディスーツの上から、上半身だけ柔道着のような服を纏っていた。
青年がエルストレアに対して恭しく腰を折る。
「お初にお目にかかる
背後から極度の緊張が伝わってきた。
「……神……」
「アス・ヴァ・フォモール神族……」
ナルキッサスの巨大なオラティオを震撼しているらしく、ティタニアとFFの声は枯草の擦れ合う音のようだ。
「大丈夫、あたしがついてるよ!」
二人を励ますため振り返り常時と変わらなぬ快活な笑みを形作ると、彼女達の表情も若干緩んだ。
(よし!)
そのことに少し安堵し戦女神はもう一柱の神に向き直った。
「この星全体でカオスサイドのオラティオが強まってる。あんたが水面下でアス・ヴァ・フォーモルの心棒者を増やしてたんだね! でも布教もここまでだよ!」
意味ありげに片眉を上げるとナルキッサスがふいに拍手をはじめた。
「!?」
満面の笑みで演劇に感動した客のように無心に拍手を続ける。
「なっ、なんの真似よ!?」
「賞賛だよ。十六年間の地獄の奴隷生活でも人族に絶望せず、憎悪と怨念に囚われることもなかったか、貴女の
「なっ、なに言ってんのよ……」
言葉を意味を理解できず戸惑いの色が深くなっていく。
「貴女自身気づいているのだろう? 貴女は本来ごく普通の家庭の少女に転生するはずだった。それなのに奴隷に産まれてしまった。おかしいと思わなかったのか?」
「そっ、それは……」
空色の瞳が瞬き視線が揺れた。
「貴女の魔法に干渉し、そうなるように
「!」
戦女神の双眸が大きく見開かれた。
彼女が絶句しているのを見かねたらしく、勇気を振り絞ってFFが一歩踏み出す。
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