第20話 PHASE4 レジスタンスの復活《リザレクション オブ レジスタンス》ー⑥

 アル・カートラス星最大の大陸の都市から離れた廃ビル。そこが現在のレジスタンスの本部だった。

「かんぱーい!」

 レジスタンスの幹部達が酒の入ったグラスを打ち合わせた。

 ここは廃ビル地下の中央指令室だ。B1F全体を占めており広い室内には所狭しとコンピューターと通信設備、武器が置かれていた。……がそれは数時間前のことでいまはそれらは隅に片づけられ、中央の机には質素だが大量の料理が並べられていた。

 蜂起を明日に控え士気高揚のためのパーティー、……というのは建前で単に騒ぎたいだけだ。

「ミデニックはいい仕事をしてくれた! あのじいさんのおかげで蜂起は成功確実だ!」

「まぁ、じいさんは死んじまったがな!」

「これで国民すべてに自由と幸福を取り戻せる!」

「惑星すべてに笑顔が蘇る!」

「蜂起を成功させりゃ俺は救星の英雄だ! 金も名誉も女も望みのままだ!」

「蜂起で損害を受ける企業の株が売りに出されて大安なのよ! あたし一千万も買っちゃった!」

「長い雌伏のときがついに終わる!」

「俺の娘は自由な世界で生きられる!」

「あたし、救星の戦乙女として芸能界に打って出るつもりなの!」

 人間だけでなくさまざま種族が喚きながら酒と料理にガッついている。彼らの目には正義感と献身だけでなく、たしかな”私欲”があった。

「…………」

 壁際でアメリカンドックを片手に――絶食の誓いは継続しているがなにも食べないと怪しまれる――佇んでいるエルストレアの表情には明確な嫌悪があった。潔癖で清廉な戦女神は純粋な善意だけでなく、打算と私欲もあるレジスタンス達を醜悪に感じているようだ。

 とはいえ仲間にすべての私欲を捨てろ、聖人君主であれと強要するほど彼女は傲慢でも横暴でもなく、それができる立場でもないことを理解しているのでなにも言わない。

「っ」

 それでも不快感はあるので払拭するためにアメリカンドックを乱暴に食い千切った。

 隣に立っているFFは無表情でワインをちびちびと飲んでいる。戦女神の心情を理解しているが、取りなしの言葉をかけても苛立ちを増させるだけなのでなにも言えないのだ。

「どんどん食べてくださいねー」

 ティタニアが両手に料理の乗った皿を持って入ってきた。パーティーの料理はすべて彼女が作った。他の女性メンバーも作れるし元コックの男性メンバーもいるのだが、どうしても全部一人で作ると言ったのだ。

 ジョッキでビールを飲んでいたドヴェルグルがティタニアのお尻を触る。一瞬片眉を痙攣させたものの彼女はなにも言わない。

「マクベス政権を倒しても王制は廃止だ! いまのうちに娼婦やウエイトレスの練習をしておけ!」

 悪質なジョークにレジスタンス達がドッと湧く。

 大半のメンバーはティタニアへの敵意を隠さず、国民先導のプロパガンダと戦闘のための兵器として扱っていた。

「っ」

 義憤を抑えられずエルストレアが一歩踏み出したが、FFが肩を掴んで止めた。

 振り向いた戦女神に彼は首を左右に振り、エルストレアがもう一度正面を向くとティタニアも他のメンバーに気付かれないほどかすかに首を振っている。

「…………っ!」

 これ以上この場に居ることに耐えられなくなったエルストレアが、持っていた料理を叩きつけるように皿に置き、憤然とした足取りで出て行った。

 FFが一瞬ティタニアと視線を交わしたあとあとを追う。



 本部から数百メートル離れた草原。

 エルストレアは岩に腰かけて星空を見上げていた。

 FFはすぐに彼女に追いついたが、長い時間離れたところから見守っていた。 

風が吹き抜け赤く長い髪が空に舞う。吹き散らされた花弁に彩られた戦女神の姿はこの世のものとは思えぬほど美しく、澄み切った空色の眸には星々が映り込んでいた。

(まるで女神だ。いや事実そうなのだが)

 しばし地球人の少年は夢幻のような光景を陶然と眺めていた。

 FFの中で数週間共に過ごした間にエルストレアの存在はとてつもなく大きくなっていた。彼女の常に自分を犠牲にして他人を助ける優しさに、それでいて決して見返りを求めない気高さに、どんな苦痛にも屈しない強さに、泥と垢に塗れていてもなお輝く美しさに魅了され抜いていた。彼女と一緒に居られただけで奴隷衛星での地獄の日々を楽しかったと断言できる。想いはエルストレアが彼と隔絶した存在と知ったあとも変わっていない。

「ここからでも一番大きく見えるのは北極星ポラリスだね」

 ふいに話しかけられたが神であるエルストレアが、未熟な拳戦士ごときに気付いていないはずがないので驚きはない。

「大気があるので奴隷衛星より陰って見えるな」

 一歩一歩戦女神に歩み寄っていく。

 一瞬FFこちらへ視線を向けたあとエルストレアは身を縮こませて膝を抱いた。

「……蜂起が最高の形で成功しても惑星全土で数万人の犠牲者が出るよね」

「最初はレジスタン達は市民に一切通達せず蜂起するつもりだった。だが、君の説得で可能な限り報せることになった。当初の計画のままなら犠牲者は何十倍だっただろう。君のおかげで大勢の人間が救われたのだ」

 優しすぎる女神はこんな慰めで罪悪感を減じることはないとわかっていても、言わずにはいられない。

「あたしの意見が通ったのはFFが抜群の弁舌と理論武装でフォローしてくれたおかげだよ」

 再び星空を見上げた戦女神の表情は深い憂いを帯びており、双眸は濡れているようだ。

「……新政権が樹立されてそれが民主主義でも、旧政権の人達との間に軋轢が残っていろんな形で報復が行われるんだろうね。……それでまた大勢の人が死んじゃう」

「やむおえないだろう。すべての人間が君やティタニアのように優しいわけではない。阻止したければ君が全国民をマインドコントロールするしかない」

 こちらを向いたエルストレアの双眸が一瞬瞬いたが、すぐに顔を背け視線を彼女の足先に移した。

「それはできないよ。人族の自由意思を踏みにじったらアス・ヴァ・フォモールの神と同じ”支配”になちゃう。……”願い”はするけど”強制”はしない」

 片膝を胸に抱いたままエルストレアは地面に視線を注いでいる。

「FFはなんであたしがこんなに優しいのか、自分を犠牲にして感謝もしない他人を助けることを躊躇しないのかって訊ねたよね? ”神”っていうのは誕生した瞬間から権能や役割が決まってるんだ。あたしの使命は銀河のすべての生命を護ることだから……」

 そこで一端言葉を切りエルストレアは闊達に微笑んだ。

「っていうのは建前で困ってる人を助けたいから、助けずにはいられないから、助けたいっていう衝動が聖泉のように魂の奥底から湧き出てくるから。……神様とは思えないほど単純だよね」

 自嘲するように戦女神が頭を掻く。

 彼女は再び視線を地面に向けた。

「……あたしね、何万年も前からすべての人を幸せにしてあげたくて頑張るだけど、いつの時代に降臨してもそれができないんだ。人族よりはるかに巨大な力を持っててもできることに限界があるのは変わらないんだよ」

 こぶしを握りしめた戦女神の眸から泪が零れる。

 FFにはそれがどんな星よりも美しく見えた。

 とめどなく泪が流れていく。

 超越的な力を持った”神”であるエルストレアが無力な少女に見えた。

 強い衝動に突き動かされて彼女を抱きしめる。腕の中に少女の温もりを感じた。

「えっ、FF!?」

「ただの人間の俺が神である君を慰めようなど傲慢にもほどがあることはわかっているが、身体が勝手に動いた」

 一瞬困った顔をしたもののすぐに戦女神は地球人の少年の胸に顔を預けた。

 地獄の奴隷衛星でただの一度も弱音を吐かなかった気丈で勝気な少女が、嗚咽を隠すことなく腕の中で泣き続ける。

 再び風が吹き抜け舞い上がった花弁が二人を覆った。


 花弁がすべて地に落ちたあとエルストレアが胸から顔を放す。

 すでに涙は止まっており、向日葵のように微笑む。

「ありがと。思いっきり泣いたらすっきりした」

 FFが鼻の頭を掻く。

「俺にできるのはこれぐらいだ。少しでも力になれてよかった」

「うん。ほんとにありがと」

 見つめてくるエルストレアの双眸は激しく揺れていて、数回唇を開閉させたあとようやく言葉を紡いだ。

「FF、あたしはとてつもない力を持ってる。あんたを素粒子ひとつ残さず消滅させられる力を、星を砕ける力を。昔からあたしを崇めてる信者の中にも恐れてる人は少なくなかった。正直に答えて。あたしのこと怖い?」

 胸の前で組み合わせた指は震え、戦女神の姿は寒さに凍える子犬のようだ。

「怖くなどない!」

「どうして!?」

「君の優しさを知っているからだ! たとえ”神”であっても俺にとって君ははじめて逢ったときとなにも変わらない! 一人の少女だ!」

「FF……」

 微笑んだ少女の眸からさっきまでとは別の理由で泪が流れる。

 見つめ合う二人の姿が三つに月によって影になっていく。

 数瞬後二つの影が重なった。


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