第19話 PHASE4 レジスタンスの復活《リザレクション オブ レジスタンス)ー⑤

「FF、勝ったようですね!」

 ティタニアの口元が綻ぶ。エルストレアが根源的破滅招来体と戦っているいま、彼をフォローできるのは彼女しかいない。

 姫拳戦士の足元には十数匹の魔神の死体が転がっている。FFが倒したのと同種もいれば別種もいる。残るはあと一匹。

 眼前に立っているのは身長三メートル、上半身は肌の赤黒い額に一本の角の生えた人間、下半身は山羊で肩ではなく背中から六本の長い腕の生えた魔神。

 本来の顔だけでなく六つの掌にも目や耳などの感覚器官を持ち、高い知覚力を持っていること、浮遊戦車レビテートタンク四足戦車ウォーカー、重装歩兵で構成された一個大隊を単独で壊滅させられる戦闘力を持つことを姫拳戦士は知っていた。

(FFではとても勝てないのでわたくしの方に誘導しましたが、正直厳しいですね)

 絶命している魔神達は妖精魔法を用いて倒したので、すでに妖精孤眼は開いている。その力を今一度行使。

 空間から二体の蜻蛉ような羽根の生えた身長十五センチほどの少女――妖精フェアリー――が出現して、ティタニアの周囲を取り巻く。術者の身体能力と精神能力を上昇させる妖精魔法であり、最初に召喚したもの時間切れで妖精界に還ったので再び呼び出した。

「よろしくお願いします」

 微笑んで軽く頭を下げるティタニア。彼女の態度は従者ではなく親しい友人へのそれだ。妖精使いシャーマンにとって妖精と精霊は道具ではなく”友”なのである。

 六本腕の魔神の薄い唇が呪文を詠唱。魔神の前に開く人間サイズの魔法陣。

「っ。~~~!」

 姫拳戦士の額の妖精孤眼が光り等身大の土人形――土の精霊ノーム――を召喚。彼らが大地を操りティタニアの足元の地面が隆起して強固な防御壁を形成。

 土壁が完成するのと同時に魔神の魔法陣から爆炎が噴出。

 だが、炎は姫拳戦士の創り出した土壁ぶつかって散逸した。

(壁が邪魔で前が見えません)

 機敏な動きで土壁の前に出た。チラと見やると火炎呪文の威力を物語るように、壁の表面が大きく窪み融解していた。

「…………っ」

 かすかに背筋が寒くなる。だが、精神を引き締めて妖精魔法を紡ぐ。

 合計でニ十体近くの透明な小さな乙女――風の精霊シルフ――と、白い小さな少女――氷の精霊フラウ――が出現。

 妖精孤眼が輝くと彼女達は真空じんと氷の矢に変化。

 六本腕の魔神へ疾走。

 氷の矢と風の刃が魔神を切り裂き血飛沫が飛ぶ。一発一発が重装歩兵を一撃で倒せる威力だが、致命傷には程遠い。

 魔神は小さく呻いたが、苦痛を意に介さずすぐに新たな呪文を詠唱。しかもさきほどより早い。

「っ」

 土壁を創る呪文では間に合わないと瞬時に判断。それよりも発動の早い光の精霊の呪文を使用。召喚している二体の妖精の力も借りる。

 光の精霊の光と妖精の変化した光、二種の光を纏った拳で魔神の攻撃呪文を防御。単なる妖精使い不可能な格闘術にも長けた姫拳戦士ならではの技。

 いまの攻防でティタニアが妖精魔法に比べて格闘が苦手と見切ったのか、六本腕の魔神が雄叫びを挙げて地を蹴る。

 速度が光速に近いので身体の動きで大気が圧縮され爆発。爆音が響く。

 瞬時に妖精を元に戻し身体の周囲を旋回させる。すでにオラティオは臨界に高めているが、彼女達の助力で底上げされる。

 魔神が六本の腕で次々と繰り出す打撃を、能力以上の敏捷性と反応速度でことごとこ回避。

 魔神の最後の打撃を回避した一ミリ秒より短い刹那だが、魔神の体が流れ動きが硬直する。

 その一瞬に大きく飛び退り距離を取るティタニア。

「っ」

 視界を埋め尽くしていた魔神が小さくなっている。限界まで張り詰めていた精神をほんのわずか弛緩させた。

(このまま格闘戦に持ち込まれたら勝算は薄い)

 やはり得意の妖精魔法で斃すしかない。オラティオを昂め、精神を集中させ、妖精孤眼をさらに輝かせる。

 いかに妖精孤眼を持とうと妖精魔法は無限には使えない。暗礁宙域を突破するために光と闇の上位精霊を召喚しているので、上位精霊を呼び出せるのあと一回だろう。

 一瞬迷ったがすぐに決断を下す。戦闘において逡巡は敗北しか呼ばない。

「~~~~~」

 限界まで開いた妖精孤眼が光を放ち、可憐な唇が鈴のような声音で呪文を紡ぐ。

 姫拳戦士を中心に吹雪が舞う。氷雪は螺旋状に旋回し、寄り集まり、凝固し……、巨大な氷の狼と化す。

 氷の上位精霊、氷狼フェンリルだ。

 ティタニアの頭上で氷の咢が息を吐く。それだけで前方の大地が凍結した。

「ぐぎょっ!?」

 怯む魔神。

 微笑む少女。

「ぐぎゃぁーっ!」

 臆した自分に起こったのか六本足の魔神の蹄が地面を踏み砕く。

「ぐわっぎ!」

 光条と化す六本の腕。一本当たりの打撃はエルストレアと戦った「 未定 」より少ない。だが、腕の数が三倍なので総数はあきらかに魔神が上。

(これは回避も防御もできませんね)

 それでも少女は不敵に微笑む。

 必勝の意思を込めて魔神を指差す。

氷雪凍嵐波ダイヤモンドダスト!」

 氷狼が両眼を蒼く輝かせ雄叫びを挙げる。

 氷の巨体が凍気の濁流となって六本腕の魔神へ疾る。

 魔神を飲み込む氷の波濤。

 絶対零度に近い氷の奔流は魔神を氷像と化しただけに留まらず、吹き抜けた軌跡を数十メートルに渡って凍結させていた。

 だが、全身が氷漬けになってなお魔神は恐るべき生命力で生きている。

「…………」

 氷像に歩み寄ると姫拳戦士は弓を引き絞るように右拳を引いた。相手が人族なら心優しい少女は抵抗できない相手を攻撃できなかっただろうが、目の前で氷漬けになっているのは魔神。絶対に共存できな蛮族以上の邪悪。

「ハッ!」

 オラティオを燃焼させて渾身のけんを繰り出す。

 ティタニアのけんによって氷像と化した魔神が砕け散る。打撃の強烈さゆえに破片ひとつひとつは一ミリより小さい。

 姫拳戦士は一瞬硬かった口元を綻ばせたが、すぐに表情を引き締め星空を仰いだ。

「エルストレア様」


「でぇーい!」

 黄金と流星と化した戦女神と紅い巨星となった根源的破滅招来体が正面から激突する。

 空間を踵で削って踏み止まったエルストレアの背後でドラゴンの巨体が爆散した。

 振り返ったエルストレアはそれを確認してわずかに安堵したようだが、すぐに拳を握りしめた。

 彼女と根源的破滅招来体の戦闘の余波で、半径数十キロに渡って岩や小惑星が素粒子にまで粉砕され、”無”の空間が生まれていた。

「距離が近かったら収容所は吹っ飛んでたよ」

 激闘の結果として戦女神は身体のあちこちに軽傷を負っていた。

 チラの左斜め下を見やる。障害物が多く視認はできないもののFFとティタニアが勝利したことはわかっていた。

「二人とも大怪我していないといいけど」

 逸る気持ちに乗って戦女神が飛翔した。


 エルストレアがティタニアとFF、囚われの拳戦士達の輪の中に降り立つ。

 彼女は二人の友と抱き合いハグ互いの無事を喜び合った。

 抱擁を解いたエルストレアがすぐに深刻な顔になる。

「根源的破滅招来体と魔神に連携をさせるなんて、魔法ギアスで無理矢理服従させたとしか思えない。こんな真似は人族や蛮族にはまずできないよ。やっぱりマクベスの背後には……」

 ティタニアが背後の拳戦士達を指差す。彼らはおやつを待つ子供のような顔をしていた。

「エルストレア様、いまは彼らの呪具の解除を」

「うん。わかってる」

 拳戦士達の中へ戦女神が進み出る。

 数分後収容所に歓声が湧き起こった。

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