第18話 PHASE4 レジスタンスの復活《リザレクション オブ レジスタンス》ー④

 影を作り出した存在ものを見上げたエルストレアの、”神”である彼女の顔が強張った。驚愕と恐怖のために。

根源的破滅招来体RRIB……」

 虜囚拳戦士達が一斉に戦慄を浮かべて呻く。

 現れたのは全長二百メートルを超える巨大なドラゴンだったのだ。頭部には三対六個六本の眼と角があり、身体の各所の皮膚が硬質化変色して装飾品のようになっていた。

「あの大きさ華やかさだと確実に城主ルック級に届いています……!」

 ティタニアの声音も恐怖でしわがれていた。このクラスの根源的破滅招来体が先進惑星を丸ごと全滅させた例は枚挙にいとまがない。

「収容所(ここ)はあんなのも飼ってんの!?」

「まったく知らなかった!」「あんなのが近くに居ると知ってたら俺達はともかく看守達は発狂してる!」

 叩きつけるように訊ねた戦女神に拳戦士達も叫び返す。

「あれを見ろ!」「そんな馬鹿な! 魔神デーモンだ!」

 巨大すぎるRRIBに注意を取られ気づくのが遅れたが、ドラゴンには二十匹近くの異形の人型が随伴していた。

「あたし達夢でも見てんの……?」

 ミーナが呆然として頬を抓る。RRIBと魔神が連隊を組んで出現した。それは共和国の人族の常識を超えた事態である。

 戦女神が毅然とドラゴンを睨む。

「あたしがあいつを引き離す。ティタニアとFFは魔神をお願い」

 エルストレアは城主ルック級の根源的破滅招来体と彼女が全力で戦ったら、余波で収容所が吹き飛ぶと判断したらしい。

「承知したしました」

「任せろ」

 戦女神は一度翔び立とうとしたが思い留まり、気遣わし気な視線をFFに向けた。

「はじめての実戦だから緊張しないでって言っても無理だろうけど、気負っちゃだめだよ?」

「わかっている。君の特訓を無駄にはしない」

 まだ心配そうだったがこれ以上私情で周囲に迷惑をかけられないと、思いを振り切って戦女神が飛翔した。

 根源的破滅招来体は彼女を追って彼方に飛び去った。だが、魔神達は確実に残された者達に迫ってくる。


 FFの前方に六、七体の魔神デーモンが降りた立った。体長二メートル程の二本脚の蛸ような形状の瞼のない巨大なひとつ目の魔神、小柄な人間の男性ぐらいの身長の海老のような顔の太く短い四肢の魔神だ。

 はじめて目にした醜悪な異形に生理的嫌悪を覚え軽く吐き気を催す。

(いかん。緊張しきっている)

 肉体は強張り滑らかに動きそうになく、そのくせ膝は小刻みに震えていた。

 エルストレアの教えを思い出し薄く深い呼吸を繰り返し、ぎこちないながらもオラティを燃やす。薪が渇き切っているので着火に手こずった焚火のような燃え方だが、なんとかオラティオは燃焼し、緊張で冷え切っていた四肢に熱が戻り、筋肉の密度も増し力が漲った。

(嘔吐感が消えた)

 地獄の魔王のように見えていた魔神達が、虎ぐらいにランクダウンした。

 チラと背後の囚人棟を見やる。あの中では避難した拳戦士達が息を殺して戦いを見守っているのだろう。

(彼らを守れるのは俺だけだ!)

 熟練の格闘家のように無意識に構えを取ることはできず、意識しなければならなかったか、とにかく魔神達にこぶしを向けた。

 足元の地面が爆発し海老面の魔神の身体がかすむ。

(くる!)

 一ミリ秒の遅滞もなくオラティオによってFFの思考と反射速度が高速化。超音速で移動している海老面を補足できるようになる。

 海老面に醜悪な笑みを浮かべ小柄な魔神が太い腕を振るう。

(エルストレアとの特訓を思い出せ!)

 強く意識したこと魔神の攻撃と浮遊銃座の攻撃が重なった。自動的に……とはいかないものの身体が動き攻撃を回避。

 海老面に肉薄し鼻面に拳を叩き込む。

 背後から後続の二匹が襲いかかってくるがなんとか攻撃を凌ぐ。

 魔神どもを拳と蹴りで弾き飛ばす。

 FFが再び地面に降りた立ったとき三匹の魔神が血の海に沈んでいた。

「やった……」

 荒い息を吐く。魔神どもを倒せたことが信じられない。

 残った魔神はFFを手強しと見たようで、迂闊に近づこうとせず呪文を詠唱した。

 数発の攻撃呪文が同時に放たれた。

 すべてFFに命中。一撃で浮遊戦車を破壊できる威力だが、オラティオで強靭化された身体は持ち堪える。

(痛っ。奴隷衛星で苦痛に慣れていてよかった! エルストレアは魔法で遠距離攻撃してくる相手との肉弾戦は避けろと言っていた。俺は格闘よりこちらの方が適性があるとも!)

 魔神達の一挙手一投足に注意したまま精神を集中させ、オラティオを別の力・・・に変換。

「はっ!」

 両の掌底を海老面の魔神にかざす。

 念動力サイコキネシスによって三匹の海老面魔神が浮かび上がる。

「うおおぉぉっ!」

 魔神を捕らえたまま投げつけるように大きく身体を動かし、彼らを囚人棟に叩きつける。

 魔神達は棟の鋼鉄の突起物にモズの早贄ように貫かれた。

 超能力サイキックを行使したことで鉛の服を着せられたような疲労を覚えたが、まだ気を緩めるわけにはいかない。

 魔神エネミーはあと一匹残っていた。三メートルを超える直立したドラゴンのような姿をしており、鋭い犬歯の覗く口は熱い息を吐き、体表を覆うぶ厚い鱗は熱線銃も跳ね返しそうだ。

(……っ。他の六匹より手強い)

 あの口の形状でなぜそんなことができるのか不可解だが、竜型の魔神が明瞭な発音で呪文を紡ぐ。

 魔神の前面に小さな魔法陣が次々と展開し、そこから魔法の矢マジックボルトが放たれる。

 咄嗟に両腕を交差させて顔を庇うFF。

 腕に衝撃と痛みが連続。

 わずかな間視界が奪われ、次の刹那延髄が疼く。

 腕の交差を解くと鈍く光る鍵爪が迫っている。

「うわあぁぁっ!」

 以前なら確実に引き裂かれていただろう。しかし、数週間の特訓は無駄ではなく、条件反射で叩きこまれた技術が発動。バック中して回避した。

「っ」

 魔神と距離が取れてから身体を見下ろすと、胸に三筋の紅い線が刻まれていた。

(あと一cm前にいたら……)

 背筋を冷たいものが走り再び膝が震えはじめる。

(エルストレア! 俺に力を貸してくれ!)

 まだ震えはとまらないものの冷静に眼前の魔神を観察する。

(あいつは魔法の攻撃を囮にして俺の視界を奪い、本命を叩き込んできた。明確な知性があり、戦い慣れているということだ。だが知略では負けん!)

 書物やネットで得た武術と戦闘の知識、映画やコミックなどで知った戦いのノウハウ……。すべてを駆使しして戦力を組み立てた。

「よし!」

 右拳を前に突き出し逆にした左拳を腰の脇に添える。FFが必殺拳を放つためのオラティオの練り上げるための動作だ。

(エルストレアとティタニアは熟練すれば、どんな状態でも戦いながらでも瞬時にできると言っていたが、俺にはまだそんな器用なことはできん。外せば次はない)

 必勝の決意を込めて魔神を睨む。

 睨み返されたので二つの視線が中間で激突。

 挑発とも取れる互いの態度に両者の戦意が臨戦に昂まる。

「っ」

 魔神が呪文を詠唱し前面に大きな魔法陣が展開。

「先手必勝!」

 地を蹴るFF。視界でぐんぐん魔神が大きくなってくる。

 魔法陣から宇宙戦闘機も焼き尽くしそうな爆炎が吹きつける。

 両手で顔を庇うが今度は視線を外さない。魔神をしっかりと凝視している。

 そして二分化した思考の片方で同時に他のことを考えている。高度な知能を持つ者だけが可能な並列思考。

 彼我の距離はもう手を伸ばせば届く。視界を丸太のような腕を振り上げたドラゴン型の魔神が埋め尽くしている。

 視界が暗転。

 次の瞬間背鰭が並び鱗で覆われた背中が見えた。

念透撃テレキネルトランスパーレント!」

 PSYエネルギーで守られた拳が強固な体皮を貫き心臓を破壊。

 FFは魔神に真っ向勝負と思いこませて直前でテレポートし、背後から急襲したのである。

 大半の人族をはるかに凌ぐ戦闘力を持つ魔神もこれには耐えられず、絶叫と共に大量に吐血し絶命した。

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」

 魔神が間違いなく死んでいると確信した瞬間、FFがその場にへたり込む。

 戦闘中は治まっていた、いや感じる余裕のなかった恐怖が蘇ってきて、身体の震えを止められない。

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……。……っ?」

 風景の見え方がおかしい。ずれて二重に見えている。

 右手で顔を探ったFFは愕然とした。

「眼鏡を外すのを忘れていた。顔面に直撃を受けていたら失明していたかもしれん」

 そのことがひどくおかしくて地球人の少年は狂ったように笑い出した

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