第17話 PHASE4 レジスタンスの復活《リザレクション オブ レジスタンス》ー③

再び戦女神に出番が訪れた。蜂起の成功と対蛮族戦線の維持を確実にするためには、上級ならば一人が宇宙戦艦一隻にも匹敵する戦闘力を持った拳戦士達を解放しなければならない。

 彼らが暗唱宙域の小惑星にある収容所に幽閉されているのはわかっていた。


 エルストレア達のアジトであるログハウスの前に一隻の宇宙船が着陸している。レジスタンスから提供された軍用の宇宙戦闘機スペースファイター並の運動性と武装を備えた快速船だ。

 ティタニアが宇宙船の屋根の上で刷毛で装甲になにかを描いていて、エルストレアとFFは地上からその作業を眺めていた。

「……直接テレポートで収容所に乗り込めればいいんだけど」

 悔し気に戦女神が唇を噛む。

「テレポートで侵入すれば収容所が爆破されるように魔法防御が施されているのだろう?」

 FFが隣に立つエルストレアに伺うような視線を向けた。

「うん。あたし一人なら宇宙を翔んで行くこともできるんだけど、その場合も爆破されるようにセットされてるんだ。……そんなことになったらオラティオを封じられてる拳戦士の人は一溜りもないよ」

 やれやれというようにFFが肩を竦める。

「それでは地道に宇宙船で乗り込むしかないな。……それにしても念の入った計画だ」

「あきらかに超越的な力を持った存在を相手にすることを前提にしてる。やっぱりマクベスのバックには……」

 話している間に作業が終わりティタニアが降りてくる。顔や髪が染料で汚れているが気にしている様子はなく、額の汗を拭う。

「準備が終わりました。参りましょう」


 エルストレア達を乗せた宇宙船が暗唱宙域近くに到着した。ここまでは自動操縦 《オートパイロット》だったが、これからさきはそうはいかないのでティタニアが操縦席に座った。

「たしかにかなり密度の高い暗唱宙域だね」

 神としての超感覚で当該空間を探っていたエルストレアが顔を顰めた。

「この宙域では太古より事故が絶えず、よほど凄腕のパイロット以外は度胸試しチキンランも行おうとしません」

 ティタニアが操縦席からエルストレアを見上げる。操縦席は直径二メートル強の球体の中に浮かんでおり、有事の際には球体の内面全体に船外の風景が投影されるのだ。

 まだ外殻は透明なのでそこに腕をかけたFFがティタニアを覗き込む。

「本当に大丈夫なのか? レジスタンスからベテランのパイロットを派遣してもらった方がよくないか?」

 奴隷衛星からは本星へはエルストレアのテレポートで直接移動したので、彼はティタニアの操縦技術を知らない。

 負けじ魂を刺激されたらしくティタニアがFFに不敵な表情を向ける。

「ご心配には及びません。拳戦士は全員が一流のパイロットでもあります」

 完全に納得していないようだが小さく嘆息し肩を竦めると、FFが操縦席の右後方の席に座る。左の席にはすでにエルストレアが着いていた。

「シートベルトで厳重に身体を固定してください。……参ります」

 ティタニアが操縦桿を倒し足元のペダルを踏むと、機体後方のメインスラスターが点火され、宇宙船が暗唱宙域に進んで行く。まだ慣性は制御装置で充分打ち消せる程度なのでGはまったく感じない。

 暗唱宙域も外縁部は浮遊物の密度が比較的薄いので、それらを回避するために急激な機動をする必要もなく、宇宙船は危なげなく飛行を続ける。

「なんだ、これなら……」

 一端緊張を解いたFFがすぐに凍りつく。

 進みにつれて加速度的に小惑星や岩の密度が増していくのだ。宇宙船の速度はマッハ二十以上なので、ぶつかれば小さな岩でも破壊力は想像を絶する。

 操縦席を覆う外殻は黒く変色し内面には船外の状況が映し出されている。操縦桿を握るティタニアの表情も引き締まっており、彼女はオラティオの燃焼させて思考神経伝達速度を光速近くまで高めていた。拳戦士が操縦技術そのものは本職のパイロットに劣っても、総合力では勝るのはこの能力ゆえだ。

「っ」

 姫拳戦士の操縦桿を動かす速度とペダルを踏む回数が増え、宇宙船の起動が激しくなる。

 慣性は装置で消滅させられるレベルを超えているのでベルトが身体に食い込んだFFが呻く。共和国の住人と違い地球人である彼はこうした経験が皆無なので、恐怖が大きいらしく、顔面は蒼白で歯もカチカチと鳴っていた。

 席を立ったエルストレアが歩み寄り、FFの手に彼女の手を重ねた。

「すっ、座って……いろっ。壁に叩きつけられてっ、大ケガ……するぞ」

「あたしは神だからこの船が爆発して宇宙に投げ出されても平気だよ」

「そっ、そう……だった」

 戦女神が手を握る力を強める。

「ティタニアを信頼してあげないとかわいそうだよ」

 無言だったがFFの震えはわずかに弱まった。

 ティタニアは汗塗れの顔で宇宙船を操っていたが、拳戦士としての勘がなにかを感じ取り延髄が疼いた。

 次の瞬間機体が激しく揺れ、コクピットに赤い光が差し、サイレンが響く。

「っ」

 姫拳戦士が一瞥を投げかけると新たなミニウィンドウが開いていた。

「迎撃ドローンと衛星……!」

 もともと緊張で強張っていたティタニアの顔がさらに険しくなる。収容所の防衛圏内に入ったのだ。ドローンは小型で無人なので彼女の宇宙船よりはるかに機敏で、第一自壊を恐れる必要がない。衛星はAIによる超精密射撃で遠距離から狙ってくる。

「わたくしは負けるわけにはいかないのです!」

 常人ならかすんで見えるほどの速度で操縦桿を動かしペダルを踏む。それによって宇宙船はメインスラスターの出力の強弱、機体各部のアポジモーターの噴射、装置による重力慣性制御、火器による迎撃、シールドでの受け流し……。

 あらゆるテクニックを駆使して障害物と攻撃の隙間を縫うようにして宇宙船は飛翔した。

「っ!」

 宇宙船の前方に一際巨大な岩石が出現した。運悪くこの岩石の移動コースと機体の進路が重なったのだ。

「ハッ!」

 気合の吐気と共に全力で操縦桿を引く。宇宙船は垂直に跳ね上がり、下面シールドが岩の表面を削ったものの辛うじて回避した。

 安堵のため一瞬精神が弛緩する。だが、状況はそれさえ許してくれず衝撃が連続する。ドロイドと衛星の攻撃が命中したのだ。

「くっ」

 唇を噛みながら全周モニターを睨むと、右斜め前方に竜巻のような螺旋状の障害物の流れがあった。

「これです!」

 宇宙船を螺旋の中心に飛びこませ障害物を盾にして攻撃を防ぐ。

 宇宙船の揺れは制御装置で抑えられる範囲を遥かに超え、限界を超えたFFが嘔吐した。

 身体が吐瀉物で汚れてもエルストレアはいやな顔ひとつせず、FFの頭を赤子を抱く母親のように抱きしめていた。

 奇策によってなんと凌いだもののすでに限界で、ミニウィンドウはあと一撃でシールドが消滅することを示していた。

 だが、姫拳戦士は口元に不敵な笑みを刻んだ。額の妖精孤眼フェアリーズアイ開き低い声で呪文を唱える。それによって機体全面に彼女が描いた魔術模様が発光して妖精魔法フェアリーテェイマー起動した。

 召喚された巨大な光の女王と闇の鳥――光と闇の上位精霊――が宇宙船を覆う。科学的なシールドより強力な障壁に護られた機体は、速度と機動性も飛躍的に増大し、宇宙船自体に精霊が宿ったことで追従性と反応速度も格段に上昇した。

「これで宇宙船はわたくしの肉体です!」

 精霊の光を纏った機体が流星と化し暗唱宙域を切り裂く!


 光と闇の精霊を宿した宇宙船は流星、いや隕石となって収容所の中央に突き刺さった。妖精魔法で護られていなければ木っ端微塵になっていただろうが、なんとか爆発は免れた。

 エルストレア達が機体を突き破って飛び出てきた。咄嗟に戦女神が庇ったのでティタニアとFFも無傷である。

「奴隷衛星よりずっと環境いいじゃん」

 周りをきょろきょろと見渡したエルストレアがちょっと羨ましそうな表情を浮かべた。

 収容所は直径数キロの小惑星上に建てられ、周囲を監視ドローンが飛び回っているのは奴隷衛星と同じだが、収容者の住居らしい建物は清潔でグラウンドには花壇や木立もあった。

 FFもまだ蒼白で足元もふらついているが周囲へ視線を飛ばしている。

「やはり呪具でオラティオ封じられているようだな」

 エルストレア達に近づこうと人族の看守や警備ドロイドと揉み合っている男女は全員が、ティタニアと同じ黒い皮ベルトを巻きつけられていた。人数は五十人ほどで身体は清潔であり、苦役を強いられている様子はない。

「同じ囚人でもなんでこんなにあたしと待遇違うの!?」

 戦女神が不満げに唇を尖らせた。

「彼らを懐柔するためでしょう。恭順させられれば貴重な戦力になりますから」

 拳戦士達が健康で解放すればすぐに戦えそうなことにティタニアは安堵しているようだ。

「ティタニアだ!」「あたし達を助けに来てくれたの!?」

 ティタニアの顔見知りらしい数人が声をかけてきた。

「クラフ! ミーナ! そうです! 貴方方を解放しに参りました!」

 ワッと囚われの拳戦士達が歓声を挙げる。

「そうはさせるか!」

 

 看守とドロイドが一斉に熱線銃射ち、囚人棟の影から浮遊戦車レビテートタンク浮かび上がる。しかし、そんなものは戦女神達の敵ではなく、文字通り指先ひとつで撃破された。


「ティタニア、来てくれるって信じてた!」

 最初に声をかけてきたミーナという女拳戦士がティタニアに飛びつき、他の者も駆け寄ってきた。

「助けに来てくれたのに悪いがこの呪具はそう簡単には外せん。ましてこの人数では……」

 先頭のリーダーらしい壮年の拳戦士は不安げだ。

「だいじょーぶ! あたしに任せて!」

 エルストレアが豊かな胸をドンと叩き、それによって巨乳が毬のように弾む。

「君は?」

 リーダーに応えようとした戦女神の笑顔がふいに凍りつく。

 次の瞬間空間を鳴動させるような雄叫び――周囲は真空の宇宙なのにたしかに聴こえた――が轟き、実際にそれだけで収容所衛星の外周が砕け、グラウンドに巨大な影が差した。

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