第16話 PHASE4 レジスタンスの復活《リザレクション オブ レジスタンス》ー②

翌日ティタニア達はレジスタンスから提供された宇宙船でハッカーのもとへ向かった。彼はアル・カートラス星で一番小さく未開発の大陸のさらに辺境に住んでいた。

 三人とものちに首都の公園に立つときと同じ服装だ。 


「ここに件の人物がおられるのですね」

 ティタニアが眼前の建物を見やって表情を引き締めた。

 前に建っているのは廃材を寄せ集めたバラックだ。周囲はゴミ捨て場で生ごみから金属ゴミまであらゆるもの――地球と違い処理施設の炎が高音なので可燃物不燃物を分別する必要がない――捨てられており、ストリートキッズがそれらを漁っている。

「気難しい人なんだよね」

 常に楽観的なエルストレアも右手を顎に当て難しい表情だ。

「…………」

 FFはゴミ捨て場に入ってから無言無表情を貫いていた。

「参りましょう」

 普段は積極的に他の二人を主導しようとしないティタニアが、珍しく先頭に立ったのは決意の固さをゆえだ。

 どこからか拾ってきたらしい立て付けの悪いドアを開く。

 中に入ったティタニアは圧倒された。バラック内はコンピューター関連の機器と機材で埋め尽くされており、まるで電子の要塞だ。

「誰じゃ?」

 しわがれた声がして奥から一人のスクィーラルの男がマグカップ片手に出てきた。

「ミデニックさんですか?」

「そうじゃ」

 憮然とした顔の男はこの種族でも一際小柄で身長は八十cmぐらいしかなく、かなりの高齢のようで全身の体毛は灰色の染まっている。だが、耳は長く両のこめかみにソケットがあった。

 ミデニックがぎょろりとティタニアを睨む。

「どうせレジスタンスじゃろ?」

「はい。話が早くて助かります。お願いです! この星を救うため貴方の力をお貸しください!」

 誠意を示すため腰を九十度以上に折ったので、頭部が小柄なスクィーラルより下になり、ボロボロのスリッパを履いた彼の足しか見えない。

「お願いします!」

 エルストレアも勢いよく腰を九十度以上に折り、FFも同じ角度まで上体を曲げたが無表情で目は冷ややかだった。

「帰れ。わしは協力するつもりはない」

「どうしてよ! 大勢の人が苦しんでておじいちゃんにはその人達を助ける力があるんだよ! 爆弾も埋め込まれてないんでしょ!?」

 正義感に燃えた戦女神が詰め寄ったが老ハッカーは鼻を鳴らす。

「人族に助ける価値がないからじゃ! 元老院は憲法では人権を唄いながら、補給が滞って戦線が崩壊する……、自分達の身に危険が及ぶのを恐れてこの星を助けようとせん! 金で懐柔された近隣惑星もそうじゃ! わしはハッキングして奴隷衛星を見ていたが監督官達は蛮族以下のクズじゃった! こんな生命体は滅びてしまえばいいんじゃ!」

 一気にそこまで言って息が切れたミデニックがごほごほと咳き込む。

「大丈夫ですか?」

 ティタニアがミデニックを助けて傍にあった安楽椅子に座らせようとしたが、老ハッカーは彼女の手を振り払って自分で腰を降ろした。

「だからって……」

 反発はしているものの散々人族の醜さ卑劣さを見てきたし、元老院の態度に義憤を覚えているのは同じなので、エルストレアも強く言い返せないようだ。……ミデニックをマインドコントロールしようとまったく思わないところがこの女神らしい。

 ようやき咳の収まったミデニックがティタニアにひらひらと手を振る。

「帰れ」

「……ミデニック殿。貴男は記憶共有シェアメモリーという妖精魔法フェアリーティマーをご存知ですか」

 問いの意図がわからないらしくスクィーラルのハッカーは、一瞬怪訝そうに目を細めたもののすぐに頷いた。

「知っておる。精神スピリッツ精霊エレメンタルを呼び出して、自分の記憶を他人に見せる呪文じゃ」

「ご存知なら話が早い。わたくしの奴隷衛星での経験をご覧にいただきたいのです」

「いいのか? お主のプライバシーを侵すことになるぞ?」

 そうした理由からこの呪文を使う者は少ない。

「かまいません」

 ティタニアの態度に誠意を感じたようでミデニックは双眸を閉じ呪文を受けいれる姿勢を作った。

「観せてみろ。どうせろくなもんじゃなかろうが」

 ティタニアに呼び出された精霊が彼女と老スクィーラルの精神を繋ぐ。

 数分すると憮然としていたミデニックの顔がじょじょに和らいでいき眉間の皺が消えた。さらに映像が進むと彼は両手で椅子の縁を掴み、掴んだまま拳を震わせ、最後には落涙した。

「…………」

 瞼を開いたミデニックが涙で濡れた目をエルストレアへ向けた。

「……いまの人族は自分のことしか考えていない連中ばかりだと思っていたが、おまえさんんのように献身と自己犠牲精神を持った者もいるんのじゃな」

 それまで人族の利己主義エゴイズムへ絶望と、人生の疲労から諦観していたスクィーラルの顔にはじめて好々爺とい笑みが浮かぶ。

 二人の少女が一瞬顔を見合わせたあとミデニックへ向き直り瞳を輝かせる。

「それでは!」「それじゃ!」

「ああっ、レジスタンスに協力してやる」

 ティタニアとエルストレアが再び顔を見合せたあと手を取り合い跳び上がる。常に上品な姫拳戦士も普通の少女のようにはしゃいでいた。

「ありがとうございます!」

 善は急げとばかりに早速ミデニックが両こめかみのソケットにケーブルを繋ぐ。キーボードへ指を走らせようとしたが……。

「ゴホッ、ゴホッ、カハッ!」

 口を押えたスクィラールの毛に覆われた手は赤く染まっていた。

「ミデニック殿!?」

 ティタニアが慌てて駆け寄り、老スクィーラルの背を擦る。

「……心配するな、協力を果たすまでは死なん」

「ですがその吐血量は尋常ではありません!」

「フフッ。同じアル・カートラス人の苦境を見て見ぬふりしていたという点ではわしも同罪じゃ。天罰で身体は悪性の病巣でぼろぼろなのじゃ」

 ティタニアが背後に立つエルストレアと視線を交わす。

「あたしか……じゃなくて治癒呪文すごく得意なんだ! いま直してあげるよ!」

 戦女神が構えた手から”力”を放とうとしたが、老スクィーラルがその手を掴む。

「これは受けねばならん罰じゃ。それにいま病気を完治させてもらってもどうせわしの年では、あと数年も生きられん」

「…………っ」

 さすがの戦女神も人族を若返らせることはできない。

「でも……」

「気にするな。人生の最後で美少女の裸体(いいもの)も見せてもらった」

 さらになにかを言おうとしたエルストレアの肩へティタニアが手を置く。嘆願する表情で振り返った彼女へ首を振る。隣でFFも同じことをしていた。

 してあげられることはなくこれ以上の過干渉はミデニックの覚悟への侮辱だと悟ったエルストレアが立ち上がる。双眸には涙が満ちていた。

「ありがとう」

 コンピューターへ向き直ったミデニックがキーボードへ指を伸ばす。その顔は”戦士”そのものだ。

「さあーっ! 天才ハッカーミデニック最後の大仕事じゃ!」




 スクィーラル史上最高の天才ハッカーの名は伊達ではなく、中央コンピューターをハッキングして惑星全土の軍事工場や宇宙港、宇宙船の爆破プログラムの解除から、他惑星のコンピューター内の前線への物資供給のためのプログラムをデリートするためのコードの消去、アル・カートラス星全域の軍事警備ドロイドの掌握、さらに政府に察知されず連絡を取るためと極秘回線の構築までしてくれた。しかも政府に一切知られることなく。

 それによってアル・カートラス星全土、惑星外にまで散逸していたレジスタンスのメンバーは再集合し再び組織だった行動もできるようになった。

 ミデニックはアル・カートラス星内外のコンピューターから近隣惑星の政治家や政党、資本家や大企業のマクベスと癒着しての汚職の証拠も見つけてくれていたので、その事実を共和国中央裁判所へ告発しない見返りとして彼らの協力も取り付けた。マクベス政権を打倒しても対蛮族戦線への影響は最小限に留める準備ができたのである。

 もちろんここまで計画を整えるためには数週間に渡る大勢のレジスタンスメンバーの身命を賭した努力と犠牲があった。

 だが、エルストレア達はマクベスの背後には混沌神がいるらしいことはレジスタンスに伏せた。彼らの戦意を砕きかねないからであり、また伝えても彼らにはどうしようもないことだからだ。

 そして心優しい戦女神は生じた時間を決して無為に過ごしてはいなかった。


 ミデニックが住んでいたスラム街の外れに質素なテントが建っており、そこへ長い列が続いていた。

「はい、次の人」

 顔を仮面で隠しベールを被った女性がテントの外を声をかけた。

 骨と皮ばかりに痩せこけ肌もどす黒く萎び、右腕は肘から欠損した男性が左足を引きずりながらテントの中へ入ってくる。彼と入れ違いに人間の中年の女性が溌溂とした足取りで出ていく。彼女はここへ入ってくるときは男性と同じ、いやもっと酷い状態だったのだ。

「おっ、おね……がい……します……」

 仮面の女性の前の椅子に座った男性が懐疑的な視線を彼女に向ける。

「任せて!」

 侮辱とも取れる態度を気にした風もなく仮面の女性が親指を立てた。

 女性は男性の額に手をかざすと低く呪文を唱えた。

 掌が暖色系に輝いて柔らかい光が男性を包み、彼の萎びていた皮膚に張りが戻り赤みが差す。それだけではなく捻じ曲がっていた左足首が真っ直ぐになり、欠損していた右腕さえ健常に再生した。

「おおっ」

 男性の驚愕の声にも張りが戻っていた。

「なんとすばらしい奇跡だ! 貴女はきっと高位の僧侶プリースト様なのでしょう!」

 仮面でわからないものの女性は微笑んだようだ。

 地球よりはるかに医学と科学の発達した共和国では癌もAIDSもエボラ出血もはるか昔に克服されており、ちょっと重い病気、地球人の感覚でいえば梅毒や結核のようなものだ。事故などで四肢を失ってもすぐに生身の手足と寸分変わらぬ機能を持った義肢をつけられる。裕福な者なら再生医療か魔法で生身・・の手足も取り戻せる。

 しかし、そうできない者達もいる。貧しき者達だ。どんなに科学が発達しても貧困は根絶できなかったのだ。

 男性は再び窺うような視線を女性に向けた。

「あのお礼は……」

「気にしないで。あんたが幸せになって、周りの人も幸せにしてくれるのがなによりのお礼だよ!」

 何度も頭を下げて男性が出ていく。

「はい。つっ……」

 仮面の女性が大きくよろめき座っていた椅子から落ちそうになる。それまで背後に無言で彫像のように控えていた男性がすかさず支えた。

「エルストレア。もう限界だ。神といえど力は無限ではないのだろう。ここまでにしよう」

 男性の手に掴まって身を支えながらもエルストレアは毅然と彼を見やった。

「FF。外で待ってる人達の苦しみはこんなもんじゃないよ」

「しかし……」

 安心させるようにFFの腕を掌でぽんぽんと叩くと、エルストレアは椅子に座り直した。

「次の人!」

 憔悴を感じさせない闊達な声だった。


 その後も戦女神は時間の許す限りアル・カートラス星各地をまわり病んだ人々を癒し続けた。だが、彼女への感謝やツゥアハー・デ・ダナンの神々への信仰は決して求めなかった。正体も明かさなかった。

 それでもエルストレアの献身は独裁で荒んでいたアル・カートラス星の住民の心をたしかに変えていった。

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