第15話 PHASE4 レイジスタンスの復活《リザレクション オブ レジスタンス》ー①


 数日後エルストレア達は彼女達の訪れた図書館と劇場のある都市と、同じ大陸の森林地帯に移動していた。アジトには廃棄されていたログハウスを選んだ。FFは都市内の方が利便性が高いと主張したが、無辜の市民に迷惑をかけられないというエルストレアとティタニアの意見でここになった。

 他に手段がないのでレジスタンスに連絡を取るために、苦渋の決断で隠語でホロネットに情報もアップした。

 連絡を待つ時間にさらなる情報収集と、FFを拳戦士フィスターにするための修行も行われている。


 結跏趺坐した上半身裸のFFが両眼を閉じている。その態勢で宙に浮かんでおり、彼にに浮かべさせられた岩や切り株も周囲に浮遊していた。極度の精神集中によって眉間には深い皺が寄り額にも汗の粒が浮かんでいる。体内でオラティオが燃焼しているため身体からかすみのようなオーラが立ち昇っていた。

 FFが目を開けるのと同時に浮かんでいた切り株と岩が地面に落ち、彼自身も地に降り立った。

 間髪入れず駆け出す。大きな石や太い木の根が網のように張った悪路を人間イノセントの限界を超えた速度で走り抜け、何メートルもある亀裂を跳び越す。

 辿り着いた空き地では数台の練習用浮遊銃座が待ち受けており、一斉にFFに光条レーザー放つ。

 彼は光弾を見切りオラティオで鋼の硬度になった四肢で迎撃した。

 修行は休みなしで何時間も続き森林に地球人の少年と汗と血が飛び散った。


 同時刻エルストレアも結跏趺坐して浮遊していた。下半身はホットパンツを履いているが、上半身はタンクトップを脱いでビキニブラだ。宇宙全体のオラティオの流れとコスモサイドとカオスサイドの比率を探るため、欠落した記憶を呼び覚ますため、天界の主神オデュゼィンと交信するため……、求めるものは多い。

 かなり集中しているらしく戦女神の眉間にも皺が寄り額には汗が浮かんでいた。

 柳眉が痙攣するように動く。FFが怪我をしたのを察知したのだ。集中していても意識の一部を割いて常に彼を見守っている。

「っ」

 想い人の苦痛を思ってかすかに胸が痛み唇から短い吐息が零れた。結局FFの熱意と誠意に負けて拳戦士になるための指導をしている。

「……FF……ありがとう……」

 彼と一緒に居られるの嬉しくて無意識に口元が綻んでしまう。

「……アス・ヴァ・フォモールからすべての人族ひとを護らなきゃいけないのに……。……これじゃ戦女神失格だよ……」

 すべての人族ひとを悪から護って幸せにしてあげたいのに、大好きな少年一人護れない危険から遠ざけられない。すべての人族ひとに公平平等でなければならないのに、私情から特定の個人を偏愛してしまっている。戦女神は自分の弱さ・・が情けなかった。

「一刻も早くこの星の人達だけでも助けなきゃ」

 意識の一部を切り取ってアル・カートラス星全体に拡散させた。

 星中の独裁に苦しんでいる民衆の悲鳴と苦痛が一斉に流入してきて、胸を絞めつけられたエルストレアの瞳から一筋の涙が零れた。

「待っててね。すぐ助けるから!」

 戦女神は固く唇を噛みしめた。


 同時刻ティタニアはログハウスでホロネットを凝視していた。アップした隠語に反応があるのを待っているのだ。暗号をすでに政府に知られているのではと危惧していたが、幸いまだ察知されていなかったらしく、この場所も気付かれていないようだ。

 ホロ画像を見つめていた姫拳戦士の真珠色の瞳が瞬く。

 もうすぐ食事の時間であることに気が付いたのだ。二人の仲間も戻ってくるだろう。FFもある程度家事ができたが――エルストレアはまったくできない――、一番得意なのは彼女なので担当しているのだ。

 もちろんそれ以外の時間はホロネットに張り付いていた。

 やはり気分転換できるのは嬉しいようで、ティタニアは表情を緩め立ち上がった。




 十日後エルストレア達はログハウスで食事中だった。

 三人で木製のテーブルを囲み、香ばしい匂いと湯気の立ち昇る料理に舌鼓を打っていた。

「なぜ食べないのだ?」

 肉を口に運んでいたフォークを止め、FFがそれでエルストレアを指す。

「わたくしも気になっていました。もう十日もなにも食されていないではありませんか」

 ティタニアも食事の手を休め戦女神を見やった。

「”神”は生命維持のために栄養を摂取する必要はないが、味や食感を楽しむために食事と飲酒はするのだろう?」

「毎日結跏趺坐して努力しておられます。食事をすればわずかでも気分転換になるのではありませんか?」

 二人の友の気遣いにエルストレアが苦笑して頭を掻く。

「ありがと。でもどうしても食べる気になれなくてさ」

 FFとティタニアは視線を交わすと同時にエルストレアを見やった。

「なぜだ?」

「うん。あたしが直接的に戦闘力を行使すればいますぐにでもマクベス政権を打倒できるかもしれない。少なくともいくばくかの人は確実に救える。それなのにあたしは自分の正義感と倫理観に自縄自縛されてそれができない。そのせいで苦しんでる人達に申し訳なくてさ。せめて食事を絶ってるんだよ」

 戦女神が罪悪感に塗れた顔で舌を出す。

 彼女の優しさと自罰する姿勢に感動した仲間達の瞳が潤む。

「君が即座に実力行使できないのは君が自縄自縛しているだけではなく、迂闊な行動を取れば前線への補給が停滞するからだ」

「貴女様は劇でも他の女神と違いご自分を着飾ることにまったく興味を示さず、部下に贅沢をさせてもご自分は常に質素でしたね」

「あっ、でも二人が遠慮することないよ! どんどん食べて!」

 ティタニアとFFの手が止まっていることに気付いたエルストレアが慌てて掌を振った。

 一瞬躊躇したものの食べないと有事の際力を出せないと思ったらしく、地球人の少年と姫拳戦士は食事を再開した。

 しばらく食事を続けたが沈痛な空気がテーブルを支配した。

 少しでもその空気を変えたくてFFが口を開く。

「アル・カートラス星や天の川銀河全体のカオスサイドの力はどうなのだ」

「前にあたしが降臨したときより確実に強くなってる。特にアル・カートラス星、首都の勢いはあたしでも鳥肌が立つほどだよ。これだけの濃度は蛮族じゃまず出せない。混沌神が降臨してるのは間違いないと思う」

 険しい顔でエルストレアが腕を組む。

「そうか……。俺にはまだそういうことはわからんが」

 藪蛇だったことでFFが嘆息した。

「天界と交信されようとしておられたのですよね。オデュゼィン様と会話(コンタクト)はできたのですか?」

「ダメ。オデュゼィン様は神鋼結界アイヴェスを張るって言ってたから。あれを展開してる間は外から連絡が取れないんだよ。それにあたし以外の神は容易に現世銀河に降臨できないから援軍も期待できないしね」

「……っ。……そうですか」

 ティタニアも嘆息して視線を食べかけの料理へ落とす。

 十数分して食べ終わったがエルストレアに気を使って、FFとティアタニアは味がよくわからなかったようだ。

「FFは修行で疲れているでしょう。後片付けはわたくしにお任せを」

 立ち上がったティタニアが右手に自分のトレイを持ちながら、FFのトレイにも手を伸ばす。

「頼む。……どうした!?」

 トレイに伸ばした姫拳戦士の手が凍りつき、戦女神もわずかに腰を浮かせた。

「エルストレア様」

「わかってる。すでに意識を飛ばしたけど敵意は持ってない。たぶんレジスタンスだよ」

 待ち望んでいた到来にティタニアの顔に喜色が浮かぶ。

「ああっ、そうか。ここを中心に半径三キロに探知の結界を展開していたのだな」

 FFも納得したようで首肯した。

「ティタニア、FF、あたしのことは」

「わかっております」「わかってる」

 三人は視線を交わし頷き合った。


 その後三人は――お茶と軽食の用意をしたうえで――来訪者を迎えるためログハウスの前に出た。

 数分して数人乗りの小型宇宙船が上空に現れた。アル・カートラス星の中流家庭がよく所有しているタイプで中古船らしく薄汚れており、光学迷彩ステルスなどはしていない。

「乗ってる人そうとう緊張してるよ」

 宇宙船の直上にホロが浮かぶ。

「レスタンスの暗号コードです」

 ティタニアも情報端末から同じホロを頭上に投影した。

 確認を終えたらしく宇宙船がエルストレア達の眼前に着陸する。

 タラップが伸び人間で壮年の男が二人降りてきた。一人はちょび髭を生やしもう片方は禿頭だ。

 彼らのティテニアを観る目は決して好意的ではない。

「その二人は?」

 ちょび髭がじろりとエルストレアとFFを睨む。

「奴隷衛星で出逢った仲間……、いえです。衛星から脱出できたのもこの方達のおかげです。お二人とも拳戦士・・・です」

 すべての人族ヒューマンがティタニアとFFのように高潔で心優しいわけではなく、”神”に取り入って富と権力を得ようとする者も多い。それをよく知るエルストレアは――そういう者達を傷つけないためにも――自らの正体を秘するよう頼んだのである。

「おまえを衛星から救出しようとして十人近くが死んだ」

 ふんと鼻を鳴らし禿頭が吐き捨てた。

「ちょっと」

 友人に失礼な態度を取られたエルストレアが唇を尖らせて一歩踏み出したが、ティタニアは彼女の腕で制し首を振った。

「中へ。ささやかですが飲み物を用意しています」

 ログハウスに入っても二人の態度は変わらず、ティタニアへは敵意の、他の二人には猜疑の視線を向けていた。

 ソファに座りティカップを口へ運びながらちょび髭がティタニアをぎろりと睨む。

「おまえは呪具でオラティオを封印されていたはずだが。どうやって解呪したんだ?」

「エルストレアさんとFFさんがその技術に長けていて解除していただいたのです」

 二人のレジスタンスが顔を見合わせる。疑っているのはあきらかだ。

「そいつをそのでたらしこんだんじゃないのか?」

 禿頭がFFへ鼻を鳴らす。どうやらティタニア達への敵意と猜疑は彼の方が強いらしい。

「っ」

 友達思いの戦女神が顔色を変えて尻を浮かせたが、FFが彼女の膝を掴んで止め、ティタニアも目配せで抑えた。

 さすがにこれは度が過ぎたと思ったようでちょび髭が相棒をたしなめる。

「それで……」

 二人のレジスタンスの話を要約するとこうだった。マクベスはアル・カートラス星のほとんどの国民に憎まれており、彼自身猜疑心の強い男でもあるので人族を信用しておらず、体制維持のための警備にはほとんどドロイドを使っている――これはエルストレアとFFもすでにティタニアから聞き、直接目にしたことだ――。惑星の防衛のための宇宙艦隊と前線への補給船もAI制御の船が多い。これは逆の言い方をすればそれらを統制する首都にある中央コンピューターをハッキングさえできれば最小の戦力と犠牲で政権を打倒できるということだ。いずれにせよ前線への補給を維持するためには中央コンピューターへのハッキングは不可欠であり、そのためには凄腕のハッカーが必要だが、そうした者は全員が政府に爆弾を埋め込まれていた。

「だが、俺達はそれが可能なハッカーを見つけ出した」

 ちょび髭の言葉にエルストレア達が一斉に身を乗り出す。

「もともとはこの星の出身だが他星でハッカーとしてデビューして、十年前に引退してからアル・カートラス星に戻ってきた男だ。当時から徹底した秘密主義者で自分の素性を隠していた、またこの星でハッカーとして活動したことがないので、政府の探索からも逃れていた」

「スクィーラル史上最高の天才ハッカーらしいが、気難しい男で俺達がいくら説得しても、大金を提示しても協力を承知しないんだ」

 拳を握りしめてちょび髭が身を乗り出す。

「そこでおまえ・・・だ」

「わたくしですか?」

 言葉の意味を理解できないらしくティタニアが怪訝な表情で自分の顔を指差す。

「王家の権威でその男を説得してくれ。いまでも王族を慕っているお人好し・・・・は少なくない。協力してくれるかもしれん」

「王族はマクベスに忖度して贅沢な暮らしをしてきたんだ! それぐらいの罪滅ぼしはしろ!」

 あからさまな皮肉にエルストレアが三度腰を浮かせたが、ティタニアは無表情で、むしろ真珠の瞳には哀しみと罪悪感があった。

「…………」

 それに気付いたエルストレアはなんとか怒りを抑えたようで、再び椅子に座った。

「……わかりました。必ずその方の協力をとりつけてみせます」

 姫拳戦士の瞳には不退転の決意が宿っていた。

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