第14話 PHASE3 覚醒! 戦女神《ウェイクアップバトルゴッデス》-⑤

 戦女神バトルゴッデスエルストレアを上演している劇場は都市上空七百メートルにあった――地上に土地を買う金がなくこの立地になったらしい――。重力制御で浮遊する直径百メートルの透明の球体で、中央に浮遊する舞台があり、同じく浮遊し自由に移動できる座席から観劇する形だ。地球の基準では大劇場だが共和国では小劇場である。

「きゃっほー!」

 まだ劇ははじまっていないがエルストレアは待ちきれないようで浮遊座席を劇場中に飛び回らされている。座席といってもシートが剥き出して浮かんでいるのではなく、数席が固まって透明の球体に入っており、感覚としては観覧車に近い。

「やっ、やめてくれ。目が回る」

 こういうことに慣れていないFFが蒼白な顔を引きつらせている。ティタニアは平然としているが苦笑していた。

 戦女神達の乗った球体がなにかにぶつかりかける。

「あっ、スナックとドリンク買わないと」

 それは劇場内を飛び回っている売店ドロイドだった。ちなみにバックパックで飛び回りパンチラで男性客を楽しませる、人族の女性の売り子もいた。

「はい」

 情報端末を操作して電子マネーで手早く購入した商品をエルストレアが二人の仲間に渡す。キャラメルポップコーンに似たスナックと、コーラのような炭酸飲料だ。

 ティタニアは笑顔で受け取ったものの、FFはジャンクフードが嫌いらしくかすかに顔をしかめた。

「おいしー。味は昔と同じだね」

 あまり上品ではない食べ方でエルストレアがさっそくスナックにパクつく。

「エルストレア様。はじまるみたいですよ」

「うん!」

 戦女神は座席の入った球体を舞台の正面で停止させた。やはりこの位置関係ポジションで観る客が一番多い。

 下が楽屋になっているようで舞台の一部が割れ、役者とセットがせり上がってきた。舞台の上に『共和国勃興以前無限帝国インフィニットエンパイア』という文字が浮かびナレーションも響く。

 役者は人間とアールヴ、ドヴェルグル、スクィーレルと多才なのだが、人間はメイクで現代・・の彼らとは違うことを表現しており、着衣も地球の中世欧州の貴族のようなデザインだ。

 劇の内容は三万年以上前の共和国建国以前、銀河は無限帝国インフィニットエンパイアという政権に支配されていたこと、帝国は共和国と違い絶対王政の封建社会だったこと、貴族はハイブラッドと呼ばれ支配力ドミニオンという特殊な力で平民を統治していたことなどだった。

「三万年以上前にすでに超光速航法や重力制御を実現していたとはな」

「文明は当時が最盛期ピークだったと主張する考古学や歴史学の学者もいます。ですが蛮族との闘争はその時代から続いています」

 FFが興奮して両手のスナックとドリンクを握りしめ、噴き出た飲料が太腿を汚すが彼は気づいていない。ティタニアは予備知識がないとわかりにくい部分を丁寧に説明してあげている。

「うーん」

 エルストレアが眉間に皺を寄せ唇を尖らせている。”神”である彼女には既知のことなので退屈しているのかと思いきやそうではないようだ。

「エルストレア?」

 戦女神の様子に違和感を覚えたFFが彼女を見やった。

「うーん、共和国誕生前ってこんなのだったかな?」

「? 君は何十億年も前から宇宙全体を眺めていたのではなかったのか?」

 姫拳戦士も怪訝な表情で戦女神を覗き込む。

「現実の歴史と劇の内容が乖離しているという意味でしょうか?」

「ううん、そうじゃない……と思う……。劇中の時代に対するあたしの記憶があやふやなんだよね」

 頭を振ったあとエルストレアはさらに眉間に皺を寄せ首を傾げた。

 彼女の言葉を理解できないらしく――エルストレアを挟んで――FFとティタニアが顔を見合わせた。

「どういう意味でしょうか?」

「いま気づいたんだけどところどころ記憶が欠落してるみたいなんだ。あたしは奴隷じゃなく普通の家庭の子供に転生するはずだったんだよ」

 首を捻り続ける戦女神を挟んでFFとティタニアが再び顔を見合わせた。

「大工の息子として馬小屋で産まれ、民衆に悪罵と投石を浴びせられながら磔刑に処せられた神の子もいたので不自然だと思わなかったが……。たしかに己に試練を課したにしては過酷過ぎる環境だった」

「それは一体……」

「わかんない。イ・ラプセルはかなりカオスサイドのオラティオに浸食されてたから、そのせいで転生の術に失敗したのかな?」

 常に闊達な戦女神もさすがに歯切れがわるい。

 はじめて聞くかなり深刻で不可解な話にティタニアとFFの顔が強張っていく。

「でも覚醒できたんだから無問題ノープロブレム! あたしがやらなきゃいけいないことは同じだよ!」

 仲間を安心させようと戦女神が快活に微笑み二人の肩を叩く。

「しかし……」

 FFは硬い表情を崩さない。

「ほらあたし・・・が出てきたよ!」

 舞台にエルストレアを演じる女優が登場して蛮族と戦いはじめた。彼女・・は清楚でお淑やか、上品で厳格な美少女だった。

「むーっ、いまの共和国の人族にはあたしはああいうイメージで認識されてるのかー」

 戦女神が不満げに唇を尖らせた。もしかしたら多くのお転婆娘がそうであるように、彼女も淑やかな少女にコンプレックス、あるいは憧憬があるのかもしれない。

 舞台上のエルストレア・・・・・は大勢の女性拳戦士率いている。

「あっ、拳戦乙女団ヴァルキリーズだ。あのメンバーは第一期だね。うーん、やっぱり現実とかなり違う……と思う……」

 劇は進み共和国のさまざまな時代、場所でエルストレアと拳戦乙女団が戦う姿が演じられていく。基本的に彼女が現世銀河に降臨するのは、顕現したアス・ヴァ・フォモール神に対抗するためのようだ。

「三万年前から一万六千年前までは数百年に一度の割合だったが、それ以後は数千年に一度だな」

「混沌神が頻繁に現世に干渉できない……、ツゥアハー・デ・ダナンの神々が天界で彼らを牽制してくれているということでしょうか?」

 誇らしげに戦女神が胸を張り巨乳がぶるんと揺れる。

「うん。あたし、天界でも頑張ったんだよ」

 舞台では戦いだけでなくエルストレアと部下や民衆との交流も描かれている。彼女・・の優しさと高潔さは――お淑やかではあるものの――現実の戦女神と変わらず、引き結ばれていたFFとティタニアも次第に微笑んでいった。

 三人は存分に観劇を楽しんだ。



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