第13話 PHASE3 覚醒! 戦女神!!《ウェイクアップ バトルゴッデス》ー④

 エルストレアは解放した奴隷達をホロネットで見つけた彼らを確実に保護してくれそうな、先進惑星に移動テレポートさせた。監督官達は政府に事態を報告される可能性が高いので、気の毒だがさすがに自由の身にすることはできず、仮死状態にして奴隷衛星に幽閉した。

 その後戦女神と二人の仲間は情報収集のためアル・カートラス星へ向かった。当面の活動資金は衛星の金を盗む使うことをエルストレアが反対したため、ティタニアが王族だけが知っているアドレス、キーワードで使える電子マネーを使用することにした。

 本星で得た情報ではレジスタンスはまだ存在しているが、惑星各地に分断されており、ホロネットと通信を政府に厳重に監視された状況では、再統合再蜂起には凄腕のハッカーが不可欠なことがわかった。

 三人はとりあえず大規模都市の図書館ライブラリーを訪れていた。


「これが現在のアル・カートラス星で最新の情報端末です。短時間でもっとも多くの情報を閲覧できます」

 エルストレア達は細長い廊下のような部屋にいた。ティタニアの指差したさきには卵型の透明プラスチック製の球体がよっつ並んでいて、そのうちのふたつは使用中だった。

「見たことないな。やっぱりあたしが前に降臨してからかなり時間が経ってるみたいだね」

 エルストレアが興味深げに球体を見やっているが、使用中のふたつはプラスチックが黒く染まっていて音も一切聞こえないので、中でなにが起こっているかはわからない。

「俺も使えるのか」

 知識欲旺盛なFFも好奇心に瞳を輝かせて情報端末へ視線を注いでいる。

 三人は数か月後に首都の公園に立つときと同じ服装だ。

「残念ですが表示される情報量が人族の脳の許容量キャパシティの越えているので、脳にインプラントを埋め込んでいないと使用できません」

 共和国ついての情報を少しでも早く多く知りたいFFが悔しそうに歯みみした。

「脳にインプラントはしてないけど”神”であるあたしなら問題ないノープロブレムだね」

「わたくしもそう思います」 

 ティタニアがコンソールを操作すると球体がふたつに割れ、上側がチェーンで持ち上げられた。

「球体の中央に進んでください」

 頷いたエルストレアが指示に従って所定の位置に立つと、上側が降りてきて彼女を覆う。

 いかにエルストレアが宇宙に存在するすべての知的生命体の言語を解し、物理法則を知っていても、それと現在のアル・カートラス星と銀河共和国の政治経済状況、情勢、動向、現状を、対蛮族戦線に関する知識を有しているかは別の問題なのだ。”神”といえど現代・・を理解するためには、それなりの勉強・・が必要なのである。

「とりあえず五千年前からお願い。最大の情報量と速度でね」

 頷いたティタニアがさらにコンソールを弾く。

 透明だった球体が黒く染まり、エルストレアが重力制御で宙に浮かび、頭頂から足の下まで三百六十度に文章が綴られ映像のミニウィンドウが開く。同時に全周が解説の音声を発する。それらは星の瞬きのように目まぐるしく変わっていき、常人には文章と映像ではなく輝く線としか認識できないだろう。インプラントの助けがないと人族には到底把握不可能な情報量だが、エルストレアの思考処理速度は人間の数百万倍なので問題ない。

 それでも五千年の共和国のすべて情報を読了するには数時間を要した。エルストレアはは表示速度を遅いと感じたが、これ以上早くできないのだからやむおえない。


「うっ、うーん!」

 図書館の玄関を出たエルストレアが大きく伸びをし、それによってノーブラの巨乳が弾み、健康的なお臍が強調された。

「やはり神といえど極度に集中すると疲弊するものなのか」

「どっちかっていうと情報の表示が遅すぎていらいらして疲れたかな」

 FFを振り返ったエルストレアが苦笑を刻む。

「まだまだ人族わたくし達文明テクノロジーは神を満足させられるレベルには達していないようですね」

 ティタニアが悔しそうに申し訳なそうに唇を噛む。

「そんなことないよ。すっごく進歩しててびっくりした」

 エルストレアが慌てて頭を振りティタニアを慰めた。

「しかし、レジスタンスと極秘で連絡を行えそうなハッカーは、すべての方が政府の厳しい監視下でした」

「体内に爆弾を埋め込まれてるんじゃ無理に頼めないよ。それにまさかあそこまで巧みに近隣惑星と軍産複合体に根回ししてるとは思わなかった。これじゃ蜂起するにも相当な準備が必要だよ」

 マクベスの打っていた策は自身が権力を失うと、アル・カートラス星に存在する前線へ供給する兵器や物資を製造しているすべての工場ファクトリーが爆破され、本星だけでなく近隣惑星のサーバーやコンピューター内の物資の流通と供給に関係する全データが消去デリートされるというものだった。ストレートかつ単純シンプルだがそれだけに効果は絶大で、実行されれば前線が打撃を受けるだけでなく、共和国中央の軍産複合体までがかなりの被害を受けるだろう。 

 思っていたより深刻な状況に二人の少女は難しい表情だ。

「それにしてもすごいな。完全にSF映画やアニメの世界だ」

 眼前の光景を眺めながらFFが驚嘆を息を吐く。

 彼の周囲には高さ三百メートル以上の超高層ビルが軒を連ね、空中にはエアカーとスピダーが飛び交っており、それを反重力で浮遊して警備ドロイドが誘導している。ビルや商店の看板はすべてホログラフィか実体でも宙に浮かんでいて、人間だけでなくアールヴ、ドヴェルグル、スクィーエルなど雑多な異星人が歩道を闊歩していた。

 上空を無数の監視ドローンが飛び、各所に警備ドロイドがいるものの、”独裁”も十七年目となると体制側の統治も緩み、国民もそれに慣れて弛緩するのでそれほど緊迫した空気はない。

 FFの背後にある退館した図書館も中央のドーム型の建物を中心に、X字型に長方形の建物が伸びている未来的なデザインだ。

「へへっー、すごいでしょ」

 自らの守ってきた文明を褒められて戦女神が誇らしげに胸を張った。

「ここでは落ち着いて話もできません。近くに公園があるのでそこへ行きましょう」

 姫拳戦士に促されて三人は歩道を歩きだした。


 公園に到着したエルストレア達はベンチを動かして・・・・・・・・車座になり、今後の方針について議論を交わしていた。

 そんなことができるのは公園のベンチは個人用複数人用とも反重力で浮遊しており、公園内ならば自由に動かせるからだ。公園の風景は噴水にベンチ、木立に芝生と地球のそれと大差ないが、常時清掃用ドロイドと浮遊自動販売機ベンダーが巡回している。

「……だから前線への影響を最小限にするためには、あっ」

 視界の端になにかを捉えたエルストレアがふいに言葉を切り、遠くを見やった。

 彼女の視線を追ったFFの目が驚きに見開かれた。

 若いカップルが腕を組んで歩いていたのだが、二人の姿は他の異星人と比べても一際異彩だった。女性は美しいが髪と瞳が緑で頭部や手首に花があり、四肢を蔓が取り巻いているのである。アクセサリーでなく肉体から直接が生えているのだ。男性はさらに異形で形は紛れもない人間だが、身体が透明な鉱石で構成されていた。

 どちらも笑顔に同調シンクロして花が咲き萎れ、身体が明滅している。

「スティルペースとメタッルムだ。前者は植物から後者は鉱物から進化したんだよ。あたしが前に降臨した時代では母星に引きこもってたのに、現代では本当に他星に溶け込んでるだね」

 情報を閲覧しただけと直接に目にするのでは趣が違うらしく戦女神は感慨深げだ。

「どちらも人間より長命ですからお似合いのカップルですね」

 古代より活発化した異種族交流が誇らしいようで、深刻そうだったティタニアも笑顔を取り戻す。

「幸せにね」

 人族(他人)の幸福が嬉しくてしかたないらしく、エルストレアが微笑みながらカップルに手を振った。

 FFだけは難しい顔で「植物と鉱物で交配が可能なのか?」と首を捻っていた。

「……。あっ」

 公園内に視線を巡らしていたエルストレアからふいに笑顔が消え、駆け出す。

 彼女が駆け寄ったさきでは一人の少年が二人の少年に虐められていた。いずれも十歳ぐらいだ。被害者の少年は目に地球の物品で例えるなら赤外線ゴーグルのようなものを付けている。盲目の人間の脳に映した情報を直接流し込み視力を付与する機械だ。

「こら! 友達をいじめちゃ駄目でしょ!」

 被害者を背後に庇いエルストレアが加害者の少年達を睨みつける。

 いじめられっ子は気が弱いらしく戦女神の腰に縋りついた。

 対していじめっ子はやんちゃそうで背の高いは子は電飾に付いた野球帽ベースボールキャップに似た帽子を前後が逆に被り、もう一人は帽子の少年より背が低いが彼よりがっしりした体格だった。

「でっ、でもそいつドン臭いし……」

「頭悪いし不潔だし」

 生意気な性格らしく突然乱入してきた”お姉さん”にビビりながらも、自分達を正当化する言葉を吐く。

 両拳を腰の両側に当てエルストレアが二人の少年と視線を合わせた。

「人族の価値はそんなことで決まるんじゃないよ。心のあり方となにをやろうとしているか、なにをやったかだよ」

「でっ、でも……そいつにも悪いとこあるし、他の奴もいじめてるし……」

「他人が悪いことしてたら自分も悪いことしていいの!? それに君達が他の人に同じことされたらどうかな? 辛いよね? 苦しいよね?」

 表面だけを飾った教師や大人の説教と違い、心底から子供達を思う戦女神の誠実な言葉は心を打ったらしく、二人の少年がバツの悪そうな表情で顔を見合わせる。

「ごめんなさい」

「トム、ごめんな」

 根は悪い子ではないらしくいじめっ子たちは素直に頭を下げた。

 二人の頭を撫でて戦女神が破顔した。

「わかればいいんだよ。ところでそれ……」

 背が高く帽子を前後逆に被っている少年が左脇に抱えているもの(・・)を指差す。

「それゲッツボールのボールだよね」

 少年が抱えているのは直径ニ十センチぐらいの、全面に赤と金の星型がプリンとされたボールだ。

「あたし、ゲッツボール大好きだけでしばらくやってないんだよね。一緒にやろうよ」

「うん!」

 三人の少年が勢いよく頷く。

 視力補強グラスをかけた少年が戦女神を見上げた。

「どれくらいやってないの?」

「五、六千年ぐらいかな」

「えっ!?」

 三人が一斉に目を丸くした。

「あっ、間違い間違い。五、六日だよ!」

 失言に気付いたエルストレアがごまかすために慌てて両手を振った。

「もーしっかりしてよ。お姉ちゃん」

「ごめんごめん」

 エルストレアが照れを装うため頭を掻く。

「お姉ちゃん、パース!」

 帽子の少年がボールをエルストレアへ蹴った。なかなかコントロールが良く正確に戦女神の胸に向かう。

 エルストレアは巨乳をものともせず巧みにトラップすると落ちたボールを左足で数回リフティングしたのち蹴り上げ、ヘディングで上に浮かせることを三回繰り返し、さらに右足の脹脛と大腿部の裏側で挟む。

「よっと」

 さらに右手一本で逆立ちした状態で数回右足の裏でリフティングしたあと、武術の体術と体捌きを取り交ぜて、軽業師のようなボール捌きを披露した。

「スゲープロみてー」

 三人の少年が同時に驚嘆の息を吐き戦女神に憧憬の目を向けた。

「パスだよ!」

 相手の運動神経に配慮して一番トラッピングしやすいパスを視力補正機を着けた少年に送る。彼はぎこちない動きだがなんとか受けとめた。

「ナイス!」

 笑顔でエルストレアが親指を立てた。

 その後彼女は子供達――特に視力補正機の少年――が楽しめるように気を使いながらゲッツボールを楽しんだ。

 姫拳戦士と地球人の少年は戦女神のお転婆ぶりを微笑まし気に眺めていた。

 三十分ほどして子供達の体力を考えたエルストレアはプレイを切り上げた。

「ふう」

 額の汗を拭いタンクトップを引き延ばして胸に風を送り込んでいる戦女神を、子供達がじっと見つめる。

「なっ、なに?」

 三人は視線を交わすと代表として補正機の少年が進み出た。

「ずっと僕がプレイしやすいようにしてくれてたよね。お姉ちゃん優しくて強くてお転婆で前にアニメ映画で観たエルストレア様みたいだ」

「えっ」

 他の二人の子供も戦女神に歩み寄る。

「大人達は口ではいじめはいけない、困ってる人は助けてあげなきゃいけないって言ってるくせに、平気苦しんでる人を見捨てるんだ」

「マクベスのせいでみんな自分を守るだけで精一杯なんだよ」

「マクベスが独裁者になる前はこうじゃなかったみたいだけど」

 エルストレアはなにも言わず子供達の嘆きとも不満とも言える言葉を聞いている。ティタニアは子供達が的確に大人の行動を見抜いていたことに驚いていた。

「大人達は元老院は蛮族戦線が崩壊することを恐れて(我が身がかわいくて)この星を助けてくれない。神様もマクベスを罰してくれない。もう神様なんて信じられないって言ってるけど、ボクはエルストレア様がボク達を助けてくれるって信じるよ!」

「俺も!」「オレも!」

 まるで少女の正体を知っているかのように子供達が戦女神の手を握る。

「……っ! ……そうだよ! あたっ、エルストレア様は絶対苦しんでる人を見捨てない! 絶対、手が届かなかったら腕を引きちぎってでも伸ばして助けてくれるよ!」


 子供達に手を振って見送ったエルストレアが二人の友のもとへ戻ってきた。

「ごめん、待たせちゃって」

 戦女神が顎から滴った汗を片手で拭う。

「気にしないでくれ。俺もその間に共和国にことを勉強できた」

 FFがベンチに座ったままティタニアの情報端末から投影されていたホロから顔を上げた。

 浮遊ベンチを動かしてFFと向き合うと、エルストレアはベンチの上で胡坐をかく。

「あたしは短時間で数千年の情報を理解できるけど、FFはそうはいかないもんね」

 いい方法はないかと考えているようで戦女神が腕を組んで「うーん」と唸った。

「これはどうでしょうか」

 ティタニアの投影した画像を見たエルストレアの碧眼が輝く。

「演劇、『戦女神バトルゴッデスエルストレア』!」

 ティタニアもにっこりと微笑む。

「わたくしも観たことがありますがこの劇はエルストレア様の活躍と、共和国以前からの銀河の歴史が簡潔に描かれています。短時間で楽しみながら歴史を学べると思います。上演しているのは小規模な劇場なので政府に発見される可能性も少ないでしょう」

 エルストレアは両拳を握りしめてすっかり興奮しているようだ。

「あたしもその劇観たい!」

 彼女は立ち上がるとFFの手を引き前方を指差した。

「行こ!」


 

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