第12話 PHASE3 覚醒! 戦女神!!《ウェイクアップ バトルゴッデス》ー③

 エルストレア、ティタニア、FFが宿舎から飛び出す。

 星空にはアル・カートラス星と二つの太陽と三つの月が浮かんでいるものの宇宙船の姿はなく、数日前まで奴隷達の苦悶と監督官で埋め尽くされていた作業場にも彼女達の以外の人影はない。

「なにもないではないか」

 FFが首を傾げるがエルストアとティタニアは空の一点を凝視している。彼女達には宇宙船が見えている、あるいは感じれているようだ。

「他の人達は?」

 厳しい表情で戦女神は空を見上げたままだ。

「危険なので鉄鉱石を備蓄している地下倉庫に避難するように言っておきました」

 姫拳戦士も上空から目を放さない。 

 わずかに安堵したらしくエルストレアが空を見上げたまま少しだけ表情を緩める。

「あそこならちょっとしたシェルターになるね」

 会話を交わしている間に太陽に毛先ほどの点が生じた。

 それはFFにも視認できたようで目を瞬かせる。

 わずかのあいだに点が急速に宇宙船になっていく。

「あれはアル・カートラス星の政府や軍の宇宙船ではありません。おそらく個人所有船です」

「通りすがりの旅行者や冒険者の可能性もあるわけか。迂闊に攻撃できないね」

 エルストレア達が見守っていると宇宙船が彼女達の前方に着陸した。重力制御による轟音や埃のない静かな着地だ。

 戦女神と姫拳戦士は視線を交わし表情をさらに引き締めると、戦闘力のない地球人の少年を庇って前に出た。

 聡明なFFが二人の意図を察して数歩退く。

 プシューと音がしてハッチが開きタラップが伸び三つの人影が降りてくる。先頭はがっしりとした体格でぶ厚い鎧を着こんだドヴェルグルの壮年の男性、二人目は華奢で長髪で人体の急所だけを覆う軽装の鎧のアールヴの青年。そして三人目は……。

「ドミネーター!」

「なっ、なぜここに蛮族が!?」

 三番目の男の姿にエルストレアとティタニアが驚愕で目を見張った。

 は一見黒髪長髪の美青年だったが、瞳は血のように紅く肌は陶器のように白く、額には二対四本の山羊に似た真紅の角が生えていた。ドミネーターとは武力だけでなく知力も人間イノセントより優れた蛮族の支配階級だ。それだけに人族の領域で目にすることはまずない。

 三人とも熱線銃などの銃火器を装備していないので、拳戦士のようだ。

「ティタニア、マクベスって蛮族と結託してたの!?」

「いえ、それはありえません! アル・カートラ星は何千年にも渡って対蛮族戦線に物資と兵器を供給してきた星です! 彼らへの嫌悪は他の星よりも強く、マクベスも例外ではありません!」

 二人の少女が困惑で顔を見合わせる。

 知識のないFFも仲間の様子から状況の異常さを察したようで表情を強張らせた。

 ドミネーターの青年が唇を歪め獰猛な笑みを形作ったことで獣のような犬歯が覗く。彼の視線は姫拳戦士を正面から射抜いていた。

「ティタニア姫、救星拳騎団のけん味わわせてもらおうか」

 姫拳戦士の身を緊張が走り、眉間の皺が深くなった。

「わたくしが救星拳騎団であることを知っている……。やはり彼らはマクベスの刺客なのでしょうか……?」

 戸惑いを隠せないティタニアを制してエルストレアが進み出た。

「こいつらとはあたしが戦う。ティタニアはFFと他の人を守って」

 一瞬不満そうな表情を浮かべたもののティタニアは三人の刺客をチラと見て首肯した。

「承知いたしました」

 姫拳戦士が地球人の少年を促して退いていく。女性に戦闘を任せることに思うところはあるのだろうが、理性的なFFは無言で従う。

 対して戦女神はさらに数歩進み出た。表情は厳しいものの両腕をだらりと胴体の横に垂らした気負いのない態勢だ。

「なんだあいつは?」

奴隷衛星ここにティタニア姫以外にも拳戦士がいたのか?」

 訝し気な表情でドヴェルグルとアールヴがエルストレアへ視線を注ぐ。

「っ」

 相手には不足なれど久々の闘争に”戦”女神の本能を刺激されたらしく、エルストレアの碧眼は爛々と輝き、血もふつふつと熱くなっていっているようだ。拳を握りしめ闘志を抑えるためかペロッと唇を舐めた。

「ふん」「君を排除してティタニア姫を討つ!」

 エルストレアをたいした相手ではないと判断したようで、ドヴェルグルから気弾が、アールヴから精霊を使役した妖精魔法が同時に放たれる。

 しかし、それらは戦女神に近づいた途端消滅した。彼女は抵抗の意思さえ示していないが、超越的な”存在”そのものが攻撃を打ち消したのだ。

「なっ、なに!?」

 予想外の事態に二人の異星人エイリアンが顔を引きつらせる。

 異星人達の狼狽に対して戦女神が不敵な笑みを刻む。

 たじろいだ二人が判断を仰ぐために背後へ振り向いたが、ドミネーターがエルストレアへ顎をしゃくったので再び前を向いた。

「応!」「ハッ!」

 アールヴとドヴェルグルが気合の声とともにオラティオを燃焼させる。それによって二人の身体から薄い赤色のオーラが放出された。

 同時に地を蹴るとエルストレアに肉薄し、拳による鈍打どんだと抜き手による刺突を繰り出す。

重拳圧打プレスインパクト!」「穿孔指突ゴウグニードル!」

 ドヴェルグルは炎をアールヴは精霊力を纏った必殺拳だったようだが、それらは戦女神に触れるのと同時に正反射された。彼女は一指さえ動かしていないのに天に唾する者は己自身に返るという故事そのままに。

「カハッ!」「グフッ!」

 二人の異星人が血を吐いて倒れた。

 彼らに一瞥を投じ死んでいないことを確認するとエルストレアはドミネーターを見据えた。

「まだ戦うやる?」

 どんなに闘争本能が猛っていてもそれを満たすために、不要な戦闘は決してしない戦女神らしからぬ優しさ。

 眼前で二人の部下が倒されてもドミネーターは尊大な態度を崩さない。よほど実力に自身があるらしい。

「あいにくだが俺はそいつらとは格が違う」

 構えを取るとドミネーターがオラティオを高めた。たしかに倒された二人より数倍強大であり、五体から濃い真紅のオーラが噴出し、彼を中心に突風が吹き荒び、渇いた大地に亀裂が走った。

 赤光を放つ両眼が戦女神を映す。

閃光烈拳シャイニングミステリアス!」 

 ドミネーターの右肩が光りレーザーのような紅い光が縦横に幾何学模様を描く。輝線ひとつひとつが彼の放った光速拳であり、すべてが宇宙戦闘機スペースファイター主砲レーザーキャノンに匹敵する威力だ。

 真紅の輝線が岩を裂き大地を爆散させながら戦女神に迫る。

「っ」

 条件反射でエルストレアの思考反射速度が光速以上に上昇した。人族にとっては究極の光の速さでさえ、神である彼女には遅く感じられる。

 衝撃波インパルスである輝線をすべて見切りやすやすと躱していく。

 輝線の通りすぎたあと地面は数十メートルに渡って捲り返っていたが、エルストレアには一カ所の擦過傷もない。

 容易くドミネーターの背後を取った。

「なっ!?」

 愕然として振り返ったドミネーターに冷徹に宣告を下す。

「神であるあたしの動きは光をも超えた思念の速度! 念速の拳!」

「かっ……」

 台詞を最後まで言わせず延髄に手刀を落とし昏倒させた。

 うつ伏せに大地に倒れたドミネーターは殺されなかった、情けをかけられたことが悔しいらしく、屈辱の顔で戦女神を見上げた。

「ふう」

 エルストレアが緊張を解き軽く息を吐く。

 駆け寄ってくるティタニアとFFに彼女は親指を立てた。

 改めて ドミネーターの男を見下ろす。彼は決して戦意を喪失していない。

「背後関係を喋ってもらうわよ。安心して拷問とかはしないから」

 戦女神が屈みこんでうつ伏せに倒れているドミネーターの顔を覗き込む。

「!?」

 身体に魔法文字が浮かび、次の瞬間空気を入れ過ぎた風船のようにドミネーターの頭部が破裂した。

「エルストレア様!」

 反射的に振り返りティタニアの指差したさきを見ると、アールブとドヴェルグルの頭も同じように爆散していた。

「そんな……」

 呆然とするあまりエルストレアは立ち上がれない。

「どうやら彼らには尋問をキーワードとして発動する、強制の呪いギアスがかけられていたようです」 

 歩み寄ってきたティタニアも予想外の事態に動揺を隠せないようで蒼白だ。

「うん。あたしがこいつらを殺したようなもんだよ」

 立ち上がったエルストレアは自らの配下の命をゴミのように扱った、敵の首魁への怒りで憤然としていた。

 FFも近づいてきたものの知識も戦闘力もない彼は意見を述べることができず顔をしかめていた。

「ティタニア。人族にドミネーターに本人にも気づかれず、強制の呪いギアスをかけられる術者がざらにいるとは思えないよ」

 戦女神の意見に姫拳戦士も頷く。

「それにね、あんたの呪具を解呪するときかすかだけ神気を感じたんだ。アル・カートラス星の政変は単なる政治闘争じゃないかもしれない」

 姫拳戦士のまなこが驚きに見開かれ、不安げに右手で巨乳を抑える。

「……神が……邪神がマクベスの背後にいるということなのでしょうか……」

 動揺を抑えるために右手で胸に触れたまま真珠の瞳が不安に揺れていた。

「わかんない。でもそうだとしたらあたしは躊躇なくアル・カートラス星の問題に介入できるよ」

 二人の少女と一人の少年が見上げた蒼い星は彼女達には美しく見えなかった。

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