第11話 PHASE3 覚醒! 戦乙女《ウェイクアツプ! バトルゴッデス》!!-②

戦女神と姫拳戦士の戦闘力は圧倒的で一瞬で奴隷衛星を制圧してしまった。二人は素手で監督官達は熱線銃で武装していたがまったく問題にならなかった。鎧触一蹴、いや、戦車が小蟲こむしを踏みつぶすだったのである。


 監督官達が武装解除され全員一列に並べられていた。

 エルストレアが「これからフクシューする」と宣言したので、全員が蒼白でガタガタと震えており、立つことさえできずへたり込んでいる者もいた。ほとんどが失禁しており脱糞している者までいる。彼らが生まれてから十六年間エルストレアにしてきたことを考えれば、何年もかけてミリ単位で切り刻まれ、ありとあらゆる苦痛を与えられて殺されると思っているのだ。

「ふっふ~ん」

 胸を張り両手を腰のうしろで組んでエルストレアが監督官達の前を往復する。怯え切っている彼らを見るとかすかに胸が痛んだものの、少しだけ《・・・・》意地悪してやるつもりだ。

「ッ、ガッフ」

 へたり込んでいた監督官の口から血が噴き出す。恐怖に耐えかねて舌を噛み切ったのだ。

「あっ」

 慌てて駆け寄り監督官に治癒呪文をかけ傷を癒す。

「誰も自殺しろって言ってないでしょ」

 この少女らしい闊達で明朗な笑顔だった。だが、監督官の表情はさらに強張っていく。

 短い悲鳴が耳に届き戦女神が振り向く。

 監督官達の反対側には解放された奴隷達がいた。疲弊しきっていた彼らだがエルストレアが全員に回復呪文を施したので、体調は万全に近くなっている。それなのに皆顔が引きつり与えられた食料にも手をつけていない。

(? 助けてあげたのになんで怖がってんだろ?)

 限りない優しさと高潔さを持つ戦女神はあさましい人族の発想を理解できない。昨日彼女を散々嬲ものにした奴隷達は、監督官の次は彼らが報復を受けると怯えているのだ。

 少し離れたところで腕を組んだFFと上品に微笑みティタニアがこちらに視線を注いでいる。どちらもなにかを期待する目だが、二人の期待していることは正反対だった。

 視線を監督官の宿舎に向ける。プログラムが得意な奴隷に頼んで本星への定期通信はごまかしていた。

(増援の艦隊とかが来たら面倒になるよね。あんまりフクシューに時間はかけられないな)

 戦女神が勢いよく頷く。

「よし!」

 いよいよ殺されると思った監督官達が一斉に天を仰ぎ脱糞した。

 しかし、エルストレアは彼らの顔を一発ずつ拳で殴っていくだけだった。それも決して大怪我をさせないよう十分に手加減をして。

 全員を殴り終わった戦女神が両拳を腰の両側に当て微笑む。

「よし! フクシュー終わり! あんた達もう自由にしていいよ」

 監督官達は呆然として互いに顔を見合っていたが、段々自分達が殺されずにすんだということが理解できてきたようで、じわじわと顔が綻んでいく。

 振り向くとティタニアが安堵したように微笑み、FFが不満げに顔をしかめていた。

「貴女様ならきっとそうされると信じていましたわ」

「まったく君の人の良さは底無しブラックホールだな」

 監督官達の歓喜の声を背に聞きながらエルストレアは、二人の友に歩み寄ると彼らと肩を組んだ。

「今後のこと相談しよ。アル・カートラス星を解放しなきゃいけないし、FFも地球に返してあげないとね」

 切望していたことのはずなのにFFの顔が一瞬凍りつく。

「いや、俺は……」

 エルストレアがFFを見やった瞬間に銃声が、次に絶叫と苦悶が響いた。

(え?)

 振り向くと解放された奴隷達が熱線銃を乱射しており、光弾に撃ち抜かれ次々と監督官達が倒れていく。

「積年の恨みを思い知れ!」「オレの女はおまえらに殺されたんだ!」「この日をどれだけ待ったことか!」

 解放奴隷達は歓喜の表情で唾を飛ばしていた。

「なっ」

 エルストレアとティテニアは予想外の事態に戸惑っている。だが、FFはやはりというように目を細め頷いていた。

 その間に監督官達は全員射ち殺されてしまった。

「あんた達!」

 エルストレアが手近な男に駆け寄り熱線銃を取り上げた。

「なんてことすんのよ! 無抵抗の相手を殺すなんて!」

 自分が嬲りものにされたことでは怒らず、自分を嬲りにものにしてきた・・・・・・・・・・・・・男達が殺されたことに怒るのがこの少女らしい。

「俺達はこいつらのせいでずっと生き地獄を味わってきたんです!」「僕の親友はこいつらに殺されたんです!」「あんたがこいつらを許しても俺達は許さねぇ!」

 エルストレアが底無しのお人好しで、限りない優しさを持つ知った途端、彼らは増長していた。

「…………っ! あっ」

 元奴隷達が監督官の死体から金品を漁っている。中にはナイフで金歯を抉り取ろうとしている者までいた。

 人族は醜くて、狡猾で、卑劣で、残忍だ。

 一時間前まで彼らがされていたのとまったく同じことを平然と行って恥もしない。

「やめなさい!」

 エルストレアが男の手から財布とマネーカードを奪う。

「強盗殺人じゃない!」

「こいつらは俺達を酷使して得た金で贅沢してきたんです!」「これぐらい当然の権利だ!」

「そうだ!」「そうだ!「そうだ!!」

 シュプレッヒコールを挙げ一時間前に彼らを生き地獄から解放してくれたばかりの戦女神に敵意の目を向ける。その姿は数千年前地球で王の迫害から預言者に救い出してもらいながら、飢えた途端預言者を非難した民衆そのままだ。

「…………っ」

 戦女神の空色の瞳を様々な色が通り過ぎていき、一度握りしめられ持ち上げられた拳が下がりゆっくりと解かれた。

「……今度だけは許す。でも次はないよ!」

 念動力テレキネシスで監督官の死体を一カ所に集め、これ以上穢されないように火を放つ。

 火葬を見つめる限りなく万能に近い力を持つ、超越的存在であるはずの少女の背中はやけに小さく見えた。

 その背中に数人の子供が歩み寄った。いずれもエルストレアに助けられたことのある子供だ。

 気配に気付いたエルストレアが振り返る。

「君達は……」

 照れ故か罪悪感からか子供達は互いを視線で牽制し合っていた。だが、ついに意を決したらしく全員同時に一歩踏み出す。

「「「お姉ちゃん。自分達が助かるためにお姉ちゃんに酷いことしてごめんなさい!」」」

 子供達が一斉に頭を下げた。

 エルストレアは一瞬謝罪に戸惑ったが、すぐに微笑み彼らの頭をくしゃくしゃにした。

「ありがと!」




 しこりは残ったままだがエルストレアは元奴隷達に宿舎で休むように指示して、彼らもおとなしく従った。

 一昼夜の休息を経たあと彼女はFF、ティタニアと主任室で今後の方針を話し合っていた。二人も戦女神が現世銀河に降臨した理由、目的、背景についてすでに説明されていた。




 FFが大きくソファに身を預け身体がクッションに沈み込む。

(やはり一晩眠って食事もするとまったく違うな)

 心身の疲労と負傷はエルストレアにすでに癒してもらっていたので、気分的なものだろうが五体は一昨日よりさらに軽くなっていた。

 主任室は俗な表現を用いるなら地球の日本の街工場の社長室程度の豪華さだ。観葉植物は飾られているものの掃除は行き届いておらず、床にゴミが散らばっている。部屋の隅には壊れた清掃用ドロイドが転がっていた。

「じゃ、レジスタンスの人がどこにいるかはわからないんだね」

 明朗闊達な声によって意識が現実に引き戻された。前方で戦女神と姫拳戦士が今後の行動方針について相談している。

「はい。わたくしが虜らえられたときかなりの打撃を受けたはずですが、全滅したのはわたくしと行動を共にしていたチームだけなので、過半数は健在のはずです」

「う~ん」

 腕を組んだエルストレアが首を捻った。

(仕草と表情はキサラだったときとまったく同じだ)

 それが嬉しくて少年の口元が無意識に綻ぶ。彼はいまでは自分がエルストレアに恋をしていることを自覚していた。

(地球で俺の周囲にいた女性は皆天才である俺に気後れしていた。俺に好かれようと本当の自分を隠し、姿も言葉も偽っていた)

 エルストレアは対等の目線で生の”彼女”をぶつけてきてくれた。

(……極限の環境で身を挺して何度も俺を助けてくれた)

 それを考えると申し訳なくて顔を上げられない。なんとか彼女の優しさの十分の一でも返したい。

(だが、彼女は超越的な力を持った”神”なのだ。……俺は無力でなんの力もない”人間”だ)

 想い人の少女との間の距離を地球からこの場まで以上に遠く感じ、寒さに凍えているように肩を抱く。

ホログラフィネットホロネットにレジスタンスメンバーだけに通じる隠語でメッセージを発することも考えましたが、政府に暗号を知られている可能性もあるので迂闊な真似はできません」

 二人の少女がどちらも腕を組み思案顔で額を突き合わせている。もうかなり長い時間話し合っているのに二人とも飲料を口にしていない。

(それだけ集中しているということだ)

 戦闘力も共和国に関する知識もないのに意見を述べるのは僭越だが、黙っているよりは有益だろうと口を開く。

「エルストレア、君の神の力でレジスンタスを捜してテレパシーで連絡は取れないのか?」

 こちらへ顔を向けたエルストレアが頭を左右に振る。

「その人の魂の波動を知ってるか、正確な位置がわかっていれば何憶光年の彼方でも可能だけど、まったく知らない人だと無理なんだよ」

 一端納得したもののすぐに新たな疑問が生じFFが片眉を上げた。

「君は自分の力は銀河の星々さえ砕くと言っていた。君なら一人でアル・カートラス星軍すべてを相手にしても勝てるのではないか? 銀河に降臨した目的はツゥアハー・デ・ダナン神族への信仰を取り戻すことだそうだが、逆らう人間はマインドコントーロルしてしまえばいいのではないか?」

 一瞬腰を浮かせたもののすぐに座り直してFFを見据えた戦女神は、どこか困ったような表情で目には批難があった。

「多分できると思うけどそれ・・人族ひとの尊厳を踏みにじる行為だからできないよ。自分達を信仰しない人達をマインドコントロールしちゃうなら、そもそもどうして神々あたし達人族ひとを創造したときに、堕落することはおろか神に反抗することさえ可能な無限の自由意思を与えたのかってことになっちゃう」

「ノヴァの凶風ですね」

「うん」

 FFが訝し気に首を傾げたのを見てティタニアが口を開く。

「数万年前にひとつの星系が壊滅したことがあったのですが、生き残った人々は星系を悪と汚辱に染めた自分達へのツゥアハー・デ・ダナンの神々の天罰だと思ったのです。……のちの調査で近隣星系の太陽の超新星爆発によるガンマ線バースト……、つまり単なる自然現象だったことが判明していますが、いまでも共和国全体で人族ひとの堕落に対する天罰と代名詞と認識されています」

 銀河に広まった誤解を払拭するようにエルストレアが両手を振る。

「神々(あたし達)はそんなことしないから」

 腕組みをしてFFが頷く。

「ノアの洪水のようなものか」

「地球にも同じような神話があるみたいだね。それにマインドコントロールされた信仰は、本物の心からの信仰より強度が数段劣るから。もちろんあたしがそれを実行しない理由はそんなことじゃないけど」

「それにマクベスが彼の政権が崩壊すれば、前線への補給が滞るように工作している以上、それほど単純な話でもありません」

「うん。さすがにいまの・・・あたしじゃ蛮族戦線全体は支えきれないよ」

 戦女神と姫拳戦士が視線を交わし頷き合う。

「ごめんね。地球っていう星が未知領域のどこにあるかわかんないからすぐに返してあげられなくて」

「貴方を拉致した宇宙船の航路記録装置(ドライブレコーダー)さえ入手できれば……」

 自らの意思を示すためにFFが立ち上がった。

「気にしないでくれ。乗りかかった船だ。俺も最後まで付き合う」

 エルストレアが一瞬微笑みかけたものの、すぐに押し留めるように両手を開く。

「FFに戦う義務はないよ!」

「だが、義理・・はある。地球の日本という国の諺に義を見てせざるは勇無きなり、侠気きょうきというものがある。俺も戦う。オラティオは誰にでもある力だと言ったな。拳戦士として鍛えてくれ」

 いつしかFFの中で郷愁の念より戦女神への恋慕の方が強くなっていた。いずれは別れざるえないとしても、せめてその前に借りを返したい。

「でも……」

 聡明なFFはエルストレアも彼に好意を抱いていることを察していた。内心のFFに傍にいて欲しいという感情と、もともと無関係な彼を危険な目に遭わせてはいけないという理性が鬩ぎ合っているらしく、戦女神の碧眼をさまざまな色が通り過ぎていく。

「っ」

 困ったような顔だったエルストレアの表情がふいに引き締まった。

「エルストレア様」

「わかってる」

 頷き合い二人の少女が同時に席を立った。

「どうしたのだ?」

「敵だよ」

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