第10話 PHASE3 覚醒! 戦女神!(ウェイクアップ! バトルゴッデス!)ー①




 十六歳の誕生日をキサラは瀕死で迎えようとしていた。

 FFとティタニア以外のすべての奴隷に嬲りものにされた彼女は、二人によって作業場の離れの岩陰に運ばれ横たえられていた。

 腫れと痣でわかりにくいものの顔は苦痛で歪んでおり胸の上下もかすかだ。二人の友はせめて奴隷達の小水と吐瀉物で汚れた身体を洗ってあげたかったが、そのための水はなく、乳房と腰回りをFFのボロ服を千切った布で隠してあげるのが精一杯だった。

 FFとティタニアは傍らに座って彼女を見守っているが、二人とも憤怒の表情で滂沱の涙を流している。特にFFは眼前の少女は決してそんなことを望まず、彼がそんなことをしようとすれば間違いなく止める、ということを理解していなければ、すぐにでも他の奴隷と監督官を皆殺しにしかねないほど深く激しい怒りを燃やしていた。

 数時間が過ぎようやく涙が枯れたらしく二人は泣き止み、気遣わし気にキサラを眺めていた。

 心配そうな表情だったティタニアの双眸がふいに細まり、柳眉が訝し気に上がった。

「なんだ?」

 涙が止まったことで憎しみと怒りもある程度沈静化して、無に近い心でキサラを見やっていたFFが、目敏くそれに気づいた。

「いえ……、あれだけの暴行を受けたのにキサラさんは打撲と裂傷、擦過傷だけで骨折と

内臓破裂はひとつもありません。それが不自然だと思ったのです」

 FFの眉間にも困惑の皺が寄る。

「そういえば……」

 内心の混乱をまとめようとするかのように、奴隷姫が皮ベルトに包まれた右手を口元へ動かす。

「武術の心得がある、あるいは潜在的に莫大なオラティオを保有している者ならばそういうこともありえるのですが……。いまのわたくしには他の方のオラティオを感じることができません」

「キサラは昔から怪我の怪我の治りが早いと言っていたな……」

 一瞬FFを見やったたがティタニアはすぐに視線をキサラに戻し、地球人の少年は腕組みをしてキサラを凝視していた。


 キサラの意識は痛みという灼熱の溶岩マグマに塗り込められており、苦痛と熱は数週間前FFに看病してもらったときよりはるかに激しく、まるで赤熱した鋼で圧し潰されているようだ。

(でもそのおかげで他の人は休ませてもらえたし食べ物ももらえたんだ)

 そう思うと胸の奥から――奴隷衛星から出たことない少女は本物を知らないが――春の木漏れ日のような優しい温もりが湧き起り、全身へ伝わり痛みを和らげてくれた。

 本人は気づいていないがこのとき少女は微笑んでいた。

(っ!)

 弱々しかった心臓が突然強く打つ。

 次の瞬間心、いや魂の奥からなにかが超新星爆発スーパーノヴァの如き勢いで噴出してきた。それは少女の十六年間の記憶など原子が崩壊する時間より短い刹那で呑み込んでしまう圧倒的な記憶情報量だった。しかし、芯の芯となる人間性神格はひとつかつ強固なので”人格”は微塵も揺るがない。

(そうか! あたしは《・・・・》!)

 十六歳になった瞬間少女は何故彼女が先天的に癒しの力を持っていたのか、怪我が治癒するのが普通より早かったのか、ここ数日同じ夢を見続けていたのか、

 ……彼女が何者だったのか……、すべて《・・・》を知った、いや思い出した。


 銀河共和国標準時で十六歳の誕生日を迎えるのと同時に、横たわっていたキサラの身体が輝き、全身を光の格子が覆った。

「これは積層型立体魔法陣!」

 ティタニアが驚き身を乗り出す。

 キサラの身体を取り巻く光の格子は立体的で複雑な幾何学模様と、細かな文字を形成していた。

「魔法陣!?」

 キサラから凄まじい突風が噴き出しているので二人とも座ったままだが、FFは片手で目を庇い、ティタニアの長い蒼髪は逆立っている。

「いまのわたくしでも感じられるほどのビッグなグレートな、いいえそんな尺度をすべて超越した全宇宙的なオラティオです!」

 キサラが仰臥していた姿勢のままふわりと宙に浮かび、九十度回転して直立した。

 五体に収まりきらないほどのオラティオが全身の傷を瞬時に癒す。

 肉体も本来の形を取り戻し、栄養不足のため成長しきれていなかった肩と上腕、大腿の筋肉が厚みを増し、乳房と双丘も膨らみと張りを増す。だが、ウエストは華奢にも思えるほどくびれたままであり、少女はさらにグラマスで美しい肢体に変化したのである。

 驚愕に顔を強張らせている二人の友の前で少女がを開く。

 闊達さと勝気さだけだった碧眼に深い叡智と悠久の重みが加わり、その蒼の深さは果てしない空のようだった。


 少女の視界に眼前の光景が飛び込んでくる。いまの、いや本来の・・・の彼女は人族の数万倍の可視可聴領域を持ち霊的(アストラル)存在も知覚できる。ゆえに目には電磁波や紫外線、各種の精霊エレメンタルまでが映り、狂った極彩色の万華鏡のようであり、耳にも数百の異なった音が同時に聴こえていた。

 それだけではなく天の川銀河に留まらず、宇宙に存在するすべての星々の息吹が知覚でき、すべての知的生命体の言語が理解できた。人間なら脳細胞が焼け付くショートするほどの情報量だが、いまの彼女の思考速度は人間の数十万倍で並列思考も可能なので充分処理できた。

 とはいえこのままでは二人の友とも会話にも支障をきたすので、思考処理速度と可視可聴域を問題のないレベルまで落とす。

 チラと身体を見下ろすと全裸だったので着衣を纏うため精神を集中する。数秒で全身にかつて天界で身に着けていたのと同じ衣服と装備が現出した。周囲の原子を集めて構成したのではなく、想像イメージが直接物質化したのだ。

「キッ、キサラッ、きっ、君は……一体……」

「…………っ!」

 FFが引きつった表情なのに対し、ティタニアはなにかを察しているようだ。

 二人、特に想い人の少年の瞳にかすかな怯えがあるのを見て取り、少女の胸が僅かに痛む。過去にも無償の優しさを以って接しても、強大過ぎる力ゆえ彼女を恐れる者はいた。

(あたしのことが怖いんだ。あっ……)

 二人とも泥と垢塗れだった。

「ごめん。自分の服さきに創ちゃって。いまあんた達の服も創ってあげるからね。ティタニアは呪具も外してあげるよ」

 少女の右手からFFに、左手からティタニアに黄金の光が放たれ、二人の姿が変わっていく。FFは共和国の平均的な人間の少年の――彼の故郷の地球の服装ではトレーナーとスラックスに似た――着衣になった。

 ティタニアは身体に巻きつけられた呪具が赤い光を発し、黄金の光に抵抗したために火花が散ったが、すぐに金色の光が赤光を圧倒して全身を包み、平均的な女性拳戦士の戦闘服バトルスーツ――ただし数千年前の――に着替えさせられた。

 自身の力が一瞬だが呪具に抵抗されたことに、違和感を覚えた少女の片眉がかすかに上がる。

 二人ともたったいま入浴と洗髪を終えたばかりのように清潔になっていた。

「これは……」

 今起こったことが信じられないらしくFFが呆然と身体を見下ろしあちこちを触った。

「……まるで魔法……いや……神の奇跡だ……」

「そうです! 神です!」

 感動を抑えるようにティタニアが胸の前で両手の指を組み合わせた。

「……キサラさん……。貴女は戦女神バトルゴッデスエルストレア様だったのですね!」

 キサラ、いやエルストレアが照れ臭そうに右手の人差し指で鼻の下を擦る。

「へへっ、いまでもあたしのことが知られてるなんて嬉しいよ」

 エルストレアがティタニアの額を指差す。

それ・・妖精魔法フェアリーティマーが得意だって言ってたけど、妖精孤眼フェアリーズアイ持ちだったんだね」

 奴隷姫、いや姫拳戦士の額には本来の目の倍以上の大きさの単眼があった。

「そっ、それは……」

 自らに起こった奇跡に気を取られていたFFは、エルストレアに指摘されてはじめて気が付いたようだ。

「それに救星拳騎団メサイヤフィストのメンバーだったんだ」

 ティタニアの右手の甲には入れ墨タトゥーが掘られていた。

「妖精魔法を評価されたからで格闘はとてもそのレベルではありませんけど……」

 はにかんだ姫拳戦士が右手で口を覆う。

「謙遜しないでいいよ。充分なオラティオだよ」

「救星拳騎団?」

「共和国最強の拳戦士の集団だよ」

 悪戯を思いついたエルストレアがちょっと意地悪な顔でFFを覗き込む。

「宇宙人であるあたしが地球人とまったく同じ姿なんで驚いたって言ってたよね? それは当然だよ。あたし達が自分達の姿に似せてそう創ったんだから」

 FFが質問をしようとしたがそれよりも早くだみ声が響く。

「なにを騒いでやがっ……!?」

 予想外の光景に監督官が顔をひきつらせた。

 戦女神が姫拳戦士に目配せをした。

「ティタニア、いけるよね?」

「はい。お任せください」

 頷いて拳を構えたティタニアからオーラが立ち昇った。

「いくよ!」

 互いのこぶしをぶつけあうと一柱と一人の女戦士は同時に地を蹴った

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