第8話  PHASE2 スレイブガール ミーツ スレイブアースリングボーイ ミーツ スレイブプリンセスー④

それから数日三人は重労働に血と汗を流しながら必死に脱走やレジスタンスと連絡を取る手段、ティタニアの呪具を外す方法を探したが、どれも見つからなかった。


 休息時間。キサラ、FF、ティタニアは他の奴隷から離れたところで食事を摂っていた。奴隷衛星生まれのキサラと違ってティタニアとFFは脱走の糸口を見つけられないことに、焦燥を覚え始めているようだ。


 今日の食事は腐りかけた粥と濁った水で、キサラはいつものように食事(至福)の時間を少しでも長引かせるために、ちびりちびりと食べていた。

 粥と水からは異臭が立ち込めているのに、ティタニアは平然と口に運んでおり、髪と肌が泥と埃、汗と垢に塗れていくのも気にしていないようだ。

「拳戦士としてのサバイバル訓練トレーニングで、腐った肉を食し泥水を啜りましたから」

 劣悪な生活にも耐えられると奴隷姫は、微笑みながら右腕でガッツポーズを作った。

 むしろ男のFFが不衛生極まる環境と、残飯以下の食事に苦しんでいるようだ。

「逞しいことだな」

 逞しさバイタリティで女性に負けているのが悔しくて口を尖らせる。

 そんなFFの子供っぽい仕草が可愛くてお転婆娘二人が微笑を交わす。

 だが、ふいにキサラが腰を浮かせる。

「あっ」

 理由は不明だが人間イノセントの子供の奴隷が、五十過ぎの監督官に足蹴にされていた。

 視線を追って事態に気付いたらしくティタニアも立ち上がったが、脱走を目指しているのに監督の注意を引くのはまずいと思ったようで、拳を握りしめ奥歯を噛みしめるとその場に留まった。

 だが、キサラは美巨乳を弾ませて走り出した。

「キサラさん!」

「キサラ!」

 二人の友に「大丈夫! 迷惑かけない! 殺されても脱走のことは言わない!」と示すために右手でOKサイン、続いてサムズアップ――ティタニアに習ったサイン――を形作った。

 彼女の人間性と精神力を信頼しているので絶対に吐かないと確信しているらしく、後を追いかけかけたティタニアとFFが立ち止まった。それにすでに止められる距離ではない。

 子供に覆いかぶさったキサラの剥き出しの背に革靴がめり込む。

「っ」

 一瞬息が詰まったが激痛に耐え力を使い子供の傷を癒す。

 そのまま背中や脇腹を何回も蹴られ、そのたびにえずき息を詰まったが、ふいに蹴りが止まった。

 次の瞬間後頭部へ圧力を感じ、首が折れそうな勢いで顔面を地面にめりこまさせられた。

 そのまま一番堅い踵で踏みにじられているようで、すっきりと通った鼻梁がひしゃげ、舌先に土の味を感じる。

「…………っ」

 突然圧力が消えた。キサラにはわからないことだが監督官は、義憤に満ちた目で彼を睨んでいるティタニアを見やっていた。監督官に反抗して仲間を庇う奴隷が二人になったことに危機感を覚え、手綱を引き締めなければと考えたらしい。

 ……悪いことに彼は権限を持つ主任だった。

「反抗した罰だ! これから全員に四十八時間の連続労働を命じる! 食事もなしだ!」

 惨状を眺めていた奴隷達から一斉に悲鳴が上がり、呪詛の視線がキサラに集中する。

 後頭部の圧迫が消えたことで土で汚れた顔を上げた少女にも、それははっきりと感じられた。

 奴隷達が一様に天を仰いでおり、絶望のあまりへたりこんでいる者もいた。

 予想外の展開にティタニアとFFも顔見合わせ表情を引きつらせている。

「……ごめんなさい……」

 ぽつりと一言呟くことしかできなかった。


 まだ休息時間は終わっていなかったが即座に労働が再開された。さらに不運なことにちょうど奴隷衛星はふたつの太陽の光が交差する地点に入っていて、気温が四十度を超えていた。

 苦役が再開されて十数時間が経過したころ奴隷達は次々と倒れ……。


「ごめん、ティタニア。あたしのせいで」

 キサラは少しでも他の奴隷の負担を軽くするために、背負子に巨大な鉄鉱石をみっつも乗せ、両手で三つずつ膨れた袋を運んでいた。

 無茶な労働のために腰回り以外露出した肢体からは汗がとめどなく滴っている。

「気にしないでください。拳戦士の修行でもっと過酷な訓練をしたこともあります」

 同じぐらいの物を運んでいるがオラティオを封じられているとはいえ、拳戦士として鍛え抜かれた奴隷姫の身体能力と持久力はすばらしく、全身から湯気が立ち汗が流れているもののまだ余裕があるようだ。

「ですが他の方は……」

 FFは二人の少女よりずっと少ない量しか背負っていないのに限界寸前だった。

「……ほんとごめん」

 また一人の奴隷――ドヴェルグルの老人――が倒れ、心優しい少女は罪悪感で胸を切り裂かれた。

「悪いのは貴女ではなく監督官です。むしろ他の方々はいままで他人の苦境を無視していたのですから、いま苦痛を受けるのは然るべき報いです」

 奴隷姫の気遣いの言葉にキサラが首を振った、

「そんなこと言うもんじゃないよ。悪いのは全部あたしだよ」

 ティタニアの目の端に光りが宿る。

「貴女という方は本当に……」

 背に鉄鉱石越しに軽い衝撃を感じ、近くからカランカランという音を聞こえた。

 監督官の投げ捨てた酒の空き缶だった。

「てっ、てめぇがよけいなことしなけりゃ俺達はこんな目に遭わなかったんだ!」

 空き缶を投じたのは肩を激しく上下させ、息も絶え絶えな中年の人間の男性だった。

「キサラ!」

 視界の隅にFFがこちらへ駆け寄ろうとしたが、背負子の重みで前のめりに転ぶのが映る。

「FF! 痛っ!」

 駆け寄ろうとしたが左のこめかみに鋭い痛みが生じ、次の瞬間左目に赤い液体が流れ込む。

「っ」

 地面に血が付着した尖った鉄鉱石の破片が転がっていた。

「そ、そうよ! 私が苦しんでいるのは貴女のせいよ!」

 投じたのは足元がふらつき殴打で顔も腫れたアールヴの女性である。

 彼女達も本当に悪いのは監督官だということを理解しているのだろう。だが、彼らには逆らえない。となれば怒りと憎しみは必然的にそれをぶつけられる対象に向く。

「! 貴女達!」

 ティタニアが背負子と両手に持っていた袋を投げ捨てた。

「! やめて!」

 慌ててキサラが彼女の腕を掴む。

「放してください! オラティオを封じられているとはいえわたくしの格闘術と体術は健在です! あの方達を叩きのめすぐらい……」

 振り返った奴隷姫に少女はふるふると首を振った。

「あの人達を責めないで! あの人達が悪いんじゃない! ひどい疲労と飢えのせいで理性を失って誰かに怒りをぶつけずにはいられないだけなんだよ! あの人達をそこまで追い込んだのはあたしなんだ!」

「! 貴女という方はどこまで……」

 安心させるように微笑むと「FFをお願い」と呟き巻き込まないために、ティタニアを突き飛ばす。

 後退る奴隷姫の真珠色の瞳から光る珠がいくつも飛び散った。

「…………」

 毅然と前方を睨むとキサラは労働を再開したが、周囲の奴隷から一斉に石や鉄鉱石が投げつけられる。

「善人ぶるんじゃねぇ!」

「てめぇみてぇな偽善者がいると周りが迷惑なんだよ!」

「このピッチ! 〇×△!」

 罵声は下劣で卑猥で聞くに堪えない。

 自分達の鬱屈と憤りを解消するために無抵抗の相手にそれらを叩きつける。卑劣で破廉恥で凶悪な行為なのに躊躇う者も止める者もいない。

 人族は汚くて、醜くて、優しくないから。


 心優しい少女の殉教者のごとき忍従の姿を、下劣を極める嗤いを浮かべながら眺めていた監督官の肩眉が上がった。。

 真正の悪人というものは悪事と自分の愉しみのためには、天才的な発想をするものだ。


「聞け―い!」

 作業場にだみ声が響き奴隷達が一斉に声のした方を向く。

 監督官が拡声器スピーカー片手にニヤついていた。

「キサラを一発殴ったヤツには二十四時間の休息を与える! 特別食料も与えてやる!」

 奴隷達は顔を見合わせると次の瞬間両手を上げ、歓声で作業場が揺れた。邪悪な申出に喜んで従うつもりなのは明らかだ。

「…………」

 喜色満面の奴隷達を見つめる少女の空色の瞳には怒りはなく、憐れみだけがあった。

(あの人達は極限の疲労に追い詰められたからこんなことをしようとしてるだけだよ。普段はたしかにあたしを助けてくれないけど、石をぶつけたりもしない。悪いのはあの人達をそこまで追い込んだ監督官とその原因を作ったのはあたしなんだ)

 そう考えるから彼らを責めることができない。

 顔色を変えて駆け出そうととするFFとティタニアに、開いた右手を向け「大丈夫! あたしはこれくらいで負けない!」という意思を込めて頷く。

 無言で背負子と持っていた袋を地面に降ろすと、逍遥しょうようとして暴力を受け入れることを示すため、両腕を背中で組んだ。軽く背を逸らしたことで張りのある巨乳がたぷんと揺れる。

 殴ろうと近づいてきた人間の壮年の男性は、彼を射抜く少女の勝気な瞳に一瞬怯んだ。しかし、すぐに苦役から解放される、飯が食える欲望が勝ったようだ。

「うおおぉぉっ!」

 怒りと鬱憤の籠った拳を顔面に叩きこまれ、口内に鉄錆の味が広がった。

 キサラの足元に唾を吐くと最初の奴隷が踵を返し、二番目の奴隷が進み出た。

「てめぇのせいで俺は苦しんだんだ!」「この偽善者!」「あんたのせいであたいは指の爪が全部剥がれたよ!」「オレは腹が減った!」

 次々と奴隷達――女性や子供までが――が憎しみと憤りをぶつけてくる。

 すでに十人以上に殴られているのに少女の脚はまだふらついてさえいない。彼女の精神力が超人的なこともあるが、殴る奴隷達も疲弊しきっているためだ。

 それでも美しかった顔は血に塗れさらに腫れ上がっていた。

「死ねぇ!」「クソカス!」「ぼけぇ」

 ふいに容赦のなかった殴打が止まった。

「?」

 痛みで瞼を動かすだけで一苦労だが薄く目を開けると目の前に三人の子供が立っていた。数週間前にキサラが身を挺して鞭から庇った子供と、飢えに耐えてパンを与えた兄妹だった。

 子供達は殴ることを躊躇しているらしく、キサラと自分達の拳の間で視線を往復させている。

 自らの献身が報われたことが嬉しくて少女が小さく微笑む。

「いいよ。殴って」

 言葉に促されて三人の子供が拳を動かす。内心の躊躇いと罪悪感を表すように殴るというより触れるといった方が正しいパンチだ。

 後ろめたさに突き動かされて子供達が一斉に背を向け駆け出す。

 次の奴隷からまだ全力の殴打が再開された。渇いた大地に肉が撃たれる音が響く。

 キサラの左目――右は瞼が腫れ塞がっている――がチラと動く。彼女を殴打した奴隷達が労働から解放され食料も与えられているのを確認してかすかに口元を綻ばせる。

「俺の拳ははんぱじゃねぇぜ。娑婆ではボクサーだったんだ」

 次の殴打者は人間だが二メートルを超える巨漢で、完全に監督官に向けるべき憎悪を少女に転嫁していた。

「くらえ!」

 巨大な拳が顔にめり込んでくる。鼻孔と口から鮮血が飛び散り、形の良い鼻もひしゃげて、はじめてキサラが大きくよろめく。

「っ」

 口内に堅い異物を感じそれを吐き捨てる。歯が一度に四本も折られ、頬もどす黒く変色ししていた。

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