第7話 PHASE2 スレイブガール ミーツ スレイブアースリングボーイ ミーツ スレイブプリンセスー③

 重労働という地獄の砂漠の束の間のオアシスである食事時間。

 苦役には慣れているキサラもさすがに労働中は、働くのとFFをはじめとする他の奴隷を気遣うのに精一杯で彼女自身のことで悩む余裕はない。だが、休息時間で心身に余裕ができると何日も同じ夢を見続けていることに悩んでしまうようで、パンを食べる手が止まっていた。

「どうかしたのか?」

 腫れと痣でわかりにくいがさすがに傍にいたFFには、キサラが憂いの表情であることがわかったらしく彼女の顔を覗き込む。

「ううん、なんでもない」

 友達を心配させたくない少女が首を振り気丈に微笑む。

「だが、君はここ数日……」

 FFの言葉を遮ってキサラが身を乗り出す。

「あっ!」

 食事中の監督官の視界を横切ったことで機嫌を損ねたようで、スクィーレルの子供が足蹴にされていた。

「っ」

 駆け出そうとした途端右足首に激痛が走りキサラは顔を歪めよろめいた。右足首は大きく腫れ上がり全身の生傷もまだ出血が止まっていない。

「よせ」

 FFがキサラの右脇の下に彼の腕を入れ彼女を支える。

「君は午前中にも他の奴隷を助けて痛めつけられているではないか。これ以上は無理だ」

「でもこのままじゃあの子が!」

 二人が揉み合っている間に予想外のことが起こった。別の女性の奴隷が飛び出してスクィーレルの子供を庇ったのだ。

 キサラ以外の人族が他人を助けたのははじめてのことだった。

「!?」

 思わずキサラとFFが顔を見合わせる。二人が驚いたのは女性の行動だけでなく服装についてもだ。彼女は膝裏までの長い豊かな青い髪だったが、それ以上に異彩なのは全身に黒い皮のベルトが拘束するように巻かれていることだった。

「キサラ……、奴隷衛星ここにはあのような格好の奴隷もいたのか?」

「ううん、あたしもはじめて見た」

 ストンピングを受けていた女性が監督官を睨む。

 女性の気迫に押されたらしく監督官の表情が強張り、彼は唾を吐くと去って行った。

 安堵した女性が崩れ落ちた。

 キサラとFFはもう一度顔を見合わせると彼女を助けるため進み出した。




 女性は蹴られたところが悪かったのかなかなか目を覚まさなかった。普通なら監督官は冷水を浴びせるなりして無理矢理目覚めさせるのだが、なぜか彼女には遠慮しておりそうしなかった。

 作業時間が終わっても気を失ったままだったので、キサラとFFは彼女を他の奴隷から離れた岩陰に運んでいた。

「この人大丈夫なの?」

 女性の傍で胡坐をかいているキサラが隣のFFに視線を向けた。

 彼女は自分のボロを千切った布で女性の汗を拭いてあげている。そのためただでさえ僅かだったボロがさらに短くなり、足の付け根と尻の露出が激しくなっていて、特に尻は下半分以上が剥き出しだ。

「脳波を取っていないので断言はできんが、呼吸は安定しているので気絶しているだけだろう」

 改めて女性を見やった二人の眉間に困惑の皺が寄る。

 女性はキサラやFFと同じぐらいの年齢で、美しく気品に溢れ奴隷衛星ではなく宮廷が相応しい顔立ちをしている。全身に黒い皮のベルトが巻き付いているものの覆っているのは、胸の先端や股間だけで露出度が高い。だが、両拳と爪先にも巻き付いていて手袋と靴にようになっていた。締め付けによって白い柔肉やわにくがはみ出しており、黒い大蛇に絡まれているようで堪らなくエロティックだ。特にもともとキサラよりも豊かな双乳は、根元を締め上げられていることで大きさがことさら強調されていた。

 とはいえ身体は筋肉質で引き締まっており美しいだけの女性ではないようだ。

 額にはなにかを隠すように一際太い黒皮が巻かれていて、すべてのベルトに赤い文字でなにかが書かれていた。

「うっ……ん」

 女性、いや少女が喘ぎ身を捩る。それによって巨乳がぶるんと揺れ、股間へのベルトの食い込みが強調された。

 FFの顔に朱が走り居心地悪そうに身を捩った。

 その反応に嫉妬したキサラが彼を肘でこずく。

「この人ハーフアールヴだわ」

 キサラが指差した少女の耳は上端が尖っていた。

 すでにFFも奴隷衛星にいる異星人のことはキサラから教わっていたので頷いた。

「でも青い髪ははじめて見たよ」

 二人が見守っていると長い睫毛が震え、次の瞬間少女が目を覚ました。

 キサラとFFの双眸が驚きに見開かれ、わずかに身をのけ反らせた。

 少女の瞳は真珠のような銀色だったのである。

「……こんな目……はじめて見た……」

 さ迷っていた少女の視線がキサラの顔で止まった。

「……貴女方は……」

「大丈夫?」

 キサラは少女が上体を起こすのを助けると、彼女に事情を説明した。

「そうですか。貴女達がわたくしを助けてくださったのですね。奴隷衛星にも人族らしい心を失っていない方もおられたのですね」

 青髪の少女は誇らしく嬉しそうだ。

「あたしはキサラ、こいつはFFエフツー。あんたの名前は?」

 柔らかく微笑み青髪の少女が言葉を紡ぐ。

「申し遅れました。わたくしはティタニア・デュマ・アレクサンドル……」

 一端言葉を切ったティタニアが自分を卑下するように目を伏せた。

「……アル・カートラス星の姫、いえ王女です」

 キサラとFFの双眸がさきほど以上に見開かれ顔を見合わせる。

 ティタニアの話は要約するとこういうことだった。アル・カートラス星はもともとは王政だったが絶対王政ではなく、日本やイギリスと同じ立憲君主制の民主国家だった。しかし、十七年前宰相だったマクベスが軍部、近隣惑星と結託してクーデーターを起こし独裁を敷いた。ティタニアの父だったダンカン王は自分達の身分の保証と引き換えに、独裁に協力して王家の権威をもって国民を抑え込んでいた。だが、天罰だろうか、ダンカン王と王妃が同時に病死して、ちょうど王位を継承できる十六歳になっていたティタニアが新女王となった。彼女はレジスタンスと協力してマクベスを倒そうとしたものの本懐を果たせず、虜えられ奴隷に堕とされたのだ。

「では君は銀河共和国の政治や社会、科学に精通しているのだな!?」

 喜色を浮かべてFFが身を乗り出す。

「はい。二年前に大学を卒業しています」

 我が意を得たりとFFが頷く。

「FF?」

 彼の態度を理解できないキサラが怪訝な表情になる。

「黙っていてくれ。アル・カートラス星は銀河共和国に属していると聞く。なぜ共和国はこんな非人道的な奴隷制を黙認しているのだ?」

「それは……」

 ティタニアの説明によると共和国は基本的に人権を重んじる民主主義共同体であり、本来ならこのような人権侵害を放置しないが、アル・カートラス星は込み入った事情があるそうだ。共和国は三万年近く蛮族、根源的破滅招来体RRIB、魔神と銀河全域で戦争を続けており、アル・カートラス星は最前線ではないものの、前線に兵器や物資、人員を供給している重要な拠点なのだ。マクベスが巧みで狡猾だったは近隣惑星や共和国の大手軍産複合体に根回し、自らの政権が崩れれば前線への補給が滞るようにしたことだ。物資不足で前線が崩壊することを恐れた共和国議会元老院は、マクベス政権を非難するのが精一杯で、武力介入はおろか経済制裁もできないらしい。

「そんな事情があったんだね。よくわかんないけど複雑なんだ」

 外の世界のことをまったく知らなかったキサラが首を捻った。

「どれだけ科学テクノロジーが発達してもそういう事情は地球の変わらぬのだな」

 FFの声音には嘆息と諦観が混じっていた。

「同じ知的生命体なのだ。蛮族と和睦は計れぬのか?」

 驚きにティタニアが口を開いたが、すぐそれを恥じ上品に手を口を隠す。

「蛮族はたしかに共和国に比肩する高度な科学を持っていますが、精神性(メンタリティ)が人族とはまったく違います。彼らは凶暴で好戦的な性質で殺戮と破壊を嗜好します。暴力と恐怖で弱者を支配することに悦びさえ感じるのです」

 発展途上惑星地球出身のFFは、ティタニアの嫌悪と恐れを理解できないようだ。

「あたしは蛮族と直接会ったことはないけど決めつけはよくないと思うな」

 外の世界を知らないキサラもいまひとつ実感がわかないらしい。

「根源的破滅招来体と魔神は? この二つとは共存できないのか?」

 驚きと恐れにティタニアが身をのけ反らせた。

「なんという途方もないことを……。極稀にですが蛮族とは利害が一致すれば交渉の余地があります。ですが魔神とは一切ありません。まだしも蛮族は容姿は人族に近いのですが魔神はまったく異なります。根源的破滅招来体に至っては知性はなく本能のみで行動しています。その本能は知的生命体の殺戮と生命の殲滅です。蛮族でさえ彼らを恐れ嫌悪しています! この二種族との和睦は蛮族と以上にありえません!」

 内心の動揺を示すように奴隷姫の繊指がわなわなと震えていた。

「……つまり脅威の度合いで言えば根源的破滅招来体→魔神→蛮族ということか?」

 ようやく落ち着いたのかティタニアが頷く。

「その認識で間違っておりません」

 ティタニアの反応から蛮族や根源的破滅招来体の実態をある程度理解できたらしく、FFはそれ以上なにも言わない。

 しばし場を沈黙が支配した。

「……姫、いや王女であるわたくしはいまでも蜂起の旗頭となりえます。レジスタンの方々はいまでもわたくしを救出しようとしているでしょう」

 待ち望んでいた千載一遇の好機に、FFが目を輝かせて、一度目以上の勢いで身を乗り出す。

「それを一番聞きたかった! やはりレジスタンスは君を助けようとしているのだな! 連絡を取る目途はあるのか!?」

「はい。それは間違いありません。連絡は取れませんが……」

 言葉を切りティタニアが握りしめた自分のこぶしを見下ろす。

「この呪縛具さえ脱げればわたくし一人でも脱出できます!」

 言葉の意味が理解できないようでFFがキサラを見やった。

 彼女は思い当たる節があるようで頷いている。

「言葉の意味がわからぬのだが……。なぜ君だけそのような服装なのだ?」

これ・・拳戦士フィスターであるわたくしの戦闘力を封じるための呪具なのです」

 ティタニアもFFの反応が理解できないらしく怪訝な表情だ。

「やっぱり! 本物の拳戦士をはじめて見たよ!」

 何度も頷くとキサラは青髪の少女の頭頂から爪先までまじまじと視線を走らせた。

 一人蚊帳の外のFFが皮肉気に唇を歪めて腕を組む。

「あいにく俺は地球アースという未知領域の発展途上惑星から拉致されてきたのでな」

「道理で……、拳戦士とは共和国最強の戦士です」

 立ち上がるとティタニアは前方に鋭い拳と蹴りを放った。反動で巨大な乳房が激しく弾む。

「君が女だてらに格闘家なのはわかった。だが、それがなにになる? 監督官は熱線銃や光線銃を持っているのだぞ?」

 ファイティングポーズを取ったままの奴隷姫が不敵な笑みを浮かべた。

「拳戦士は宇宙戦艦バトルクルーザー以上の共和国最大の戦力なのです」

 いまだ話を読めないFFが苛立たし気に片眉を上げる。

「拳戦士は体内の霊的エネルギーであるオラティオを燃焼させることで超常の戦闘力を発揮するのです。オラティオは人族の身体能力と強度、神経の伝達及び反射速度を数百倍に上昇させます。達人級マスタークラスとなれば光速の拳を放てるのです」

「なっ……」

 常識を超えた情報に唖然とFFが口を開く。

「驚かれていますがオラティオは宇宙のすべての生命体に内包された力なので、貴方も修行さえすれば操れるようになりますわ」

「あたしが噂で聞いてたとおりだね」

 キサラに頷いたティタニアがFFの鼻先に蹴りを繰り出す。どうやらこの姫も意外と勝気な性格らしい。

「わたくしの必殺技は一撃でこの衛星を砕けます。地球ではオラティオのことは知られていないのですか?」

 彼の位置からはベルトが深く食い込んだ奴隷姫の股間がもろに見えているようで、FFの顔は赤らんでいた。

「まったく知られていないわけではないが……。公的オフィシャルではそうした力はオカルトとされている」

 脚を降ろしたティタニアが卑下するように顔を伏せた。

「わたくしはかなり戦闘能力には自信があったのですが、マクベスには三人の強力な魔女が仕えているのです。奮闘しましたが虜えられオラティオを封じられてしまいました。ですが……」

 ガバッと顔を上げると彼女はキサラとFFの手を取った。

「圧政に苦しんでいる方々をお救いするためにわたくしはいつまでも奴隷衛星ここには居られません! 貴女方は信用できます! お願いです! 脱走に力を貸してください!」

 持ち臨んでいた言葉にFFが渾身の力で奴隷姫の手を握った。

「脱獄はずっと考えていたことだ! キサラ!」

 同意を求めるように奴隷衛星での彼の唯一の友達へ振り返る。

「うん! 三人で協力してみんなを助けよう!」

 頷いたキサラは満面の笑顔だ。しかし、他の二人は表情を強張らせた。

「いえ、わたくしはとりあえず三人だけでという意味で……」

「人数が増えれば情報伝染の可能性が高まる。恩賞を求めて俺達を売ろうとする者もいるだろう。全員を助けるのは無理だ」

「…………」

 表情を曇らせキサラが二人から手を引く。

「他の人を見捨ててあたしだけ逃げるなんてできない……。脱走は二人だけでやって。安心して殺されてもこのことは誰にも言わないから」

「貴女という方は……」

 奴隷姫の瞳は潤み胸元に置いた右手も感動で震えていた。

 血相を変えてFFがキサラの両肩を掴む。無論彼女が脱獄のことを他者に漏らすことを恐れているのではなく、なんとしても想い人を助けたいのだ。

「君が奴隷衛星ここに残ることになんの意味がある!」

 わずかの間に奴隷姫も心優しい少女に深い好意と敬意を抱いたらしく、空いている彼女の手を取った。

「そのとおりです。貴女の優しさは尊敬に値しますが、貴女がここに残ることは無意味です! 脱走して外部からここの方々を助けるために努力することこそ、彼らのためになることです!」

「でも……」

 少女の瞳はまだ心中の葛藤を表すように揺れている。

「おまえが残るなら俺も残る! おまえは自分のエゴに俺を巻き添えにするのか!?」

 使命のあるティタニアはさすがに同意しなかったが、強い意志を込めてキサラの双眸を見つめた。

 やや筋違いな理論ではあるものの少年の献身と奴隷姫の誠意は少女に届いたようだ。

「わかった……」

 完全には納得していない様子だがキサラが頷く。

「でもティタニア、外に出たら絶対すぐにここのみんなを助けるようにレジスタンスの人に頼んでね!」

「もちろんです」

 再び思いをひとつにした三人はもう一度手を握り合った。

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