第6話 PHASE2 スレイブガール ミーツ スレイブアースリングボーイ ミーツ スレイブプリンセスー②

 キサラの半分の視界にアル・カートラス星が浮かぶ。

 二つの太陽はアル・カートラス星のうしろに隠れており、作業場を照らす照明装置も監視ドローンもまだ飛び交っていない。いわゆる夜明け前だが目覚ましがなくても、作業開始前に自然と起きられるのだ。

「うーん!」

 座ったまま大きく伸びをすると傷が痛み少女はわずかに顔をしかめた。昨日したたかに痛めつけられた身体はまだ痛むものの、それ以上に活力に満ちているのが不思議だった。

(FFに元気をもらったみたい)

 隣で眠っている少年へ視線を移す。彼は昨晩をキサラを看病した疲れからかよく眠っていた。

「昨日はほんとにありがと」

 寝顔を見ているだけで胸が暖かくなり、鼓動が早くなる。

(この感じなんだろ? 身体がポカポカしてケガしているのに、お腹が減ってるのに元気が湧いてくる。こんなの初めてだよ)

 未知の感覚に戸惑っているものの決して不快ではなく、むしろいままでの人生で一番楽しい。

「って早く起こさないと監督官のおっさんに殴られる!」

 頬をペチペチ叩いて身体を揺するとFFはすぐに目を覚ました。

「おはよ!」

「あっ、ああ」

 二人同時に立ち上がった。

「?」

 怪訝な顔でFFがまじまじと見てきた。

「なっ、なに?」

 羞恥を覚え両手で巨乳を隠し身をよじった。

「君は……、昨日あんなにひどい怪我をしたのに元気だな」

「うん、昔からケガの治りは早いんだよ!」

 元気をアピールするために二の腕に力瘤を盛り上げた。

「しかし、死んでいてもおかしくなかったのだぞ?」

 FFが訝し気に首を捻った。

「胸の奥から熱いなにかが湧き出してきてケガが他の人より早く治るんだ。力も出るよ!」

「? まあ、宇宙人だしそういうこともあるか」

 両手を腰のうしろで組み上体を屈めると少年を窺うように見上げる。

「監督官のおっさんが言ってるのを聞いたことがあるんだけどさ、あたしとFFみたいなのを友達・・っていうのかな?」

 瞬時に顔が赤らみ視線も反らしたが彼は言葉を紡いだ。

「そいつらのいう友達・・はどうせ本当の友達ではない。だが、俺と君は……『友達』だ」

 嬉し気に微笑み、天を見上げた少女の目の端でなにかが光っていた。

「そっかー、友達だよね!」

 彼に他の奴隷とは違う存在と認められたことで、また心火が強くなった。 

 二人が会話をしている間に他の奴隷達も起き出しドローンも飛び立った。

 少年を手を取った少女が作業場を指差す。

「行こ!」

 待っているのは地獄の重労働だというのに、少女の顔はこれから恋人と一緒に登校する女子高生のようだった。


 監督官達はさぼりには厳しいが、どの奴隷がどの労働を行うかにはルーズであり、FFは容易に同じ作業に就けた。いまは一緒に発電装置の車輪を回していて、最初のころは監視の目を盗んで会話をしていたものの、いまはFFは息が荒く肩も激しく上下しており会話も途切れがちになっていた。

「大丈夫?」

「あっ、ああ。俺は地球ではあまり運動はしなかったからな。こんなことになるんならもっとスポーツをしておくんだった」

 生まれたときから重労働で鍛えられた少女はまだまだ余裕があった。

「腕は棒に置いてるだけでいいから。あたしにもたれてかかって」

 FFは一瞬躊躇したものの楽をしたいという欲望より、良心と男としての矜持が勝ったようで首を左右に振った。

「そんな破廉恥な真似はできん。君の気遣い優しさだけで充分助けになった」

 疲労の極にあっても誇りを忘れず、他者を思いやる。キサラは彼女自身以外の奴隷がそうするのをはじめて見た。

(FF、カッコいいよ!)

 彼が監督官や一般社会で暮らした経験のある奴隷が言っていた、神話や伝承の英雄に見えた。

(よーし、ガンバるぞ!)

 少しでもFFと負担を軽くするため全力で棒を押す。


 数日が経過した。地獄の重労働の中常にキサラはFFを気遣い続けていた。彼と一緒にいると笑顔の時間が確実に増え、そんな少女と接している間に引きつり強張っていた少年の顔もいつしか綻んでいた。


 作業が終わったあと二人は空を見上げ語らっていた。どちらも――特にキサラは――疲れ切り飢え、身体中傷だらけなのに笑顔だった。

 岩に腰かけたキサラが足をぶらぶらさせながら一際輝く星を指差す。

「あたし、星の中であの星が一番好きなんだ」

 地面で胡坐をかいたFFもその星を見上げた。

「あれは……たぶん北極星ポラリスだな」

 キサラが怪訝な表情をFFに向ける。

「北極星?」

「地球ではそう呼ばれていたのだ」

 改めて少女が北極星を見上げた。

「地球からもあの星見えてたんだね」

 遥かな星の海を隔てて、ある意味その距離以上に隔絶した環境で生きてきたと思っていた、少年のとの思わぬ共通点が嬉しくて少女が微笑む。 

「あたし達知らずに同じ星を見てたんだね」

「そうだな」

 キサラはしばらく足をぶらぶらさせていたがふいにFFを見やった。彼を眺めているだけでどんな疲弊していても、傷が痛くても、飢え渇いていても、元気が出て満ち足りた気分になるのだ。FFと一緒に居ると荒れ果てた大地が美しく見えた。

これ・・がお姉さんの奴隷が言ってた”恋”なんだ)

 少女はようやく自分が彼に恋をしていることを理解した。いまや胸の奥の火は灼熱の炎となって燃え盛っている。奴隷仲間には同年代の少年、容姿の美しい若者もいたが、いままで心を動かせることはなかった。あまりにも気丈で、あまりにも誇り高く、且あまりにも阻害されていたためだ。

 しかし、少女の心の扉を開くには適切なたったひとつの行動と言葉でよかったのである。

 少しでも多く想い人をことを知りたいと思う。

「FFってあたしと同じくらいの年なのになんでも知ってるんだね。地球の人はみんなそうなの?」

「いや、普通俺と同年齢の人間はこれほど博学ではない。俺は十六だが飛び級で大学を出ているのだ」

「ふーん」

 視線をさ迷わせていたが意を決して少年を見やった。

「ねぇ、十五の次っていくつ?」

「? 十六だ」

 キサラは岩から飛び降りると両手を腰をうしろで組みくるくると回った。

「そっかー、十六かー」

「十六がどうかしたのか?」

 回転を止めると少女が照れ臭そうに髪を掻く。

「あたし、いま十五なんだけど年の数以上の数知らないんだよね。そっかー、あたし今度十六歳になるのかー」

 思わずFFが立ち上がった。

「それは……、祝わねばならないな」

「へっ? なんで?」

 誕生日を祝うという習慣を知らない少女が首を傾げる。

 その仕草が可愛くてFFが顔を赤らめる鼻の頭を掻く。

 その後も二人はとりとめのない会話を続け、それに飽きると眠った。


 しかし、十六歳に成るということを強く意識したその日から異変が起こった。毎夜同じ夢を見、魂の奥底からなにかが心を突き破って出てくるような感覚を覚えるようになったのだ。

 経験のない事態に不安を覚えたがFFに心配をかけないため、キサラはそれを胸の中に抑え込む。



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