第5話 PHASE2 スレイブガール ミーツ スレイブアースリングボーイ ミーツ スレイブプリンセスー①





 数日後の奴隷衛星には強い日差しが降り注いでいた。衛星が二つの太陽の放つ光が交差する地点に入ったためであり、環境調節装置はフル稼働していも作業場の気温は四十度を超えていた。

 それでも奴隷達に強いられる労働は変わらず、キサラは電気を産み出す車輪を回す班に着いてた。

 奴隷に衣服が支給されるのは数年に一度なので上半身は剥き出しのままで、腰回りを隠すボロ布も僅かなので時折股間が覗いていた。

 とはいえ男の奴隷達もそれを見る余力はなく、酷暑の中水もろくに与えられない彼らの額にはすでに汗さえ浮かんでおらず、その代わり汗の結晶化した塩が全身から零れていた。


「ハアッ……、ハアッ……、ハアッ……」

 少女の唇から零れる吐息は途切れ途切れで乳房の揺れ幅も小さく、太い棒を押している両腕はとっくに感覚がなく喉は焼けるようだ。

「…………っ」

 一瞬視界が暗くなり全身の感覚が消失した。だが、すぐに前方で棒を押す奴隷の傷だらけの背中が飛びこんできた。

(一瞬気を失ったんだ)

 無理もない。この数日は支給される僅かな食事も半分以上他の奴隷に譲っているのだ。

 鉛のように重い身体を叱咤して知らない間に棒にもたれかかっていた上体を起こす。

 チラと監督官を盗み見た。

(こっちを見てない)

 右腕を口元に寄せ表面で結晶化した汗=塩を舐めると五体にわずかに力が蘇った。教育を受けていないキサラは疲弊したときに塩分を補給すれば体力が回復することを習ったわけではないが、長年の奴隷生活で身につけた知恵だ。

 両腕の塩だけでなく瘡蓋かさぶたまですべて舐めると、足元がたしかになり視界もはっきりした。

 再び力込めて棒を押す。

「あっ」

 隣で同じ棒を担当していたアールヴの青年がへたり込む。

「しっかりして! また殴られるよ!」

「……ボクは……もうだめだ……、立てない……」

 再び監督官を窺うと幸運にもこちらの状況に気付いていない。

「ちょっと待って」

(自分が苦しいからって他の人を見捨てていいわけじゃない。他の人が見て見ぬふりをしてるからって自分もしていいわけじゃない)

 左腕をアールヴの脇の下に入れ立ち上がらせると、彼を自身にもたれかけさせた。

「あたしに寄りかかって立つぐらいできるよね!?」

「あっ、ああ……」

 アールヴは少女の行動を理解できないらしく、未知の生命体を見るような表情だ。

 キサラ自身とっくに限界を超えており立っているだけで精一杯で、細身のアールヴでも山よりも重く感じる。酷使され過ぎた靱帯や腱は新たな負荷にいまにも千切れそうだが、それでも弱音も不満も言わず棒を押し続けた。

 だが、少女の努力も虚しく次々と奴隷が倒れていき、彼らを監督官が「役立たずが!」「立て!」と罵りながら鞭と電磁棒で殴りつけている。監督官も暑さで苛立っているのでいつもより容赦がない。

(酷過ぎるよ!)

 他の奴隷の苦境を見ているうちに抑え難い衝動が込み上げてきた。

「っ、棒にもたれかかれば立てる!?」

 アールヴが弱々しく頷く。

 心身共に疲弊しきり限界を超えている身体を精神力だけで支え地を蹴ると、少女は枷の食い込んだ足首から血を噴出させつつ、監督官に走り寄り鞭を振り上げた腕に飛びついた。

「あたしがそのぶん働くから! 他の人は休ませてあげて! 水を飲ませてあげて!」

 渇ききり喉は裂けそうでも必死に掠れた声で訴える。その姿は邪神の怒りを鎮めるため自ら生贄に志願した救世の聖女のようだ。

 案の定露骨な反抗に監督官が激怒した。

「うるせぇ!」

 理性の束縛を脱した力で地面に叩きつけられたキサラの身体中の骨が軋む。

「カハッ!」

「このガキが! 奴隷のくせに俺に命令する気か!」

 唾を飛ばしながら怒声を放つと監督官は怒りに任せてめちゃくちゃにキサラを鞭打ち、蹴り、踏みつけた。

 そのたびに少女から鮮血が飛び散り、身体がボールのように弾む。


 少女が暴力に蹂躙されているのを他の奴隷は見ているだけだ。

 以前彼女に庇ってもらい傷を治してもらった子供も。

 パンを譲ってもらった兄妹も。

 ついさっきキサラに助けてもらったアールヴさえも。

 見ているだけでなにもしない。その目には同情さえない。

 人族なんてそんなものだ。

 優しくしたって優しくしてもらえるわけではない。

 助けたからって助けてもらえるわけではない。

 余裕のある生活をしているときならいざしらず、極限の環境では人族の本性は剥き出しなる。

 人族は汚くて、卑劣で、醜い。

 表層を取り繕っているだけで本質は蛮族と同じなのかもしれない。

 地平に浮かぶアル・カートラス星では多くの人族が幸福と平穏を享受している。しかし、奴隷衛星ここには地獄しかない。

 少女が痛めつけられているのを冷ややかに見つめている奴隷のの中に、一人だけ彼女に憐憫の視線を注ぎ、監督官に義憤を燃やしている少年がいた。




 その日の夜、作業場の外れの岩陰。

 仰向けのキサラを彼女の傍らに座った少年が懸命に介護していた。彼がしたたかに痛めつけられあとごみのように放置されたキサラをここまで運んできたのだ。

 少女は全身痣と鞭痕と擦過傷だらけで、健康的に日焼けした滑らかな肌は蛇の皮のように斑になっており、顔も原型を留めぬまでに変形し右目は瞼が腫れ上がり開けることもできない状態だ。それでも強靭な大胸筋で支えられた双乳は崩れることなく天を突いていた。

 薬はおろか水一滴布一枚ないのでできることはほとんどなく、それでも少年は彼のボロ服を千切った布でキサラの汗を拭き、拾った板で風を送り続けている。

 少年は長い金髪を首のうしろでひとつにまとめた人間イノセントの白人で、顔立ちは整っており、表情には奴隷に似合わぬ品と知性があった。

 少年の作った風でキサラの腰回りをわずかに隠すボロ布がめくれ、足の付け根が露になった。

 一瞬顔を赤らめ視線を逸らしたものの少年は板を振る腕の力を強めた。

「うっ……」

 キサラの腫れた顔が苦痛に歪み呼吸がか細くなった。

「死ぬなよ。わざわざおまえを助けた苦労が無駄になる」

 言葉からして彼は純粋な善意で少女を助けているわけではないようだ。

 少しでも楽になるようにキサラの姿勢を調整すると、少年は一層熱心に風を送った。




 少女の意識は痛みという灼熱の溶岩マグマで塗り固められていた。

 それがわずかに緩み思考をする余裕が生まれた。

(気持ちいい風……、以前監督官のおっさんが言ってたアル・カートラス星の涼風ってこんなのかな)

 疑問を抱きながら開いた――開けた――目はいつもの半分だったが、見たことのない少年が配そうな顔で覗き込んでいた。

「あっ、あんた、つうっ!」

 反射的に上体を起こしたものの途端焼けるような激痛が走り、再び仰向けに倒れた。

「無理するな」

 気遣いながらも会話は求めているようで少年は首のうしろに腕を回すと、喋りやすいように背を岩に預けさせた。

 まだ痛みは酷いものの楽な姿勢になったことで、改めて少年を見やるゆとりができた。

「どうして……助けてくれるの? いままであたしを助けてくれる人は一人もいなかったのに」

「? 女の子が大怪我していたら普通助けるだろう」

「っ」

 その言葉を聞いた瞬間心臓がトクンと鳴り、胸の中に暖かいものが生じ、痛みが和らぐ。

「そっか、そっ、そうだよね。やっぱ助けるのが普通よだね。ははっ、あたし、間違ってなかったんだ」

 視界が滲む。彼女自身自覚できていないしまだ小さいが、たしかに心の奥に火が灯った。

「? 俺はフィン・フィオナ。親しい人からはFFエフツーと呼ばれている。君は?」

「あっ、あたしはキサラ」

 硬かったFFの表情がわずかに綻ぶ。

「キサラか……。いい名だ」

 名前を褒められたのは産まれて初めてだ。心臓が再びトクンと鳴る。鼓動は一度目より大きい。

「あっ、ありがと」

 咄嗟にそれしか言えず話題を求めて記憶を探るが、産まれたときから奴隷だった彼女に、楽しい話題などあるはずがない。

「っ」

 胸と腰に少年の視線を感じた。男が女性のそこに性的魅力を覚えることは知っていた。

(やだ……、恥ずかしい)

 他の奴隷に見られるのは平気だったのに、なぜか彼に乳房や腫れ上がった顔を見られたくなくて、なんとか隠そうと右腕で胸を覆い左手で顔を隠す。股間も視線から守ろうと身をよじったが、そのために双乳がぷるんと弾んでしまう。

 キサラの羞恥を察したらしくFFが目を逸らして居住まいも正す。

「君に訊きたいことがあるのだ」

 緩んでいた表情を再度引き締めてFFが瞳を覗き込んでくる。

「なっ、なに!?」

 これまでの二回以上に心臓が強く打ち、顔が腫れとは別の理由で熱くなった。

「この奴隷衛星スレイブサテライトの警備状況、構造、宇宙船の発着実態を知っている範囲でいいから教えてくれ」

「うっ、うん」

 自分のことを訊ねられると思っていた少女が軽く肩を落とす。

「うーんと……、監督官の交代と食料や物資の補給のために七日に一度宇宙船がやってくるよ。着陸するのはいつもあそこ・・・

 少女が汚れた指で指示したさきには三階建てのビルがあった。

あそこ・・・は監督官達の宿舎なんだ。警備は光線銃レイガンや熱線銃(

《ブラスター》を持った監督官がいつも五、六人かな。でも本当に監視してるのは作業中いつも上を飛んでるドローンなんだよ。そいつらの撮ったが映像が宿舎で観れるらしいよ」

「おおむね俺の推測どおりだな。監督官は全部で何人だ?」

「え、えっと……」

 監督官が全部で何人ぐらいかは知っていた。だが、それを示す数字は知らなかった。そのことを知られるのが恥ずかしい。

「ごめん、よくわかんない」

 咄嗟に嘘を言ってしまったことにさらなる羞恥を覚え少女が顔を伏せた。

「そうか……」

 腕を組んで何事か考えはじめたFFの横顔をまじまじと眺めてしまう。

(こいつ他の人とどこか違う。他の奴隷に有るものが無くて無いものが有る)

 外の世界を知らないので適切な言語化ができないが、少年に無いものは荒々しさと獣性、有るものは知性と品性、穏やかさだった。

 FFは一瞬宿舎を睨んだもののすぐ視線を地面に落し、なにかを考え続けている。

(脱走を考えてるんだ)

 無論いままで脱走を試みた奴隷は何人もいたが全員失敗して殺されていた。

(そのことを伝えて止めるべきかな? でも希望を潰しちゃうよね)

 場を気まずい沈黙が支配する。だが、少年の真摯な横顔を見ていると少女の胸は高鳴った。

「ねっ、ねぇ、FFのこと教えてよ!」

 無言に耐えられなくなり声をかけた。

 FFはわずかに迷惑そうに顔を顰めたものの、問いに答えさせておいて無視するのも悪いと思ったのか口を開いた。一般の社会の人間なら当たり前のマナーだが、奴隷として生きてきたキサラにはほとんど経験のないの気遣いで、それだけで嬉しかった。

「俺は三日前奴隷衛星ここに連れてこられた。その前は地球アースという惑星で普通に暮らしていた。調査だが探検だが知らんがアル・カートラス星人を目撃したので拉致されたのだ」

「やっぱり。あんたの顔初めて見たし身体も綺麗だったから。でも地球って?」

 教育を受けたことのないキサラだが、奴隷衛星には様々な人族が送られてくるので、種族と惑星にはそれなりに詳しい。

「遥か彼方にある惑星だ。銀河共和国の区分では辺境……、未知領域アンノウンスリージョンに位置しているらしい。文明段階は発展途上段階デベローピングステージだそうだ」

 聞き覚えのない単語に思わず首を傾げる。

「発展途上段階?」

「地球は自身の衛星には辛うじて到達していたが、超光速はおろか一番近い惑星への進出さえできていなかった。核融合さえ実現できておらず物質反物質の対消滅エンジンなど夢のまた夢だった。……銀河共和国この世界に比べれば中世だな」

 FFの恥部に立ち入ったようで罰が悪く、空気を変えるため新たな問いを発する。

普通に暮らしてた・・・・・・・・ってことは地球じゃ奴隷じゃなかったんだよね。ねぇ、地球のこと聞かせてよ!」

 空気を変えるための質問だが、同時にキサラの心では少女らしい好奇心が湧き起っていた。

「俺はアメリカユナイテッドステーツという国で暮らしていた。地球で一番栄えている国だ。国民は皆清潔で趣向を凝らした服を着ている。毎日三食味や栄養バランスが考慮された食事を摂れた。夜は冷暖房を完備した快適な住居で眠れる。ゲーム、アミューズメント、スポーツ、音楽ミュージック、SEX……。考えられる限りの娯楽を楽しめた」

「わぁ……」

 キサラの(塞がっていない)左目が煌き、腫れでわかりにくものの表情も綻ぶ。

 生まれたときから奴隷として生きてきた少女には、普通の生活や幸福など監督官の会話からかすかに漏れ聞くだけだった。それでもキサラも年頃の少女であり、美しいものや幸せに憧れないはずがなかった。だが、そんなものを望める立場ではないと諦めていたし、勝気な少女は監督官や他の奴隷に弱みを見せたくなく常に強くありたいと、そういった夢を見ることを自制していたのだ。

 それでも心の片隅でその思いは眠っていた。

「……地球に……行ってみたい……」

 子供のように無邪気な夢見る表情でキサラが身を乗り出す。

 彼女に一瞥を投じたFFは苦い表情になった。

「いや……地球人もすべてが幸福なわけではない」

「? どういうこと?」

 少女の夢を壊したくないと思ったのか一瞬彼は視線をさ迷わせた。

「地球には百以上の国が存在するが豊かな生活をしているのは四分の一にも満たない。過半数は途上国や貧国で、この……」

 一端言葉を切り作業場を見やる。FFの視線のさきには荒れ果てた大地と連日の苦役で疲れ切り、泥のように眠る奴隷達があった。

「衛星と然程違わない生活をしている」

「そんな……」

 夢の世界だと思っていた星の思わぬ実態に、キサラが言葉を失い顔を曇らせた。

「銀河共和国とやらも文明は地球よりはるかに進歩しているが、こんな非道を放置しているのなら実態は同じかもしれんな」

 問うような視線を向けられた少女が真正面から少年の瞳を見返す。

「……あたしは奴隷衛星ここで生まれた。外の世界のことはなにも知らない。でも共和国の人達は、ううん、奴隷衛星ここの人達も本当は優しい、いい人達だって信じてる。……みんな環境が悪いんだよ」

 わずかに躊躇したもののFFが言葉を紡いだ。

「どうしてそんなことが言い切れる? 他の連中は他人が苦しんでいるのを見て見ぬふりをしていた。君だけが身を挺してまで助けていた。なぜだ? 誰かから道徳や倫理について教育を受けたのか?」

「あたしは奴隷衛星ここで生まれたからキョーイクを受けたことはないよ。苦しんでる人を助けるのは、みんなを信じてるのは……」

 言葉を切り自らの想いを再確認するように手で胸に触れた。

「信じてるから。助けたいから。気が付いたときには勝手に身体が動いてるんだよ」

 照れ臭そうにキサラが頭を掻く。

「…………」

 FFが太陽を見ているように眩しそうに目を細めた。

「君は……優しいな。そんなことをするのは本当に優しい人間だけだ」

「そんな風に言われたのはじめてだよ」

 痣で黒ずんでいた少女の顔が赤くなり、胸の奥がドキドキした。

「FFだって優しいよ。あたしのこと助けてくれたんだからさ」

「えっ」

 意表を突かれたらしくFFが頬を赤らめ視線を逸らす。

「そっ、それにしても驚いたな。星の彼方の宇宙人エイリアンが地球人とまったく同じ姿だとは。まるで日本ジャパンのアニメかマンガだ」

「どんな姿だと思ってたの?」

「骨と皮のガリガリで身長が俺の半分で、目が異常に大きくて鼻が無いと思っていた」

 いわゆるグレイである。

「ひっどーい」

 キサラが子供のように頬を膨らませたが、その仕草で傷が痛み顔をしかめた。

「もっ、もう眠れ。傷に障るぞ」

 自分を気遣ってくれた。産まれたときから奴隷だったキサラには初体験の優しさであり、それは風となって心の奥の火を大きくした。

「うん」

 目を閉じて地面に横になったものの胸の奥が熱く、目が冴えてなかなか眠れなかった。

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