第4話 PHASE1 奴隷少女-③
奴隷衛星に夜が訪れた。無論自然なものではなく衛星は重力制御装置によって一日の内十時間、全体が二つの太陽の光が届かない地点に移動するのだ。衛星は人工的な供給によって人族が活動できる酸素濃度が保たれているものの、
そんな環境で奴隷達は毛布の一枚もなく固い地面で眠る。そんな場所しか許されないとはいえそれでも大半の奴隷達は休むことができた。
「ハァッ、ハアッ、ハアッ、……くっ」
可憐な唇が火のような息を吐き、張りのある巨乳が激しく上下した。
キサラは彼女の掘った三メートルほどの深さの穴の底にいた。
チラと見上げると地上では監督官達が、品性の欠片もない卑しい笑みで見下ろしている。
「よーし、上がってこい。今度はこの穴を埋めろ!」
三時間かけて掘らせた穴をその手で埋めさせることで、体力だけでなく気力まで痛めつけようというシーシュポスの神話と同じ拷問である。監督官に反抗してばかりで仲間を庇う少女の心を折ろうというのだ。
そのことを理解していても空色の瞳には一片の陰りも悔いもない。
(自分で決めてやったことだから! それで後悔したらカッコ悪い! 自分にもうしわけない!)
穴の縁に立つ監督官の背後にアル・カートラス星があった。
(あの星には
監督官の会話を盗み聞いたことがあった。奴隷衛星で育ったキサラにはよくわからないが、いまの彼女と同じぐらいの年齢で、誰にも頭を下げなくてよくてすべての人間に命令できる、ここでの監督官以上に偉い立場らしい。
(……あたしは奴隷だけどアル・カートラス星のお姫様より胸を張って生きてやる! そのためにはこんなことで負けられない!)
気丈に監督官達を睨み上げると穴から這い上がり、周囲にある掘り出した土を穴へ戻しはじめた。
「このアマぁ」
毅然とした態度が癪に障ったようで監督官達が四方を取り囲み鞭を放ってくる。
たちまち新たな鞭痕が刻まれ、辛うじて少女の大きな乳房を覆っていたボロ布が弾け飛び、鳶色の乳首が零れ出た。
「っ」
少女の肩がかすかに震え一瞬頬に朱が差す。
(弱気な姿なんて監督官に見せるもんか!)
羞恥と痛みを堪え黙々とスコップを動かし続ける。
黒かった視界に赤みが差したことで瞼が微動し、少女は緩慢な動作で光源へ顔を向けた。
「……朝……か……」
キサラが積み上げられた石材に背を預け、泥のように眠ってからまだ三十分と経っておらず、全身の出血さえまだ完全に止まっていない。
なんの気なしに三時間かけて掘り三時間で埋めた地面を見やる。なぜかおかしくて無意識に微笑んでしまう。
作業場では奴隷達が起き上がりはじめている。
「……あたしも……行か……ないと……」
萎え切った四肢で立ち上がろうとしたが力が足りず崩れ落ちた。無理もない。一睡も許されず重労働を強いられたので、筋肉も靱帯も腱も限界を超えた酷使に悲鳴を上げているのだ。
「くっ」
思い通りに動かない足を拳で殴りつけ、疲弊しきった身体に喝入れるとキサラは作業場へ歩き出した。
キサラが指で小さく千切ったパンを口へ運ぶ。
さらに数日が経過した奴隷衛星は一日に一度の食事時間だった。食事といっても彼女の拳ほどの黴たパンと濁った水が与えられるだけだ。
それでも奴隷達にとって命を繋ぐための貴重な栄養補給と休息の時間であり、蜜実―キサラは実際にそれを口にしたことはないが――のように甘く感じるパンと水を食べるのは至福のことだった。
至福の時間を少しでも長引かせようと皆、ちびちびとパンを食べていく。無論キサラも例外ではない。
「?」
視線を感じその方向を向くと数人の若い男の奴隷が見つめている。ボロ服を失い乳房を晒すようになってから頻繁に男に見られようになっていた。
「っ」
女性の本能で一瞬羞恥を覚え胸を隠しかけたが、そうするのは男達に負けているようで面白くない。
(見るなら見ろ!)
背を逸らし強調するように胸を突き出す。赤い突起がツンと天を突く。
あまりに気丈な少女の態度に男達の方が顔を赤らめ視線を逸らす。
満足して意識を食事に戻すと手の中のパンはまだ半分残っていた。
(この時間がまだまだ続くんだぁ)
自然と顔が綻ぶ。
だが、楽しい時間を長引かせる知恵を持たない幼い兄妹の奴隷は一気にパンを食べてしまい、物欲しそうに指をしゃぶっている。
お腹がグウと鳴り口内で唾が噴き出したものの立ち上がった。
(自分が苦しいからって他の人を見捨てていいわけじゃない。他の人が見て見ぬふりをしてるからって自分もしていいわけじゃない)
道徳や倫理の教育を一切受けたことがなく、殺伐とした荒み切った環境で育ってきた少女が自然とそう思えるのは、まさに生来の魂の奥底から清廉な泉のように湧き上がってくる優しさだった。
あるいは遥か昔にすでに形作られていた
チラと手の中のパンへ視線を落とすと喉がゴクリとなった。もともと少女の拳ほどの大きさしかなく、消費されるエネルギーが多いほど求めるカロリーも大きくなるので、人間の限界を超える重労働を強いられている奴隷がこんな量で満足できるはずがない。まして成長期真っただ中のキサラは子供達よりずっと食欲が強い。
それでもパンを二つに割ると幼い兄弟へ差し出す。
「あたし、お腹いっぱいだから食べていいよ」
疲れ切り腫れ、鞭痕と痣の刻まれた顔に優しい微笑みを浮かべて。
その光景を周囲の奴隷達は少しの奇異と困惑、多くの侮蔑で眺めている。本来少女や子供を守るべき大人も助けようとする者は一人もいない。
人族は汚くて、醜くて、優しくないから。
(あたしは褒められたくて、自分も助けてほしくて他の人を助けるじゃない。助けずにはいられないから助けるんだよ)
周囲の奴隷に恨み言は言わず、批難の視線も向けず、座っていた岩に戻ると再び腰をかけた。
投げ出した足をブラブラさせながら空を見上げると、アル・カートラス星と二つの太陽が見えた。
お腹は鳴り続けているが心は満足していた。
同時刻監督官達も食事を摂っていた。彼らは一日三食充分な量の食事を食べられるし、宿舎は冷暖房完備で娯楽設備もある。
少女の気高い献身を見た監督官が鼻を鳴らす。
「あのガキま~たバカなことしてやがんな」
キサラの高潔さを理解できる知性と品性を持った監督官など一人もいない。
彼らは五、六人集まって酒と煙草を楽しんでいた。無論勤務中の飲酒喫煙は禁止されているが、そんな服務規程を守る倫理観を持った監督官も一人もいない。情報端末で禁止されている性的な映像をダウンロードし股間を膨らませている者もいた。
「まったくいけすかねぇガキだぜ」
「だが、あのメスガキど~も妙なんだよな」
一人の監督官が
「一度も教育を受けたことがねぇ、数もまともに数えられねぇのに、本職の
「なんだよ、それ」
「問い質したらあいつ自身なんで知ってんのかわからねぇって言いやがる」
少女を見やっていた監督官が薄気味悪そうな顔になった。
「おい、これ読んでみろよ」
煙草を片手に情報端末を操作していた監督官がふいに顔を上げた。
「
「マジかよ。それじゃ前線が
「それだけじゃねぇ、
酒で赤らんでいた監督官の顔が青くなった。
「おいおい、それじゃ人族滅亡か!?」
片手で情報端末を弄っていた別の監督官が顔を上げた。彼は最低ランクとはいえ大学を出ていた。
「心配するな。蛮族と根源的破滅招来体と魔神は仲間じゃねぇ。あいつらで同士で勝手に潰し合ってくれる。だからこそこの銀河は人族、蛮族、根源的破滅招来体、魔神で四分され何万年も均衡を保っていられるんだ。それより……」
持っていた端末を仲間に晒す。
「王族のティタニア姫がマクベス様に逆らって奴隷にされたらしいぜ」
「ってことはもしここにきたら俺達がティタニア姫を抱けるかもしれぇってことか!?」
鼻息荒く身を乗り出した雑食機のように太った監督官に、大卒監督官は肩を竦めた。
「奴隷衛星は全部で十四もある。まずないな」
その後も人間の皮を被った獣どもは聞くに堪えない汚らわしい会話を続けた。
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