第2話 PHASE1 奴隷少女ー①

PAHSE1 奴隷少女




 エルストレアは小高い丘の上に立てられた公園の展望台に立って前方を睨んでいた。

 戦女神は上半身は丈の短い臍だしタンクトップと同じ丈のジャケットで、前を開いているので彼女の豊満な乳房が覗いている。両肩には肩パットを付け、両手には指だしの格闘用グローブを嵌めていた。下半身は身体にぴったりと密着したローライズのホットパンツなので端が健康的な太腿に食い込んでいる。足元は運動に適した靴だ。

 眼下にはアル・カートラス星の首都が広がっている。惑星国家の首都に相応しく各省庁や公共機関、銀河共和国名うての大企業の一千メートルを超える超高層ビルが軒を連ねており、碁盤のように整備された街には縦横に道路が走っていた――大半のスピーダーやエアバイクは飛翔能力を持つがそれでも必要なのだ――。空には三つの月が浮かび、地平からはひとつ目・・・太陽が半ば顔を覗かせており、三時間後には二つ目の太陽も昇るはずだ。

 普段なら休日であっても多くの人――人間イノセント異人間エイリアン問わず――の姿が見える首都がいまは閑散としており、街中で活発に動いているのは政府の警備と清掃ドロイドだけだ。大半の市民と民間ドロイドはこれから巻き起こるであろう騒乱を避けるべく、建物に引きこもり息を殺していた。

 戦女神のいる公園も彼女と背後に立つ二人――少年と少女――以外人影がない。

「街の人への情報の伝達はうまくいってるみたいだね」

 険しかった表情をやや緩めて前を向いたまま戦女神が呟く。

電脳空間サイバースペースを通じて秘匿回線シークレットラインで、惑星全土の市民の端末へメールで蜂起の日時を知らせた」

 背後に控えていた碧眼で金髪を長髪にした人間イノセントの少年が、エルストレアへ歩み寄った。

 顔立ちは整っており鋭い表情は怜悧で、瞳には高い知性が光っている。普通の服の上から白衣を纏っていた。

 人間イノセントとは銀河共和国でもっとも人口の多い人族ヒューマンの知的生命体である。イノセント・・・・・という呼称は彼らが最初に神に創造された知的生命体で、他の知的生命体エイリアンは神々が人間イノセントに付加要素を加え、彼らから派生したという神話に由来する。

 彼の名はフィン・フィオナ、通称FF(エフツー)。地球人・・・の十六歳の少年である。

「うん、あたしの要望通りだ」

 エルストレアは微笑んだがFFは眉を潜めた。

「いかに「 未定 」力作の秘匿回線とはいえ政府に看破される可能性は0ではない。まして惑星全土、五十億の人間に連絡すれば露見の可能性は飛躍的に高まる」

「じゃっ、街の人のなにも知らせず蜂起するっていうの!? そんなことしたら無辜の市民にどれだけの被害が出ると思ってんの!?」

 両手を腰に当て唇を尖らせて詰め寄ってくるエルストレアに、地球人の少年は肩を竦めた。

「わかっている。あくまで可能性の話だ」

 完全に納得はしていない表情だがエルストレアは再び首都へ向き直り街を、次いで空を見やった。天の大半はいまだ黒く、神である彼女の目には一般人には光点にしか見えない、衛星軌道上の宇宙戦艦バトルクルーザー――巡洋艦や空母、重機動戦艦――が、いや、そのはるか彼方の近隣惑星までがはっきりと視ていた。

「対蛮族アスヴァロス戦線を維持するためのアル・カートラス星軍と、近隣惑星バンクォーやマクダフ、シーワードなどへの根回しも滞りなく進んでいます」

 背後に控えていたもう一人の人物――少女――がエルストレアの憂慮を察したようだ。

 透き通るように白い肌の美しい少女で、顔立ちは気品と清楚さを兼ね備えており、膝のうしろまである髪は蒼穹のように蒼い。濃いサングラスと青のカラーコンタクトで隠された瞳の本当のいろは真珠のような銀で、両耳は先端がわずかに尖っており純粋な人間イノセントでないことを窺わせる。パンツルックのラフな服装でも高貴な雰囲気は隠せず、胸はエルストレアよりさらに豊かだった。それ以外は戦女神と対照的な少女で、エルストレアが道端に咲く強靭な生命力を持つ名もない華、あるいは闊達な向日葵なら、彼女は清楚で高貴な白百合だ。

 だが、一カ所だけ違和感を覚えさせる場所があった。まるでなにかを隠すように・・・・・・・・・・・に額に太いバンダナを巻いているのだ。

 彼女の名はティタニア・デュマ・アレクサンドル。アル・カートラス人でハーフアルフの十六歳の少女である。

「ティタニアとFFがガンバってくれたおかげだね。でもあたしはドロドロとした汚い権謀術数や損得勘定は好きじゃなんだよね」

 背後へ振り向くと戦女神は達観したような苦笑を浮かべた。

「やむおえないことです。すべての人が貴女のように無償の愛を持っているわけではありません」

「うん。わかってる」

 両手を腰の頭で組み、踊るようにクルッと回転したエルストレアの表情はどこか寂し気だ。すべての人に無償の優しさと悪に立ち向かう勇気を持って欲しいと願っているからだろう。

 それは現実的な意見を述べたティタニアも同じらしく、苦いものを噛んでいるような表情だ。

 エルストレアが視線を空から地平線に戻す。三分の二まで昇った太陽を背景バックに前衛的なデザインの建物が浮かでいた。

(禍々しいくらい黒い)

 前方の建築物は現在このアル・カートラス星を支配する独裁者、マクベスの宰相・・官邸だ。

 官邸を睨みながら無意識に握りしめた拳は汗ばんでいた。

(根源的破滅招来体を服従させてたほどの相手……、完全に力と記憶を取り戻せていないあたしで勝てる?)

 無論ただの政治家人間に神である彼女が脅威を覚えることはない。

 二人の仲間が一歩うしろまで歩み寄り、宰相官邸を凝視しているのを感じた。

「あそこにマクベスとアス・ヴァ・フォモールカオス神が居るのだな」

 FFの言葉にティタニアも頷く。

「はい。マクベスはただの政治家で戦闘力は皆無ですが、混沌神はわたくしや貴方がとても勝てる相手ではありません」

 仲間達が視線を向けてきたのを感じエルストレアがわずかに身体を緊張させた。万が一彼女が邪神に敗れた場合のことを考えたのだろう。

「わたくし達はエルストレア様のことを信じています!」

「君はツゥアハー・デ・ダナン最強の戦女神だ。完全な状態でなくても凡庸な邪神には負けぬ」

 励ましに応え心を通わせるため、振り返った戦女神は右手でFFの左手でティタニアの手を取った。

「うん! 戦うやる前からビビってちゃだめだよね!」

 闘志を煽るように戦女神が繋いだ手を上下に振り回す。

「エルストレア、そろそろ指定の場所に戻って待機していよう」

「うん、あっ」

 FFの背後にある何かに気付いたエルストレアが駆け出す。

 惑星の大半の市民がレジスタンスの蜂起を知って家屋の中にいるのに公園を徘徊している者とは、すなわちこの星の市民社会の枠外にいる者であり、ホームレスの少女だった。

 年齢は十歳ぐらいだが何カ月もまともな食事を摂っていないようでがりがりに痩せていて、服はボロボロで髪も肌も垢と脂に塗れていた。

 戦女神は少女に駆け寄りしゃがみ込んで視線を合わせると双眸に魔力を込めた。視界内に彼女のデータが浮かぶ。

(全身悪性の病巣でボロボロ、残余命二十四時間~三十六時間、人間の科学と魔法では救命不可……)

 少女の手を取ったが、もはや発熱する力すらないらしく氷のように冷たい。

「……食べもの……ちょうだい……」

 焦点の定まらない目はすでに見えておらず生存本能だけで動いていた。

「っ」

 エルストレアは少女の手を取ったまま双眸を閉じ精神を集中させた。さすがの戦女神もこれほどの重病を癒すのは容易ではない。

「――っ!」

 右手で少女の手を握ったまま左手を彼女の額にかざす。暖かい暖炉の炎のような赤い光がホームレス少女を包む。

 蒼白だった少女の肌に赤みが差し手にも温もりが戻った。いまだ飢え疲弊しきっているので、健康とは言い難いが命の危機は去った。

「あっ、あれ?」

 なにが起こったか理解できないようで少女は目を白黒させている。

「これでこの病気は一生大丈夫だよ」

 戦女神がホームレス少女の頭を撫でて優しく微笑む。

「あっ、お腹空いてるよね」

 レジスタンスから支給されたレーションを渡すと、少女はガツガツと食べ始めた。

 半分ほど食べ終わって人心地ついたらしく、少女の双眸に理性の輝きが戻ってきた。

 彼女はビクッと震えるとなにかに怯えるように、エルストレアから後退った。

「どうしたの?」

「……っ。あたしと関わっちゃだめ。あたしのパパとママは人権運動家でマクベスに逆らって殺されたの。親戚も近所の人もみんな巻き添えを恐れて独りになったあたしを助けてくれなかった。あたしを助けたらお姉ちゃんまでマクベスに虐められちゃう!」

 戦女神の空色の瞳から一筋の涙が零れた。

 エルストレアは悪臭も身体が垢と脂で汚れるのも気にせず、少女を抱きしめた。

「……辛かったね。苦しかったね。ずっと酷い目に遭ってたのに他人を気遣える君は偉いね。君みたいな優しい子をあた……神様は絶対見捨てないよ」

 抱きしめられたままエルストレアの行動を理解できず、大きく開かれていた少女の双眸から滂沱の涙が溢れる。

 戦女神の優しさに張り詰めていた気持ちが切れたらしく、少女が声を挙げて泣き出す。 

 エルストレアはその間ずっと母のように彼女の背を撫で続けた。

 数分して落ち着いたらしく少女は泣き止む微笑んだ。

「パパとママはすっごく信心深くていつも『天からツゥアハー・デ・ダナンの神様達が見守ってくださってるから正しく生きないといけないよ』って言ってたの。でも神様はマクベスをやっつけてくれないし、あたしを助けてもくれないから神様なんていない! って思ってたんだ。けど……」

 子供とは思えない真摯な表情で少女は戦女神の目を正面から見つめた。

「お姉ちゃんみたいな優しい人もいるならもう一度神様を信じられるよ!」

 少女の言葉に胸を突かれエルストレアは一瞬硬直した。だが、すぐに気持ちを奮い立たせ鼻を啜ってもう一度少女を抱きしめた。

「そうだよ! 神様は正しく生きてる人を絶対見捨てたりしない! 必ず助けてくれるよ!」

 彼女が食べ終わるのを待ってレジスタンスメンバーの子供の面倒をみている施設の住所を書いたメモを渡す。

「あたしの名前を出せば保護してもらえるからここ・・に行って。ここに着いたら大人がいいって言うまで絶対建物から出ちゃダメだよ。わかった?」

「うん、わかった」

 食事をしたことでかなり元気が出たらしく少女が手を振って走って行く。

 彼女の持つ最高の治癒呪文を使用したことで、軽く疲労したために額に浮かんだ汗を拭うと立ち上がった。

 FFが非難の視線を向けていることに気付いたエルストレアがごまかすように頭を掻く。

「君は……、宰相官邸から数キロしか離れていないのに初級ならともかくあんな強力な治癒呪文を使うなんて! 敵に察知されたらどうするのだ!? 潜伏してきた意味がなくなるではないか!」

「あっ、そっ、そっか。でっ、でもあたしが助けなかったらあの子死んでたから……」

 闊達な戦女神には珍しくもじもじと両手の指の先端を突き合わせる。

「蜂起が失敗したらその何百万倍の人間が死ぬのだ!」

 FFの一喝にエルストレアはビクッと震え身を縮こませた。

 取りなすようにティタニアがFFの腕に手を置く。

「それがエルストレア様のいいところなのですから」

 振り向いたFFにハーフアルフの少女が苦笑気味に微笑む。

 軽く嘆息するとFFも肩を竦めた。

「だから俺達は出会えたのだな」

 戦女神の視線が遠くなり彼女の意識は数か月前に遡っていく。

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