女神だけど転生したら奴隷からなり上がることになりました。でも優しさを忘れずガンバって自分を嵌めた邪神を倒します

@kisugiaoi

第1話 プレリュード

プレリュード




「……目覚めよ……」

 いずことも知れぬ彼方から聴こえてきた声が少女の耳朶をくすぐった。

(……誰?)

「……ときがきたのだ。おまえの力が必要だ」

 どこから聴こえてくるかわからぬのに声は一音節一音節が明瞭であり、若々しさと威厳と叡智を兼ね備えた声音だった。

(……あたしの力が必要? なんで? そりゃ困ってる人がいるなら助けてあげるけどさ。って、そもそもあたしは誰なの!?)

「……エルストレア……」

 その単語が少女の記憶の扉を叩く。

(エルストレア? それがあたしの名前?)

「……そうだ。おまえは戦女神エルストレア」

(……戦女神バトルゴッデスエルストレア……)

 心の中で噛みしめるように呟くと、咀嚼した料理の味が口内に広がるように、その名が意識に染み渡っていく。

(そうよ! あたしは戦女神エルストレア!)

 少女の叫びに呼応して彼方からの声も昂まった。

「目覚めよ! 戦乙女エルストレア!!」

 声がかいなと成り少女の意識を虚無から引き上げていく。


 糸の切れた人形のように少女が崩れ落ちた。

 両手を着いて床に頭を打ちつけるのは防いだものの、まだ意識は不明瞭らしく視線が泳いでいた。

 さ迷っていた少女の視線が一点で止まり、碧眼の瞳孔が窄まり、表情も引き締まった。

「あんたは」

「目覚めたようだな。戦女神エルストレア」

 戦女神エルストレアは容姿は十五、六歳の人間イノセントの少女だ。顔立ちは美しいというより可愛い、可憐でいかにも気が強く勝気そうな表情をしている。髪型は腰までの癖のないストレートの赤毛で双眸は空色で、肌はよく日に焼けており、胸と尻は非常に豊かで張りに溢れているのに、対照的にウェストは華奢に思えるほど細い。身につけているのは乳房と股間だけを覆う水着のような衣服――股間は強烈な角度のハイレグでうしろは尻がほぼ丸出し――で、その上から胸部と肩部、腰の両側、両肘と両前腕、両膝と下脚部に白銀を鎧を装備している。とはいえ覆っている面積は狭いので、豊かな双乳が半ば以上覗いていた。

 露出度が高いが決して性的エロティックではなく闊達で健康的な印象の方が強く、柑橘系の果実のような爽やかな香気を放っている。そんな少女だった。

 彼女の眼前には――少なくとも見た目は――二十代後半の人間イノセントの青年と、七十過ぎの好々爺という男性が立っていた。またいまエルストレア達がいるのは天井が円形で石造りの簡素な小屋だ。

 戦女神は二人の爪先から頭頂まで視線を動かしたが、彼らが誰なのかここがどこなのかわからないようで、床に胡坐をかくと大きく伸びをした。それによって薄く六つに割れた腹筋が隆起した。肩は怒り気味で上腕は筋肉の陰影が美しく、すらりと伸びた大腿には瑞々しく盛り上がった筋肉で荒々しいほどの張りがあった。

 少女の身体は鍛え抜かれ鋼のように引き締まっていたが、同時にしなやかさも兼ね備えており、戦士の剛性と女性少女に柔整が絶妙の割合で融合している。

 右手でボリボリと髪を掻きながら、虚ろな目で前方の二人を見やった。

「ふわぁー、ここどこ? あんた達誰?」

 エルストレアの反応が意外だったようで青年は老人へ振り向いたが、老人の頷きに促され言葉を紡いだ。

「ここは天界だ。戦乙女エルストレアよ」

「天界……」

 吟味するように数回呟くと名前のときと同じく記憶が掘り起こされたらしく、空色の瞳が輝く。

「あたしはツゥアハー・デ・ダナン神族の戦女神エルストレア!」

 この女神に相応しいよく通る闊達な声だった。

 改めて眼前の青年を見やる。

「あんたは……、ううん、貴方はツゥアハー・デ・ダナン神族の主神オデュゼィン……様……」

 オデュゼィンは金髪で長髪の青年であり、さきに書いたように外見的な年齢は――永遠を生きる神に見た目の年齢などたいした意味はないが――二十代後半で顔立ちは整っている。目を引くの両の眉で途中で二つに分かれ、上側は下と垂直に立っていた。纏っている白い着衣は胸元が大きく開いているので鋼のような大胸筋が覗いており、両肩に金属製の大ぶりな肩当ても付けているので野性味があった。

「最低限のことは理解できているようだな」

 主神の表情が安堵で緩む。

「オデュゼィン様、それは戦装束……」

「うむ」

 頷くと主神は戦女神の手を取り立ち上がらせた。

「ついてこい。ここでは落ち着いて話もできん」

 オデュゼィンが踵を返し歩き出す。

 エルストレアも慌ててあとを追う。

 数歩を進んで戦女神は隣を歩く老人に気付いたようだ。

「レナトゥスと申します。オデュゼィン様の執事を務めさせていただいております」

 レナトゥスの名前に心当たりがないらしくエルストレアは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに自身の記憶が完全に戻っていないからだと納得したようで、視線を正面に戻した。

 オデュゼィンが歩み寄ると独りでに扉が開く。

 小屋の外に出たエルストレアは一瞬眩しさに目を細めたが、すぐに視力が戻ってきたようだ。

 戦女神の眼前には悠久の光景が広がっていた。

 豊かな翠に彩られた大地が海の島のように無数に浮かび、それらからは幾本もの滝が煌きながら流れ落ちて行く。エルストレアの立つ一際巨大な大地に落ちた滝は、川となり鏡のように澄んだ湖を造り出していた。大地と島には銀のような輝きを放つ純白の宮殿が数えきれないほど建ち並んでおり、大地は幾重にも重なった壮大な山脈と、果てしない深さを持つ蒼穹に取り囲まれていた。鮮やかな色合いの小鳥や蝶が飛び交っているが、それらさえ目には知性の光が宿っていた。

 そしてすべてが煌くような生命の輝きを放っている。

  あまりに雄大で荘厳な風景に圧倒されたようでエルストレアが大きく双眸を見開いた。だが、じょじょにこの光景をよく知っているという感情に変わったらしく表情が綻んでいく。

「イ・ラプセル……、懐かしい……」

 郷愁の視線で戦女神が幻想的な風景を見渡していくが、数瞬して怪訝な表情に変わる。

「空気が違う……」

 彼女の知っているイ・ラプセルは厳格ではあるが同時に穏やかで常に涼風が吹いていた。それなのにいまの風は荒々しく殺伐としている。

「オディゼィン様」

 自らの疑問の答えを求めて戦女神が主神を見やった。

「神殿に着いてから話す」

 好奇心は疼いているようだがさすがに主神から無理に聞き出すのは気が引けたのか、エルストレアもそれ以上追及しない。

 とはいえ不満までは隠せないようで口を尖らせると、両腕を後頭部で組み、歩幅も大きくなった。

 しばらく歩き続けて主神が立ち止まった。彼の前には巨大な湖があり、その背後には頂上が見えないほど高いつるぎのような山と、王にかしずく臣下のようにその山の周囲にはべる低い山脈がそびえていた。

 剣のような山の頂上にオデュゼィンの神殿があることを戦女神は思い出した。

 主神が右手を上げると山の頂上から光が降り注ぎ三人を包んだ。光は昇降機でありエルストレア達をオディゼィンの神殿へ運んでいく。

 

 軽い振動とともに光が停止した。

 エルストレア達は主神の神殿の前ではなく内部の大広間のような部屋に運ばれていた。

 色とりどりのステンドグラスで飾られた天井ははるか頭上で、鏡のような黒大理石の上に真紅の絨毯の敷かれた廊下がどこまでも続いている。規則正しく等間隔で並んだ円柱と壁の装飾が、差し込んでくる光を複雑に反射して万華鏡のようだ。

 しかし、神殿内には美しさに似合わぬ焦燥や切迫、疲弊といった空気が漂っていて、すれ違う警護の兵士や女官、下級神や天上人となった人族ヒューマンの数も戦女神の記憶より少なく、一様に緊張した表情である。

 先頭を歩く主神の背中さえ疲労と焦りを帯びていた。

 概ね状況を理解したらしいエルストレアが後頭部で組んでいた腕を解き、戦士の顔となる。


 謁見の前に着くとオデュゼィンが玉座に座り、レナトゥスはその傍に控え、エルストレアは主神の前で片膝を着き頭を垂れた。

 謁見の間は廊下より数段豪奢で華麗な装飾が成されており、構造材である石材自体が宝石のように輝き、広さも入り口から玉座まで大声を出さなければ届かないほどだ。かつては武官と文官で埋め尽くされていた広大な間もいまは主神と執事、そして戦女神の三人だけだった。

 その事実に事態の深刻さを再認識したエルストレアが眉を潜めた。

「我がツゥアハー・デ・ダナン神族はアス・ヴァ・フォモール神族と戦争に状態にある」

 主神の言葉に戦女神がやはりという表情になる。

「遺憾ながら現在我が神族は劣勢だ。すでに何柱もの有力な神が斃され、敵の軍勢はイ・ラプセル近くまで迫っている。まだ記憶が不確かかも知れぬので念のため説明しておく。我らツゥアハー・デ・ダナンは秩序コスモ、愛や信頼、正義、調和を旨とする神族であり、対してアス・ヴァ・フォモールは混沌カオス、すなわち破壊や謀略、殺戮を旨とする神族だ。彼らが覇権を握ればこの宇宙は悪と暴力が支配する世界となる」

 戦女神の表情がさらに厳しくなったが、同時に疑問も覚えたようで窺うような目を主神に向ける。

「ダナン神族とフォモール神族は久遠なる過去より闘い続けてきました。でもあたしの記憶では双方の戦力は互角だったはずです。どうして追い込まれているんですか?」

「……フォーモールの神が地上に降臨し、主物質界銀河に争いと混沌をはびこらせ、信者を増やしているゆえだ」

「信者を?」

 言葉の意味が理解できないらしくエルストレアは戸惑っているようだ。

 それを察したのかレナトゥスが主に一礼して口を開く。

「人間の魂の総和が+か-かは天界に大きな影響をもたらすのです。それ以外の要素もありますが、基本的に神の力は自身を崇める信者の数と信仰の強度によって増減します。人間の魂が愛や喜び、希望に満ちれば我らダナンの力が強化され、憤怒や憎悪、絶望に塗れれば気奴らフォモールの力が強化されるのです」

「あっ、そうだった!」

 一瞬納得したもののすぐに新たな疑問が生じた戦女神が再び怪訝な表情を浮かべた。

「でも三次元の物体が二次元に入れないように、あたし達神は主物質界銀河に簡単には介入できないんじゃ……」

「そうだ。かなり記憶が戻ってきたようだな。たしかに基本的にはおまえの言うとおりだ。だが、フォモールはなんらかの干渉するための手段を見出したらしい」

「…………!」

 そこでオデュゼィンは椅子の肘掻けに置いていた両腕を動かし、胸の前で指を組み合わせた。

「だからこそおまえを目覚めさせた」

 主神が戦女神の全身に視線を滑らせる。

「エルストレア。おまえは高位の神でありながら力を減じることなく主物質界銀河に降臨できる稀有な存在だ。おまえの手で混沌神を掃討し、我らの力の源となる人族の信者を取り戻してもらいたい」

 オデュゼインの言葉にカチンときたらしいエルストレアの双眸がやや鋭くなる。

「人族のことをエネルギー電池としか考えてないんですか?」

 自らの失言に気付いた主神が胸の前で組み合わせていたいた指を解き、再び肘掛けに置く。

「混沌神が暗躍を続ければ主物質界銀河は暴力と悪が支配し、善なる者、弱き者が虐げられる世界となる。おまえが混沌神を斃せば人間に安寧と幸福をもたらせるのだ」

 完全に納得はしていないものの反発心と折り合いをつけたようで、エルストレアが視線を緩めた。

「わかりました。主物質界銀河に向かいます」

「うむ。頼んだぞ」

「いつもどうり人間イノセントの赤ちゃんとして転生して、十六歳の誕生日に本来のあたし・・・・・・として覚醒するようにします。……それまでイ・ラプセルは大丈夫ですよね?」

 力強く主神が頷く。

「我が力のすべてをもってイ・ラプセルに神鋼結界アイヴェルを展開しフォモール神族を防ぐ。ツゥアハー・デ・ダナン主神の名に懸けてこの地を護ってみせる。だが……」

 一端言葉を切り気遣わし気な目で戦女神を見やる。

「神鋼結界を張っている間は天界から主物質界銀河を窺うことさえできぬ。おまえの援助も一切してやれぬ。大事ないか?」

 跪いたままエルストレアが右拳で胸を叩き、豊かな乳房がぷるんと揺れた。

「舐めないでください! あたしは幾多の戦場でツゥアハー・デ・ダナンを勝利に導いた最強の戦女神です!」

 気遣わし気だった視線が頼もし気に変わり、主神が深く玉座に身を預けた。

「そうであったな」

 頷くとエルストレアは立ち上がった。

 双眸を閉じ胸の前で両手の指を組み合わせると明朗な声で呪文を唱える。詠唱が進むに従って指が次々と形を変え、身体もオーラを放ち周囲に立体的な魔法陣が浮かぶ。

「ハアーッ!!」

 一際高い気合の声と共に五体が強烈な光を発し、戦女神が消失した。

 冷徹ではあったがその奥に暖かみを宿した目で彼女を見守っていた、主神の肩眉がぴくりと上がる。

「いかがなさいましたか?」

 目敏くレナトゥスは主の反応に気付いたようだ。

「いや、なんでもない」

 疑念を払拭するためか軽く頭を振ると、オデュゼィンが数瞬前までエルストレアの立っていた場所へ視線を戻す。

「頼んだぞ、エルストレア……」

 戦女神の消え去った謁見の間に主神の声が響いた。

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