第57話 もうすぐ夏休み
「晴人ー、そういえば今週から夏休みだけどなんか計画立ててるか?」
「いや特に何も」
夕暮れ時にもかかわらず燦々と陽光が辺りを照らす放課後。本日陸上部が休みだった渡と一緒に帰途についていた晴人は、何も感慨を抱かずそのように返事を返す。
ここ最近ずっと猛暑が続いている。昨日は一日中雨が降っていた所為か普段よりだいぶ暑さは鳴りを潜めているのだが、如何せん湿度が高い。おかげで今朝から汗で身体中ベタベタする不快感を覚えながら学校生活を送っていた。今後このような気候の状態で体育の授業があったらと想像すると、晴人は思わずげんなりしてしまう。
夏の衣替えを経て約三週間が経過した。既に夏服にも慣れ、もはやこの通気性の優れた制服でないと落ち着かないほどだ。現在も暑苦しい風が身体を撫でるが、時折涼を含んだ風が心地よい。先程までの陰鬱とした気分が紛れる気がした。
「夏休みなぁ……。渡はもう予定とか決めてんのか?」
「家の用事に陸上、あとは夏菜といちゃつく予定だ。へへーん、羨ましいだろうー?」
「……お前って地味に高校生活満喫してるよな。四肢爆散すればいいのに」
「ストレートに酷い!?」
心外だとばかりに言葉を返す渡だが、事実なのだから仕方がない。
馬鹿なのが玉に瑕だが、明るくてポジティブで気遣いが出来て運動神経が良くて彼女がいる上に部活での努力と結果が認められて全国高等学校総合体育大会の陸上選手として選抜されたのだ。
———全国高等学校総合体育大会。略称で言うならば高校総体及びインターハイと呼称した方がわかりやすいだろう。運動部に所属する高校生にとって一年の中でも最も重要視する一大イベントである。前回は6月中にあったらしいが今回は夏休み中に開催されるので、近々壮行式が開かれる予定だ。
隣で鼻を伸ばしながら笑みを浮かべる渡に『このリア充が』と毒付きたくなった晴人だったが、こいつの表情を見る限り心の底から嬉しいのだろう。ふっと肩の力を抜くと、言葉を紡ぐ。
「頑張れよ」
「———おうっ!」
渡は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべるも、すぐさま太陽のような眩しい笑みで力強く頷いた。この男は普段からおちゃらけており、自ら進んで苦労や努力を行うような高尚な人間では決してないのだが、ここぞという場面では芯を曲げない。
陸上の練習でもその姿勢を崩さなかったからこそその成果が認められたのだ。選手に選ばれたのだから運は十分。
渡が走る競技項目は男子陸上200メートル。部活に所属していない晴人からしてみれば体育のタイムを測定するアレのイメージしかないが、陸上を含む競技の世界ではコンマ数秒の差に全力を費やす。きっとインターハイではより良い結果を残してくれるだろうと願いつつ晴人は軽やかな足取りで歩みを進めた。
「あっついなぁ……」
うんざりとした表情でそう呟いた晴人はワイシャツの胸元を人差し指で引っ掛けてパタパタと仰ぐ。
壮行式を終え、夏休み突入まで残り一週間を切ったとある日。現在は放課後で、晴人は由紀那と一緒に帰ろうと花壇のある校舎の裏庭で待ち合わせをしていた。昼間に比べると燦々と照りつける日差しは鳴りを潜めたが、それでも夏季だからか……いや、夏真っ只中だからこそ空気中のからっとした熱気がじりじりと晴人の体力を奪っていく。
「日陰がある場所でもこの暑さ……。いつ熱中症になってもおかしくはないな」
ちょうど目についた花壇用具置き場が日の当たらない場所だったのでこれは丁度良いと身を潜めたのだが、まさかただ日差しがないだけで熱気は変わらないだなんて盲点だった。確かに日差しはないので幾分かはマシなのだが、これなら待ち合わせ場所を校舎の中にすれば良かったと後悔したのは記憶に新しい。
「うちわ、クーラー、ブール、海、麦茶、ジュース、ゼリー、冷やシャン、冷やし中華、冷やしラーメン、冷たい肉そば、アイス、みぞれ、かき氷……。かき氷食べたいなぁ」
「———じゃあ食べに行く?」
「あーそれもいい……って、由紀那」
「えぇ、はるくんお待たせ。待ったかしら?」
振り返ると、そこには『白雪姫』こと冬木由紀那がいた。
時間の指定などはしていなかったので待ったということはない。あまりにも暑かったので夏といえばの冷たい物をぼんやりと連想していたが、誰もいない場所で何気ない独り言を聞かれていたと思うととても恥ずかしい。由紀那が近づいているのがわからない程、暑さの所為で注意力が落ちているということだろうか。
一方で相変わらず表情の変化が乏しい彼女だが、どことなく喜色が浮かんだ瞳でこちらをじっと見ている。相変わらずの美少女だ。髪型をポニーテールに結んだ夏服姿は涼しげな装いも相まって由紀那のクールな雰囲気を一層引き立てており、美少女力にさらに磨きがかかっていた。こんなひっそりとした日陰で待ち合わせするには逆になんだか申し訳ない程である。
「いや、大して待ってないから大丈夫」
「そう。……ところでお顔が真っ赤よ?」
「な、なんでもないから。暑かっただけだよ」
「そういうことにしておこうかしら。食いしん坊のはるくん?」
抑揚こそないが、安心するような柔らかな声音で言葉を紡ぐ由紀那。細められた瞳の奥に晴人への微笑ましさが見え隠れするあたり、どうやら晴人が顔を赤くしていた理由を最初から見透かしていたようだ。
晴人はそっと視線を目の前の彼女から逸らすとぼそりと呟く。
「…………勘弁してくれ」
「ふふ、それじゃあ行きましょうか」
由紀那がそう言うと、二人は校門へと歩みを進めた。
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お久しぶりです、惚丸テサラです!!
だいぶ間が空いてしまいましたが最新話です!!
執筆頑張ります!!
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