第44話 白雪姫は親交を深める





「んーつっかれた〜!! いやー、それにしてもユッキーって面白いんだね〜! 渡から聞いてたイメージとぜ〜んぜん違うんだもん、ビックリしちゃった!」

「いやいや、クールな白雪姫様がまさか自己紹介でボケるとは思わねぇじゃん……」

「ママに聞いてみたら『挨拶はインパクトが重要よ! 一発かましなさい!』って言ってたから、私なりに考えてみた結果なのだけれど……。やっぱり、おかしかったかしら……?」

「ううんっ、そんなことない! 可愛いよユッキー!!」

「ぶっちゃけ初めは天地がひっくり返るくらい何事かと思ったけど……良いと思うぞ?」

「……そう、それは良かったわ」



 静かに返事をした由紀那は、無表情ながらも安心したかのようにその綺麗な唇からそっと息を洩らす。一方の晴人はそんな彼女と渡、夏菜のやりとりを見守るようにして静観していた。


 無事思惑通り(?)にインパクトのある挨拶をみんなの前で披露する事が出来た由紀那。思わずギョッとした表情を浮かべながら彼女の下の名前を反射的に呼んでしまった晴人だったが、その後一拍遅れて噴き出すようにして笑い出した夏菜のお陰で変な空気にならずに済んだ。


 渡の話によると、どうやら夏菜はちょっとしたギャグやダジャレがツボに入る笑い上戸らしい。出会ってほんの少しの間柄ではあるが、明るい性格の彼女らしいというかなんというか。


 やがて勉強会が始まり、夏菜のコミュニティ能力がお化け級ということもあってか女子同士互いの距離が縮まるのに時間は掛からなかった。いつの間にユッキー、かなかなと呼び合う仲である。


 そして渡はというと、以前晴人の家でばったり遭遇し、そそくさと逃げるようにして帰ったのが引け目に感じているのだろう。普通に会話自体は出来ているのだが、どこかぎこちない感じである。


 やがて少しだけ間があく。渡は、目の前にいる由紀那に真っ直ぐな瞳を向けると意を決したように口を開いた。



「白……あー、冬木さん。今更だけどさ、あのときはごめん」

「……もしかしてはるくんのお見舞いに行ったときのこと?」

「あぁ。いきなりのことで困惑したとはいえ、冬木さんの姿を見るなり慌てて帰るなんてとても失礼な行動だった。本当に申し訳ねぇ……」

「………………」



 そう言って渡は気まずそうに静かに頭を下げるも、当の白雪姫様は無表情のまま身体をぴしりと強張らせている。どうやらとても動揺しているらしく、彼女の隣に座っていた晴人の目にはまるで小動物がどんな反応をして良いのか分からずに慌てふためいているように見えた。


 彼女にとっては一大事なのだろうが、その姿はとても微笑ましい。


 由紀那は一見氷のような冷たさが際立つクールな表情をしているが、実はただの人見知りなだけで心優しい白雪姫。渡が帰宅したときだって渡の態度に憤るなんてことはなく、寧ろ怖がらせてしまったのではないかと逆に相手のことを心配していた。


 全く気にしていないと言えばきっと嘘になるだろうが、まさか相手が律儀に謝罪してくるなんて露にも考えてなかったようである。だからこそこのリアクションなのだろう。


 やがて由紀那は呼吸を整えると、なんでも無かったかのように冷静に目の前に座る渡を見据えた。



「……いいえ潮崎くん、頭を上げて頂戴。私の噂を知っていたりこの顔を見ればそういう風に思われても仕方ないわ。幸か不幸か、私が一番それを誰よりも自覚してる」

「冬木さん……」

「勿論、このままじゃいけないという事もよ。———何故そう思い立ったのか、その理由の説明も出来るけれど……必要かしら?」

「いいや、大凡おおよそ察したよ」

「そう、ならこれで話はお終い。私も私なりに自分と向き合っていくつもりよ」

「……そっか。なら、改めて俺ともよろしくな。冬木さん」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いするわ。潮崎くん」

 


 そう言って安堵した渡を見つめ返す由紀那の眼差しは、やや緊張を含みながらもどこか嬉しそうだった。以前晴人の自宅で渡と顔を合わせた際には怖がらせてしまったと落ち込んだ様子を見せていた彼女だったが、無事和解出来たようで何よりである。


 話の途中、渡から微笑ましげな(ニヤニヤしたともいう)視線を頂いた晴人だが、ふいっと顔を逸らして知らないふりをした。そっとしていて欲しい。


 ふと晴人は近くにあった時計が目に入る。



「そういえばもう昼過ぎだな。近くのコンビニでなんか買ってくるか」

「あ、風宮くん。それならあたしが何かお昼作ろっか? コンビニのは美味しいけれどちょっとお高いしねー。もし台所使って良いならだけれど」

「それは別に構わないが……ちょっと待っててくれ。なんの材料があるのか確認してくる」



 キッチンを使う件については、使用後は綺麗にすることと火の元には十分気を付けることを条件に一応母親である咲良に許可をとっているので問題はない。


 よっこらせ、と晴人は立ち上がるとキッチン周りにある食材を物色する。確か昨日スーパーの売り出しで安くなっていたので、母が大量に買い溜めしたという食材があった筈だが……。



「……お、あった」



 手に取ったのは乾麺のパスタと市販のパスタソース。特売で半額になっていたので衝動的に大量に購入したらしいのだが、母と晴人の二人で全て食べるには一週間以上は掛かる量。


 しばらくパスタ生活が続くのか、と内心げっそりしないでもないが、折角自宅に勉強会で同級生が集まっているのだ。ここで消費に貢献するのも悪くはない。



「おーい四ノ宮さん、パスタならあるぞ」

「おっ、イイねー!」

「茹でるだけだから俺がやろうか?」

「……風宮くん。幾ら茹でるだけだったとしても、まさかここに女の子が二人もいるのに何もさせないつもり?」



 晴人を見る夏菜の表情は非常ににこやかなのだが、妙に迫力が有るのは気の所為だろうか。手を煩わせてしまう申し訳なさ故の提案だったが、ここまで言われたら素直にお任せする他ない。


 それに、こういう時は素直に頷いていた方が良いという事を晴人は知っていた。



「……任せた」

「任されたっ! ほら、ユッキーも行こっ!」

「え、えぇ。はるくん、少しだけ待っててね?」

「おう、楽しみにしてるよ。由紀那」

「行ってらー」



 ひとまず勉強会は中断だろう。鍋やザルなど必要な調理器具や食器は自由に使って良い旨を伝えると、二人はキッチンに立って調理の準備を始める。そんな美少女らの姿をリビングからぼんやりと見ていると、ふとテーブルの向こう側からの視線が気になった。


 思わず晴人は口元をへの字に曲げると、ぶすっとした表情で目を細めた。



「なんだよ、渡」

「いいや? まさか誰も人を寄せ付けなかったお前が白雪姫と仲良くなって互いに気安く名前を呼び合っているなんてなぁ、としみじみ」

「うるせぇよ」

「陰キャだなんだと理由をつけて周囲の人間なんてどうでもいいと思ってたお前がだぞ? しかも相手は女の子で学校で有名な高嶺の花ときた」

「……何が言いたいんだよ」



 テーブルに広がった教科書などの勉強道具を全員分片付ける晴人と渡。手を休めずに言葉を続ける渡だが、その声音はしみじみとしつつどこか嬉しそうで。


 急に込み上げた感情を心の奥底に押し込んだ晴人は、思わずぶっきらぼうな声が出てしまう。



「大事にしろってことだよ」

「言われなくとも」



 即座に言葉を返した晴人に、そうかい、と一言紡いだ渡はふっと笑みを浮かべたのだった。

















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