第45話 白雪姫と昼食




 程なくして、四人分のパスタが完成した。テーブルの上に並べられた皿からはパスタの良い香りと出来立てということがわかる湯気が漂っており、非常に食欲がそそられる。


 因みに晴人と渡はミートソース、由紀那はカルボナーラ、夏菜はあさりボンゴレといった種類だ。



「そういえばはるくん。食材分のお金は……」

「いや、別にいいよ。特売だった時に母さんが沢山買ってきたヤツだし、余らせるよりかはこうして消費してくれた方がありがたいからさ」

「そうだったの」

「それに、こうして二人が昼ごはん用意してくれただろ? だからそれでチャラだ」

「わかったわ。ありがとう」

「こちらこそ」



 冷蔵庫から飲み物を取ってきた由紀那と軽く言葉を交わすが、『デ・ネーヴェ』を家族で営んでいる彼女らしい考えと配慮である。


 すると、目の前の渡からぽつりと声が聞こえた。



「……そんな理由並べなくても金なんて取るつもり無かった癖に」

「じゃあ渡だけ千円な」

「たっか!? 冗談だろ!?」



 あり得ない、と言いたげな渡だが、なんといっても自分の彼女と高校で有名な白雪姫様の二人の美少女が用意した昼食を食べられるのだ。何もせずにそこにいるだけで食べられるのだから千円なんて安いくらいだろう。


 ったく、と晴人はそっと溜息をつく。折角それらしい理由を言ったのだから由紀那の前で余計なことは言わないでほしい。



「渡と風宮くんはホント仲が良いねー! 彼女のあたしが妬いちゃうくらいだなぁ! はい、フォークどうぞー!」

「ありがとう四ノ宮さん。そう見えたのならきっと勘違いだと思うぞ。二人には負ける」

「あらそうー? お世辞でも嬉しいな」



 全員分のフォークやスプーンを持ってきた夏菜と軽く言葉を交わすが、実際お世辞でもなんでもなく晴人の本心である。


 渡と夏菜の二人にはなんというか、恋人同士の壁のようなものが一切ない。おそらくそこは二人のさっぱりとした性格故なのだろう。普通であれば恋人に対する緊張感が垣間見えたりする筈なのだが、目の前の二人に関して言えば常に親しげで気安い雰囲気なのだ。


 渡の話によれば、夏菜と付き合い始めたのは丁度高校に入学する前だという。恋人同士になった期間としては約一年と少しといった具合か。人生に比べてみればたった短い一年でも、家族以外でここまで親しげな関係性を築けるなんて正直驚きである。



(俺は、どうなんだろうか)



 ちらり、と隣にいる由紀那を盗み見て晴人はふと考える。出会った頃は何も感じなかったのに、一緒にいる機会が増えた所為か由紀那を考えることが多くなった。同時に、温かさも。


 愛、と呼ぶにはまだまだ未熟。しかし由紀那が大切であることに変わりないし、これからも大切にしたいと想う心に嘘偽りは決してない。


 だが、しかしだ。由紀那と一緒に桜を見たあの日あの時、ようやくこの気持ちの正体に気が付いたが、ふとした拍子にどうしてもとある考えが首をもたげてしまうのだ。



(———俺は、君の隣にはふさわしくないのでは?)



 指にささくれが出来たようなちくちくとした痛み。目の前の仲睦まじい二人の様子を見ていたら、さらにそれが際立った。



「どうしたの、はるくん?」

「いや、なんでもない。それじゃ、冷めないうちに頂こうか。いただきます」

「…………? いただきます」



 晴人の横に正座で座る由紀那は不思議そうにこてんと首を傾げるが、これは晴人自身の問題。きっとだろう。余計な不安を彼女に与えない為にも、決して考えを悟られる訳にはいかなかった。


 幸いにもこの場にいる誰にも追求されることなく晴人はパスタを食べ始める。



「うん、美味しいね! 麺の茹で加減も丁度! やったねユッキー!」

「えぇ。そうね、かなかな。因みに潮崎くんとはるくんは男の子だから大盛りにしてるわ」

「それはありがてぇな。最近部活頑張ってっから腹が減るんだ。うめぇ」

「確かに美味いけど、俺は別に普通でも良かったんだが……」

「はるくんは特にしっかり食べた方が良いわ。いくらお母様の食事で健康を維持していても、はるくんは帰宅部で運動をして鍛えている訳じゃない。これから本格的な夏がやって来るのだから、バテてしまわないように今からでも気を付ける必要があるもの」

「……さいですか」



 晴人はやや溜息混じりに返事を返すが、由紀那の眼差しは至って真剣。以前風邪をひいて寝込んでしまったということもあり、どうやら心から心配してくれているようだ。まぁ、こちらの身を案じてくれた言葉である以上、晴人としては由紀那に異論を唱えるつもりはなかった。


 勿論彼女の気持ちを無碍にするつもりもない。今度からいっぱいご飯を食べるようにしてジョギングでもしようか、と考えていると、目の前にいる渡が整った顔を歪めていた。



「くくくっ。おい晴人、お前すっかり白雪姫の尻に敷かれてるな?」

「別に敷かれてるとかそんなんじゃない」

「敷いてるつもりもないのだけれど……」

「あははっ! 風宮くんってぶっきらぼうだけれど、実は素直だもんねー? 今日会話した感じだと、ちょっぴり不器用だけど、常に相手に寄り添うことが出来る優しい男の子って印象だなー」

「夏菜、それを言うなら冬木さんもこんな思いやりと配慮に溢れた子だなんて思わなかったんだぜ? そりゃ無表情で声に抑揚がなくて最初は怖かったけど、頑張り屋さんな一面を知っちまったら印象がガラッと変わったよ」

「……何が言いたいんだよ」



 苦々しい表情を浮かべた晴人は瞳を細めながらじとーっとした視線を目の前カップルに向ける。


 二人はにこにことしながら顔を見合わせると、再度こちらへと振り向いて同時に言葉を紡いだ。



「「二人はお揃いだってことだよ」」



 ほっとけ、と晴人はバツが悪そうに呟くと大盛りのミートソースをフォークで大きめに掬い取って口に頬張る。


 今この時だけは、隣に座る少女の顔を恥ずかしくて見ることは出来なかった。


















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次回で勉強会は最後です!

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