第43話 白雪姫の挨拶は風変わり?




 それから十数分後、ジュースやお菓子など用意して由紀那の到着を待っていると、ピンポーンと自宅のチャイムの音が鳴った。時間ギリギリといった具合だが、この場にいない人物となると十中八九彼女が来たに違いない。


 待ち遠しい、はちょっぴり大袈裟だが、あれから渡と夏菜の二人から由紀那との関係を根掘り葉掘り訊かれたおかげで辟易としていた晴人。渡一人でも騒がしいのに、明るくノリが軽い夏菜まで加わればまさに鬼に金棒である。


 なんとか必死に誤魔化していた晴人だったが、この場から一時的にでも離れたかったということもあり、チャイムが聞こえた瞬間冷静を取り繕いながらすぐさま立ち上がった。



「……お、来たかな。迎えに行ってくる」

「あ、逃げた」

「逃げたな」

「うるさい」



 晴人は揶揄うような声とニヤニヤとした二人分の視線を背中に浴びながらそそくさと玄関へ向かう。


 静かな空間である図書館で勉強会をした方が正解だったのかもしれない、などと考えつつゆっくりと扉を開けると、そこには白雪姫が立っていた。



「おはよう、はるくん。今日も良い天気ね」

「お、おう……おはよう。由紀那」



 カジュアルな白色のフードパーカーにダーク系のプリーツスカートといったコーデ。同系色の黒のスニーカーを履いており、大人っぽさが窺えながらもしっかりとフェニミンな雰囲気を押さえた格好をしていた。心なしか、お菓子のような甘い匂いが晴人の鼻腔をくすぐる。


 最近では晴人が贈ったヘアゴムを身に付けたポニーテール姿の由紀那も見慣れて、彼女の凛とした佇まいの中に活発さと可愛さが見え隠れしている。今までの濡れ羽色が目を引く腰元まで下ろした髪型も良かったが、こちらの姿もとても綺麗である。


 すると晴人の視線に気がついたのだろう、由紀那は表情を変えないまま頬を赤く染めて身体をもじもじとさせた。



「そ、そんなにじろじろと見られると恥ずかしいのだけれど」

「あぁいや、悪い。つい見惚れてた」

「そ、そう。ありが、とう……」



 口角を一瞬だけぴくりと上げながらも恥ずかしそうな様子の由紀那。加えてまるで犬の尻尾をぶんぶんと振っているような、嬉しさを隠しきれていないように見えるのは彼女と一緒に過ごしてきた時間があってこそだろう。


 見惚れてた、と自然に口から出た晴人だったが、そんな様子をされたら思わず気恥ずかしくなってしまう。


 少しだけ二人は無言になるも、ふと気になったことを見つけた晴人は急ぎ早に言葉を紡いだ。



「そ、そういえば由紀那。その手に持ってるのってなんなんだ?」

「これはその、勉強会の休憩の合間にでもと思って、エッグタルトを……」

「もしかして紀明のりあきさんが作ってくれたのか? なんだか申し訳ないな」

「あ、いえ、その…………」



 晴人が口にした紀明という人物は由紀那の父親の名前だ。パパと彼女が呼ぶ彼は『デ・ネーヴェ』の店長でもある。


 残念ながら晴人は一度も会ったことがないので人物像は不明だが、妻である奈津美さん曰く『あら、とってもカワイイ人よ〜? 由紀那の静かなところはあの人に似たんじゃないかしら?』という評価らしい。恥ずかしがり屋、とも言っていたので、もしかしたら奈津美さんとは正反対の性格なのかもしれない。


 由紀那にわざわざお菓子を持たせたのはきっと彼の心遣いなのだろう。小さな勉強会なので別に手ぶらでも気にしないのだが、そこには律儀さが垣間見えた。


 お菓子、ということは冷蔵庫に入れて冷やしておいた方が良いだろう。そう思いありがたく受け取ろうとする晴人だったが、ふと歯切れが悪い由紀那の様子が気になった。


 もしかして、何か彼女の気に触るようなことを言ってしまっただろうか。



「その、ね」

「ど、どうしたんだ?」

「…………ったの」

「え?」

「私が、その…………作ったの。これ、エッグタルト」 

「えぇ、マジか!?」



 思わず驚愕の声を出してしまう晴人だったが、それは無理もない。


 以前風邪をひいた晴人を看病した際、由紀那は料理が出来ないと言っていた。いや、厳密にいえば普通のお粥を彼女なりにアレンジして用意してくれたので『料理が苦手』といった方がおそらく正しいのかもしれない。


 料理とお菓子作りはやや系統が異なるが、もしやあれから由紀那は料理の勉強をしていたのだろうか。



「……実は、あれからパパとママに教わりながら料理の練習をしてるの。料理の腕はまだまだだけれど、このエッグタルトに関してはパパに監修して貰ったから味は大丈夫な筈よ」

「そっか」

「本当はもっと早くはるくんの家に行きたかったのだけれど、焼き上がってから時間ギリギリまで冷ましてたから遅くなっちゃったわ」

「なるほどなぁ」



 晴人の家に時間ギリギリに到着したのはそういう理由わけだったのかとそっと胸を撫で下ろす。


 もしかしたら道に迷っているのではなかろうか、とか交通事故に遭って怪我をしたのかもしれない、と実は心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。無事で何よりである。



「頑張ってるんだな。……楽しみにしてるよ」

「えぇ、楽しみにしてて。もっとお料理の勉強頑張るわ」

「っ」



 そっと優しげに瞳を細めた由紀那に、思わずどきりとした晴人はかあっと頬を赤く染めてしまう。なるべく意識しないようにエッグタルトを、という意味で呟いたのだが、料理が苦手な彼女が誰のことを考えて料理の勉強を頑張っているのか明白だったからだ。純粋に嬉しい。



「さ、さぁ。もう中で二人が待ってるからどうぞ入ってくれ」

「そうなのね。お邪魔します」

「お、おう」

「……ねぇはるくん」

「ん?」

「これから二人にする挨拶、とっても緊張するけれど……大丈夫かしら?」

「あぁ、大丈夫だ。あいつらならきっとすぐに打ち解けるさ。それに、俺も側にいる」

「はるくん……!」



 ふんす、とやる気が漲った様に力強く頷く由紀那。そのまま玄関に足を踏み入れて渡と夏菜の二人がいるリビングへと向かう。その様子を見た晴人は、可愛いな、と思わず笑みを零した。


 教科書とノートを開いていた渡と夏菜は、やがてリビングにやってきた晴人と由紀那に視線を向けると目を見開く。



「うわぁ、すっごい美人さん……! 渡、もしかしてこの子が……?」

「あ、あぁ。俺も初めて制服姿以外の白雪姫を見たがすげぇ破壊力だ……」

「ほら、冬木さん」



 晴人の背に隠れていた由紀那だったが、緊張の所為かやや表情を強張らせたままおずおずと二人の前に出た。今は二人きりではないので苗字呼びだ。後ろでは息を呑んだ晴人が静かにその様子を見守る。


 そうして、由紀那は二人への挨拶を次のように淡々と口にした。



「———こんにチワワ、冬木由紀那です。今日はよろぴくお願いします」

「由紀那さん!?」



 ぺこりと頭を下げた彼女に対し、晴人は思わず突っ込まずにはいられなかった。























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どうもぽてさらくん。です!

残念ながら第28回スニーカー大賞【後期】の二次選考通過出来ませんでした……。悔しいですが次頑張ります!!٩( 'ω' )و


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