第42話 級友の彼女



「はいはい、今開けますよっと」



 緊張した様子と浮かれた気持ちを由紀那に悟られないように胸の内に仕舞い込みながら平然とした表情でガチャリと玄関の扉を開ける晴人。


 だがしかし、目の前に居たのは晴人の想像とは違った二人の人物で。



「こんにちは、お久しぶりー!」

「よっす晴人、待たせたな」

「あ、あぁ、いや、まだ時間まで全然余裕だから良いんだが……」



 玄関に佇んでいたのは渡とその彼女である夏菜。

 今の時期、なんとか気温は安定しているもののどうしても寒暖差が目立つ季節。雨などで急激に温度が低下しやすい中、二人とも初夏の時期らしい明るめでカジュアルな格好をしていた。


 やや言葉が詰まってしまう晴人だったが、それも仕方ないだろう。渡が遅れてくるか時間ギリギリに到着するのは性格というか、癖なのだ。それは晴人がたまに渡と出掛ける際の待ち合わせで実証済み。


 なのでてっきり今日も遅れてくるのだろうと頭の片隅で考えていたのだが、扉を開けたら由紀那ではなく渡たちだった。その事実に晴人は思わず瞳を丸くしてしまったのだ。



(……なんだか肩透かしを喰らった気分だな)



 もしかしたら、明日は空から槍でも降ってくるのではなかろうかという考えが一瞬だけ脳裏をよぎる。


 きっとそんな晴人の心情が顔に出ていたのだろう。口元をへの字に曲げた渡が呆れ半分揶揄い半分といった感じの視線をこちらに向けていた。



「おいおい晴人、もしかして今日も俺は遅刻するかギリギリに着くって考えていたのか?」

「そりゃ毎度のことだからな」

「ところがどっこい、流石に夏菜と待ち合わせするときは時間気にするんだなぁこれが」

「是非俺のときも気にして欲しいんだが」

「ま、それは俺とお前の仲だからなぁ。いいか晴人、恋人同士で長続きのコツは時間を守ることだぞ☆」

「うるせぇ」



 晴人は妙に苛立たしいキメ顔で親指を立てた渡とそのやや上から目線の言葉に思わず悪態をついてしまう。そもそも恋人同士云々とか関係なく、待ち合わせなどの時間を守るのは日本人ならば常識内の範疇だろうに。


 へらへらとした渡の様子に軽く溜息をつきながらジトっとした視線を向ける晴人だったが、その会話のやりとりを静観していた夏菜がニコニコとしながら口を開いた。



「あははっ、渡から訊いてたとーり仲が良いんだね!」

「そう、ですかね。えーっと……四ノ宮、さん?」

「もう、同い年なんだから気軽にかなかなでいーよっ! 敬語もナシ! その代わりあたしも下の名前で呼ぶからヨロシクね、はるはる!」

「は、はるはる……」



 ぱちりとウインクしながら元気にそう言い切る夏菜に対し、初めて会った訳ではないとはいえ、心の壁を一枚二枚と打ち抜く彼女のテンションに思わず晴人は呆然としまう。……が、不思議と嫌な気分にはならなかった。


 相手との距離を縮めるのが上手いのか、それとも強引と表現すべきかは悩みどころだが、美少女である彼女のその朗らかな笑みと明るげな言葉を向けられたら誰しも警戒が緩んでしまうこと違いなしだろう。


 それはきっと、四ノ宮しのみや夏菜かなが持つ魅力の一つに違いない。



(とはいえ、一緒にいる時間が増えてきた由紀那とこの前相談して互いの呼び方をようやく決めたっていうのに、それに似た呼び方をこのまま許すのもちょっとばかし不義理に感じるな……)



 由紀那と違い、夏菜に愛称で呼ばれても全くどきりとしないのだが、もしそのやりとりを目撃されたらと思うと心が痛い。


 逡巡しながらも目をぱちぱちとさせている晴人の様子に助け舟を出したのは、彼女の隣にいた渡だった。



「おい夏菜、晴人は高校では写真ばっか撮ってる変人だけど真面目で大人しいんだ。そんなグイグイ距離を詰めたら逃げちまうだろ」

「おいこら」

「えーなに? もしかして渡、あたしがはるはるの事を”はるはる”って呼んでるからヤキモチ妬いちゃってたり〜?」

「今更そんなの気にするかよ」

「にしし、そんなこと言っちゃって〜! 『あーん、カノジョが自分以外のオトコと仲良くしちゃってるよ〜。悔しいけど感じちゃう〜、ビクンビクンッ!』って内心ヒヤヒヤしてるんでしょー? うりうり〜!」

「官能小説の読みすぎだ馬鹿たれ。……すまん晴人、こいつ家族や俺以外では誰にでも愛称で呼んだり自分のことを”かなかな”って呼ばせるメチャクチャ陽キャなヤツなんだ。じきに慣れるだろうから気にしないでくれ」

「あ、あぁ……」



 渡には愛称で呼ばないのか?という疑問が一瞬だけ晴人の脳裏を掠めるも、言葉にすることはせずにそのまま深く考えないようにした。



(ま、人には人の距離感ってもんがあるしな。呼び方も然り、だ。それに二人の会話を見ている限り、特に仲が悪いって訳じゃなさそうだし……)



 呼び方は兎も角、晴人から見ても早速親しい間柄を見せつけてきた目の前のカップル。名前の呼び方では測れない信頼関係や愛情がそこにはあった。そんな渡と夏菜の二人へ微笑ましげな視線を送っていた晴人は、未だここには来ていない少女の姿を思い浮かべる。



(あぁ、でも、これだけは伝えなきゃな……)



 白雪姫———由紀那とはふとしたきっかけと偶然が重なって知り合い、ちょっぴりずつ距離を縮めてきた。つい先日には下の名前呼びどころか愛称での呼び方を小一時間考えて、ようやく言い慣れたり呼ばれ慣れてきたのだ。


 渡の言う通り、きっと悪気はないのだ。だが夏菜から親しみの意味(?)ではるはると呼ばれるのは不思議と嫌ではなかったものの、このままハードルを下げてしまえば折角打ち明けてくれた由紀那の勇気や頑張りが無駄になってしまうような気がした。


 彼女がいない水面下で話が進んだ所為で不安にさせてしまったり悲しむ姿など見たくはない。だから、晴人も勇気を出すことにした。



「ごめん、四ノ宮さん。ちょっと良いか?」

「ん、なーにはるはる? ……あ、もしかしてこの呼び方気に入らなかった? 他に代案があるとしたら、”はーとくん”とか? それとも”はるちん”だったり? なんなら無難に”はるくん”とか———」

「悪いけれど、俺のことは普通に呼んでくれないか? それはもう、んだ」



 晴人の言葉に目を丸くさせる夏菜と渡だったが、暫くするとゆっくり顔を見合わせた二人は心得たかのようにこくりこくりと何度も頷く。


 その表情にはなんとも形容し難いニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。



「あーはいはいはいはい。渡、これってもしかしてだけどもしかして?」

「おう、そうだな夏菜。間違いなくこれは以前話した例の女の子のことを言ってるんだろうぜ。なぁ晴人、お前いつの間に白雪姫を愛称で呼ぶようになったんだ?」

「…………ノーコメントだ」



 顔を背けながらつっけんどんに返答した晴人だったが、二人の好奇心を隠しきれない視線がびしばしと突き刺さる。由紀那を想った故の言葉なので一切の後悔はないが、これが墓穴を掘ったというやつなのだろうか。


 「うりうり〜、どうなんだよ〜!」と馴れ馴れしく肩を組んで顔を覗き込んでくる渡から必死に目を逸らしながら唇をへの字に曲げて無言を貫いていると、前にいた夏菜が楽しげな声音で言葉を紡いだ。



「まぁまぁ渡、ここじゃなんだからひとまずお家に上がらせて貰おーよ! ね、風宮くんもそれで良い?」

「あ、あぁ。……すまん四ノ宮さん、我が儘を言って」

「いーのいーの! 寧ろゴメン、大事な子に勘違いでもされたら一大事だもんねー?」

「そ、そういう訳じゃ……」

「そんじゃあお邪魔しまーす!」

「あ、おい!」



 普段良く行き来している所為か、躊躇なく扉の取っ手に手を置き、がちゃりと開いて玄関に足を踏み入れる渡。


 それを見てはぁ、と静かに溜息をつく晴人だったが、渡に続き「お邪魔します」と一声掛けてから夏菜が扉の前に立った。


 そして、彼女は思いついたようにあ、と言いながらこちらに振り向くと、悪戯っ気のある笑みを浮かべた。



「気が向いたら、いつでもかなかなって呼んで良いからね。風宮くんっ!」

「……わかったよ、四ノ宮さん」



 わかってないじゃーんっ、と明るげに言葉を踊らせた夏菜はそのまま渡の背中を追い掛けるようにして晴人の家の中に入っていった。



「似たもの同士だな」



 ふっと肩の力を抜きながら呆れと微笑ましさを顔に滲ませた晴人。やれやれと思いながらも、由紀那の姿を思い浮かべて自宅で到着を待ったのだった。














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