第2章

第26話 四月の終わり



「明日からゴールデンウィークじゃい!!」



 昼休みの教室。

 気持ち悪い程ににこやかな笑みを浮かべた渡は、クラスメイトの人目を気にすることも無く元気よく叫んだ。


 そんなテンションが高い渡の様子に耳を傾けながらも、晴人は咲良お手製の弁当の中に入っていた出汁巻き卵を静かにかじる。

 じゅわり、と咀嚼する度に口の中に広がる出汁の香りと旨さに自然と表情が綻んだ。



「待ちに待った五連休! 家族と旅行に行ったり、友達・彼女と遊んだり、はたまた家でダラダラ休んだり過ごし方は千差万別! さて、どう遊び尽してやろう―――」

「5月に中間テストあるぞ」

「いきなり現実に引き戻すなよ……」



 先程の様子とは打って変わって、落ち込んだように肩を落とす渡。どうやら異様にテンションが高かったのは現実から目を逸らしたかったからのようだ。

 思わず晴人は呆れ顔になる。そのまま梅と鰹のふりかけが掛かったご飯を口の中に放り入れると、もぐもぐと咀嚼した。


 そんなことを言っても5月中旬に各教科のテストが待ち受けているのは事実なのだ。仕方ないだろう、と内心溜息をつくが、正直渡の気持ちも分からないでもない。


 ごくん、と口の中の物を呑み込み、ペットボトルのお茶を飲んで一息つくと晴人はそのまま口を開いた。



「今年は春休み後の実力テストがなかったからな。今回の中間テストは、春休み中の課題内容プラス今まで授業で勉強してきた教科書の範囲だと思うぞ。勿論成績や評価に大きく関わるし、きっと赤点なんて獲ろうものなら夏休みの補講者リストに仲間入り確定だろうな」

「えぇー、それは困るってー」



 去年は入学して早々実力テストがあったので通常であれば例年実施するものなのだろうが、なんと今年は晴人たち高校の教師陣が必ず参加しなければならない外部での教員研修研究会の日時と被ってしまったのだ。


 どうやら春休み中に急遽決まった出来事らしい。新学期がスタートした直後に実力テストが無くなった旨を担任から聞いたときは驚いたが、同時にラッキーと思ったものである。



「こうなったら最後の手段―――助けてはるえもーんっ!!」

「やだ。自分で勉強しろよ」

「お前何気に頭良いじゃん!! 赤点なんて俺の知る限りでは一回もとってないし、毎回テストで上位に居るってそういうことだろ!!」

「勉強する時間はたっぷりあったからなぁ」



 もう後が無いとでも言いたいのか、縋るように涙を浮かべてこちらを見つめる渡に対し晴人は淡々と言葉を返した。


 確かに渡の言う通り、帰宅部である晴人は赤点など一度もとったことが無い。

 これまで学習した基礎力を図る模試とは違い、定期テストや実力テストなどは出題範囲が決まっているし、授業で習ったことをコンスタントに復習して勉強すれば平均点以上の点数を取ることは難しくはないからだ。


 頭が良い、と自負するつもりは毛頭ないが、晴人としては記憶力と自制心はそれなりにある方である。外では趣味である写真撮影、自宅では適度に休憩を挟みながら勉強、とメリハリを付けて過ごすようにしているので、流石に満点というのは厳しいが、毎回テストの成績が上位なのは自然の結果ともいえよう。


 しかし今回ばかりは覚える量も多い。春休み中の課題内容とこれまで授業した教科書の範囲までが出題範囲なので勉強するのは大変だと思うが、ヤマなど張らずにコツコツと頑張るしかないだろう。



「頼む晴人、勉強教えてくれ! このとーり!」

「やだって。渡ん家でこれまでテスト前に勉強会を開いても、お前途中で飽きてゲームしたりいきなり彼女と連絡とったりするじゃん」

「いやほら、長時間勉強してると疲れるだろ? だから休憩というか……まぁ、気晴らし?」

「いや勉強する時間よりも休憩時間の方が長いのはダメだろ」

 


 きっと他の学校でもそうなのだろうが、この高校ではテスト本番までの約一週間は短縮授業―――午前中だけ授業をして午後の残りの時間は各々勉強が出来るように自由な時間が設けられている。


 そのまま家に帰宅して勉学に励んでも良いし、高校に残って分からない問題を各教科担当の先生に訊いても良い。


 基本的にテスト一週間前は、授業で学んだ内容の復習、そしてテスト本番へ向けて勉強するスケジュールを組み立てながら自分の体調を整える為の時間なのだ。


 自由な時間というだけあって、勿論友人や恋人と遊んだり出掛けたりなどしても咎められはしないのだが、当然テストの結果は自己責任。


 勉強会を開いても休憩時間や遊ぶ時間が多くなってしまうのはよくある事なのだろうが、後々泣き目を見る事態になってももう遅い。赤点を回避する為にも、渡にはある程度の我慢が必要だろう。



「はー真面目ですなぁ」

「うるせぇ」

「だらけたり遊んだりするのも案外大事だぞ?」

「……まぁ否定しないが」

「ほーい、それじゃあ適度にだらけつつ勉強会決定ー!」

「はいはい」



 何がそれじゃあなのか分からなかったが、どうやら今回も中間テストに向けて勉強会が決まったらしい。


 夏休みの補講云々は所詮晴人の想像に過ぎないが、勉強しておくに越した事は無い。何かと集中力が続かない飽き性な渡だが、案外地頭は良い方なので今からテストを意識させておけばきっと平均点以上は取れると思うので大丈夫だろう。


 適当に返事を返しつつきゅうりのベーコン巻きへ箸を伸ばすと、ふと渡が唐突にこんなことを言い放った。



「あ、じゃあ俺ん家に夏菜呼んで良い?」

「なら勉強会はナシで」

「えぇ、なんでだよ」

「どうしてもだ」

「晴人も会ったことあるから大丈夫だろ?」

「それとこれとは別だろ。二人だけの空間が出来てそれを眺める俺が胸焼けするのが目に見えるわ」



 そんな光景を想像した晴人は思わず唇をへの字に曲げる。


 別に恋人という関係に対して否定的な考えや妬ましいという感情を持っている訳ではない。ないのだが、目の届くところで無自覚にいちゃつかれるとどうしても疎外感を味わってしまうので、正直そんな状況は勘弁願いたかった。



「はぁ、ならお前も彼女作ればいいのに」

「余計なお世話だ」

「そういえば例のあの子のこと色々聞きたいなぁー?」

「……ノーコメント」



 渡が言う例のあの子、というのは十中八九冬木さんのことだろう。


 クラスメイトがいる教室の中で話す以上、有名人である白雪姫の名をぼかして話す配慮があったのはありがたかったが、恋人と関連付けて話に出されるとなんだか複雑だった。


 これ以上の追及を避けるために、視線を逸らす。

 ま、勉強会考えといてくれー、と目の前でくつくつと笑みを零す渡の声を耳朶に入れながら、晴人は黙々と弁当の残りを口へ放り込んだのだった。
















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第2章スタートです(/・ω・)/

遅筆ですがこれからもよろしくお願いします!!


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