第27話 白雪姫といつもの場所で
「さて、今日はどこで写真を撮るか」
あれから渡の視線は多少鬱陶しかったが、無事放課後に突入した。
明日からはついに華のゴールデンウィーク。
勉学や部活に勤しむ高校生にとっては春休み、夏休み、冬休みといった長期休暇以外で最もテンションの上がる大型連休である。放課後になった途端、いつもの教室が普段よりも一層騒がしかったのが印象的だ。
「やっと終わったー! ねぇ、休みどう過ごすー? 私はヒマすぎて笑えるww」
「ウチは好きな推しが一日中ライブ配信するからそれ見る! チョー楽しみ!!」
「うわ良いなー! こっちは連休中ずっと部活だよ、ありえなくない!?」
「どんまい……、よっしゃ、いまからカラオケいこっ!」
「あ、ごめん、今日は夜に彼氏と会う約束してるから無理……」
「「このリア充がっ!!」」
現在廊下を歩きながらどこで写真撮影をしようか考えている晴人だが、よくよく辺りへ視線を向けてみると友人同士で連休の予定を話し合っている生徒が多い。
思い思いの過ごし方を話すその様子は傍から見てもとても楽しそうで、思わずこちらも感情が引っ張られそうになる。
ゴールデンウィークが近づくにつれ、事前にテレビやニュースで連休中の気候と外出・帰省の有無などを取り上げていたからか、みんな連休への期待に心が浮足立っているのだろう。
かくいう晴人も心の中では年に一度しかない大型連休をどう過ごそうかと楽しみにしているのだ。確かに五月の中旬には中間テストがあるが、折角の連休を堅実にテストの対策と復習に費やすのは流石に損としか言えないだろう。
(……そういえば、冬木さんはこの休み中どう過ごすのだろうか)
傘を貸したのをきっかけに、ここ最近ではよく話すようになった白雪姫の姿をふと思い浮かべる。
思えば、初めは今後彼女と関わる事は一生無いだろうと考えていた。
冬木さんは学校中の生徒や教師からも一目置かれる有名人だし、一方こちらはただ写真を撮ることが好きな一般生徒。たかが、とまではいかないが、傘を貸すという親切を一度した程度で、その関係が変わるとは
それなのに偶然立ち寄ったカフェで出会い、風邪を引けば夜遅くまで看病され―――そして彼女なりの悩みや苦悩を知った。
無表情だがクールで美少女な白雪姫。そんな冬木由紀那の正体は、実は極度の人見知りな緊張しいで、出来ることなら周囲を怖がらせる様な行為はしたくないという慎ましい考えを併せ持つ、とても一生懸命で心優しい女の子だったのだ。
不思議にも、あのときから二人の間には縁という名の糸が繋がっていたのである。
(遊びに誘ったら、迷惑じゃないかな……?)
ふと自然に浮かんでしまった考えを振り払うように、晴人はそっと頭を振る。
そもそも彼女の両親が経営するデ・ネーヴェは飲食店。ゴールデンウィーク中など特に書き入れ時だろうし、冬木さんが副店長という役職についている以上、遊んだり出掛けたりする自由などほとんどない筈だ。
彼女の予定も分からないのに突然誘うのは失礼だし迷惑だろう。何故いきなりそんな提案が浮かんだのかと考え込む晴人だったが、案外すぐに答えは出た。
(やっぱり、俺も浮かれてんだろうなぁ)
明日から始まる連休が楽しみだと思っているからこそ、そんな恣意的な思考に走ってしまったのだろう。
渡のことを言えないな、と反省しながらも、そっと笑みを零しつつそのまま歩みを進めたのだった。
「結局、ここが落ち着くんだよな」
かしゃり、と
あれから悩んだのち、撮影場所に決めた場所は高校の裏庭の花壇だった。
自然風景や人物が映らない日常風景を好む晴人にとっては、高校の校舎や校内、敷地など撮り方次第では数えればキリがない程至る場所に被写体がある。
これまで放課後に様々な場所で写真を撮ってきた晴人。真っ先に思い浮かんで、他の場所で悩んで、自分が写真を撮影している光景を色濃く想像出来たのは、この場所だった。
「別に花自体に興味がある訳じゃないが、なんだかんだ馴染み深いからなぁ」
何せ晴人が初めて写真を撮ることを意識して撮影した場所である。
既に何度も足繁く通っている場所なので正直今でこそ真新しさは感じないが、季節ごとに地植えされる植物が異なるので、暫く眺めてても飽きないのがきっと魅力の内の一つなのだろう。
それに、写真を撮る角度や背景によって花たちが様々な表情を見せるのが面白いというのもある。
「…………そっか」
晴人はゆっくりと立ち上がって、改めて花壇へ視線を遣る。
正直まだ晴人には写真を撮る趣味以外に夢中になれる物は少ないし、短い人生経験から得た知見やそれに対する関心が圧倒的に乏しいのは残念ながら否定は出来ない。
それでも。なんとなく。晴人はこれまで不明瞭だった自分の好きを―――嗜好に気付けた気がした。
「俺は、自然の移ろいが好きなんだ」
思わず晴人はふと頬を緩める。これまでどうして自然を撮ると胸の内が暖かくなるのか不思議だったのだが、どうやら四季を四季たらしめる、植物や風景といった自然の変化が実は好きだったらしい。
その気付きは、どことなく心が浮き立つ感じがした。いずれ歳を重ねるにつれてきっとこの嗜好にも変化が訪れる時が来るだろうが、兎にも角にも先程の気持ちに気付けたことは素直に喜ばしかった。
五感の根っこを広げつつ、これからもそう云った気付きや感覚は大事にしていきたい。
「さてさて、次はツツジでも撮ろ―――」
「風宮くん」
「うおっ」
晴れやかな気分で辺りを見渡そうとした瞬間、突然背後から声が掛かったので晴人は変な声が出てしまった。
完全に気を抜いていたので思いきり肩をビクリとさせてしまったが、直ぐに彼女の声だと分かった。晴人はほっと静かに息を吐くと、なんとか平然を装いながらもゆっくりと視線を向けた。
「……そんなに驚かなくても良いじゃない」
「あー、ごめん冬木さん。ちょっと安心してたタイミングだったから驚き過ぎた」
「…………ぷいっ」
「そんな分かりやすく拗ねなくても」
そこにはいじけたようにつーん、と顔を横に逸らす冬木さんが立っていた。鞄を両手に持っているので、丁度これから帰るところなのだろう。
無表情ながらも眉を顰めながら悲しみや怒りを表現している冬木さんだが、よくよく見るとその瞳の奥からはお茶目さが浮かんでいる。
つまり、怒っているフリなのだろう。
怒ると美人は怖い、とよく言うが、付き合いが短くとも表情が分かりにくい彼女の瞳に浮かぶ感情が分かる晴人にとってはどうしても憎めなかった。むしろ可愛らしいという感想しか抱けない。
はぁ、と若干呆れを含んだ声で晴人は冬木さんに声を掛けた。
「……実はあんまり怒ってないだろ」
「そうね、少しだけ揶揄ってみただけよ」
けろり、といつもの無表情を見せながら冬木さんは優しげに目を細める。
不思議と、彼女のこういった個性豊かな表情を見つめる瞬間があると、必ずと言って良い程心の中がじんわりと暖かくなるのだ。
因みに決して揶揄われると嬉しいというマゾヒスト的思考が晴人にある訳ではない。ただどうしてもくすぐったい感覚は未だ慣れないのだ。
それに加えて冬木さんから信頼されていると考えると、なんだか悪い気はしなかった。
「明日から連休だというのに、相変わらず熱心ね」
「写真撮影は俺の唯一の取り柄だからなぁ。それがなくなったらただの冴えなくていけ好かない男子高校生に早変わりだ」
「そんなこと無いと思うけれど」
こてん、と首を傾げた彼女からの、淡々とした慰めとも呼べる否定の言葉。
気恥ずかしさを悟られまいと思わず肩を
「それより冬木さんこそどうしたんだよ。明日からゴールデンウィークだし、お店の準備も忙しいんじゃないのか」
「えぇ、そうね。明日に向けて店内を清掃の行き届いた状態にしておかなきゃいけないし、食材や備品の在庫もチェックしないといけないわ。連休中は勿論私もお店を手伝う予定よ」
「……ならここで道草食ってる訳にはいかないだろ。俺はまだ撮ってるから、早く帰ってゆっくり休め」
「桜、散っちゃったわね」
「俺の話聞いてる?」
やはりか、と一抹の寂しさを覚えながらも体調を気遣う晴人だったが、当の本人からは思い切り話を変えられた挙句、桜の木が連なる校門の方角へ視線を向けながらスルーされてしまう。
5月は繁忙期とまではいかないのだろうが、多忙なことには違いない。以前訪れたただの休日でさえほぼ席が埋まっていたのだ。
フロアや厨房などの清掃、在庫管理、そして働くにも体力を使うだろうし、それが連日続くとなれば心身ともに疲弊してしまうのは想像に難くない。
しょうがない、とやや強引に自分を納得させる。
もし、もし時間的に余裕がありそうならば冬木さんを遊びに誘うという考えも浮かんでいたのだが、あまり無理などさせたくないので断念。楽しんでリラックスして貰うつもりが無理が祟って体調を崩したとなると本末転倒である。
それはそれとして、先程彼女が言った桜という言葉。何故いきなり口にしたのだろうか。
「確かに、今ではもう桜が所々散って、あの綺麗な桃色に緑色が目立ってしまっているよな。まぁそれはそれで魅力的なことには違いないんだが」
「私も同感よ。ただ、なんだかあっという間だったと思って」
約二週間前の早朝に一緒に見た桜は、それから一週間も経たずして散った。
初めはその儚く散る様子に哀愁味を感じたものだったが、しばらく高校生活を過ごすと風に運ばれた花びらが地面を美しく彩っていたのだ。
正直、満開に咲き誇る桜が美しいとばかり思いこんでいたのだが、あんな光景を一度見てしまうと、散り際や舞い散る様子が美しいというのも頷ける。
今年こそもう見られないが、彼女の言葉で再びその儚くも美しい光景を思い出していた晴人は、そうだな、と口にすると自然に次のような言葉を紡いでいた。
「また、一緒に見れるといいなぁ」
「――――――っ」
ふと視線を感じた晴人。そちらへ顔を向けると、辛うじて分かる程度に瞳を見開く冬木さんとばっちりと視線が合った。
おや、と何故彼女がそんな反応を示すのだろうかと内心首を傾げる。数瞬だけ瞳をぱちぱちと瞬かせて晴人が自分の行動を振り返ると、すぐにその原因に思い至った。
思わず、かぁぁっと赤面してしまう。
「あ、いやちがっ……くはないけど、そう言うつもりじゃないというか……! あの、一人で見るより二人で見た方が楽しいというか、また違う見方での発見があるというか……」
「………………」
「ん、その……来年も一緒に、ダメ、か?」
ふと自然に口にしていたということは、つまりそういうことだろう。
不格好に誤魔化そうとした、言い訳染みた言葉。なんとも頼りない様子で訊ねる形となってしまったが、嘘偽りのないお願いである。
晴人は僅かに頬を染めた冬木さんをじっと見つめると、彼女もまたこちらをじーっと見つめていた。なんだか気恥ずかしいが、晴人としては大真面目なのでここは真摯さを伝える為にも絶対に視線は外せない。
そうして見つめ合っていると、暫くして彼女はこくん、と頷いた。
「……えぇ、わかったわ。来年も、一緒に見ましょうか」
「そ、そっか、良かった……!」
「その代わり、私もお願いがあるのだけれど、良いかしら?」
「あぁ、良いぞ。なんでも言ってくれ」
拒否されなかったことに安堵した晴人は、固い表情を緩ませる。
まさか冬木さんもお願いをしてくるのは意外だったが、一方的に晴人がお願いをしたままというのは後味が悪い。むしろ晴人はこれまで彼女にはお世話になりっぱなしだったので、出来ることならば彼女の願いは最大限叶えてやりたいと思っているのだが。
「…………」
「……?」
一度視線を外した冬木さんはもそもそと制服のスカートに手を入れると、スマホを取り出した。じゃあ、と言って一拍空けると、どこか緊張した様子で再びこちらを見つめた。
「風宮くんの連絡先を交換して欲しいの」
「え、そんなことで良いのか?」
「えぇ、寧ろそれが良いわ」
有無を言わせない様な、若干圧のある冬木さんの言葉。
無理難題を言われることも多少覚悟していたのだが、比較的軽めのお願いだったので些か拍子抜けである。
「ん、わかった。それで冬木さんが良いのなら」
「うん」
ちょっと待ってて、とスマホを取り出そうとポケットに手を入れる前にちらりと見た彼女は、どことなく嬉しそうだった。
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